第36話 副学長就任
「今日は、新任の学長代理を紹介する。『剣塵』のリゼルディアだ。」
英雄学校の全校生徒が講堂に集められていた。
その前で、学長が紹介を行った。
『時間遡行』前はこのようなことはしなかった。
教師の詰所で、リゼルディアさんの紹介をするに留めていた。
あの時は、時間があまり残されていなかった。
それに…直ぐにでも行ける準備が整っていた。
今回、このような運びになった大きな要因がある。
それは、生属性魔法の本が未だ見つかっていない。
もう…英雄学校に編入して二ヶ月ほどが経つ。
シルヴァス先生ことアヴィエラお母様は、一体どこであの本を発見したのか?
それが、私たちの中で一番の焦点となっていた。
「学長より…ご紹介に与りました、リゼルディア=ゲルシェルトです。以前、剣士をしておりました。これからは、学長代理とお呼びください。宜しくお願いします。」
そうだ、話を戻そう。
リゼルディアさんが軽く自己紹介を行った。
本人は謙遜気味に話しているが、腐っても鯛だ。
やはり、剣士志望の生徒たちの目は輝いている。
「古い話で知らない者も居るかもしれんので、お前さん達に言っておく。私と学長代理はな?共に大災を生き抜いた。未だ…侵略者からの攻撃は絶えぬ。最近ではまた魔族と手を組んでいるとも噂されておる。だからこそ、最前線で戦う前衛の技術向上が必要だと私は感じ、旧知のリゼルディアに今回、学長代理兼教師をお願いしたのだ。」
最もらしい学長の演説だ。
戦地の最前線で動ける前衛が不在の場合、前線を突破され総崩れになりかねない。
「はぁ…。父さんが剣術の先生とかさ…。」
私の隣でリゼイルが深くため息をついている。
実の親が教師と言うのはとても緊張するものだ。
私もそうだからだ。
シルヴァス先生の事を、母親と意識せずにいられたあの頃を懐かしく思う。
「うんうん。わかるわかる。」
「ああ、そうだったな…。でも、周りからの重圧が違うんだよな…。俺の場合、子供だからさ…。それに、エルフの場合…アヴィンさんはこの英雄学校には居ないしさ?」
子供と孫では確かに、期待度が違うかもしれない。
それに、編入時にリゼイルは剣士を自称している。
それ故、周囲からの期待も大きいのだ。
まぁ、そんな私も魔法使いを自称しているが。
「でもね?リゼルディアさんから直々に教われるなんて凄いことだよ?私なんて、お祖父様には小さい頃…属性の適性を調べてる時、魔法の教本を見ながら教わっただけだからね?」
アヴィンは水属性に適性がある。
それに加えて、”元“許嫁のエルミリスも水属性だ。
私の今の状態では同性同士になってしまう。
だから…とりあえず“元”としておく。
アヴィンの興味は、同属性のエルミリスにある。
シルヴァス先生こと母親のアヴィエラも水属性だ。
ユリエナお祖母様はと言うと、火属性なのだ。
学長も火属性で思い切り被っている。
「はぁ!?なら…普通に使えてる毒属性魔法は、独学なのか?」
「うん。」
「やっぱり、エルフはすげぇな…。」
何だか知らないがやけにリゼイルが感心している。
「…というわけで、今日の集会は終わりだ。」
いつの間にか学長による紹介が終わっていた。
リゼイルの顔を見ると、浮かない表情のままだ。
「まぁまぁ、リゼイル。頑張ろ?」
「おう…。」
やる気なさげだが、私の言葉には反応してくれた。
「さぁ!部屋に戻って、授業の支度しないとね?」
いつもは、学校が始まってから集会は行われる。
だが今日は急遽、早朝に集められていた。
その為、皆寝巻きや私服姿が目立つ。
私たちはシルヴァス先生に、起こされたくらいだ。
「腹減ったなぁ…。まず先に食堂行かね?」
「みんなリゼイルと同じこと考えるだろうから、きっと食堂混むと思うよ?先に支度してからの方が良くない?」
「確かに…。じゃあ、エルフの言うとおりにする。」
最近のリゼイルは、やたらと私の言う事を素直に聞くようになった。
だから、私が嫌といえばやめてくれるのだ。
「リゼイル、えらいえらい。」
「…馬鹿!!こんな人前で、照れるだろうが!!」
周りの同級生達がリゼイルの姿を見て笑っていた。
────
副学長にリゼルディアさんが就いて一ヶ月経った。
前衛系を目指す学生達の剣術の腕は、以前と比べると見違えるようになってきた。
流石、英雄と呼ばれるだけはあるようだ。
これまで、リゼルディアさんが剣を振るうところを見たことはなかった。
そのリゼルディアさんの太刀筋を見て私は気付く。
リゼイルの太刀筋と同じ軌道を描いていたのだ。
やはり親子なのだろう。
リゼイルは筋が良いのかも知れない。
恐らくだが、大災を共に戦った学長だ。
剣術の授業でリゼイルを見て、気付いたのだろう。
敵が多く潜むエリンダルフへの長い道のりだ。
普通、その前衛をリゼイルだけに任せないだろう。
何か感じ取ったに違いない。
「なぁ…エルフ?さっきから何持ってるんだ?」
私はリゼイルと寄宿先の寮の部屋にいた。
「これ?リゼイルには絶対使い方分からないと思うよ?」
そう言って私は、縦型のお弁当箱くらいの大きさの端末を、リゼイルの目の前へと出した。
ユカさんから私へと手渡された通信機だった。
かれこれ、墜落事件から三ヶ月は経っている。
だが、未だに彼女からの連絡は来ていなかった。
「何なんだ…?この…箱みたいな機械は。」
「リゼイル、気になる?」
「ああ…。恋人が大事そうに持ってる姿見れば…気にならないわけないだろ?」
いつもはリゼイルの見ていない時に確認している。
だけど今日は、そのいつもとは違っていた。
朝からリゼイルは、私にべったりだったのだ。
だから私は、彼の居る前で確認するしかなかった。
「えっと…。この機械にね?エリンダルフの守護者から連絡が来るんだ…。近くに来たとき、私に用がある場合だけだけどね?」
「エリンダルフの守護者って…何だ!?」
あれ…?
リゼイルは守護者の事を教えられていないのか?
「本当に…守護者のこと、お父様から聞いてない?」
「悪い…。俺は、知らない…。」
やはり、エタルティシアとエリンダルフとの不仲説は濃厚となった。
聞いてないのではなく、知らないのかもしれない。
上層部のエタルティシアによる情報統制が、クゥイルデの街に敷かれてても不思議ではない。
「そっか、知らないんだ…。」
「なんか…俺が聞いちゃマズいことだったか?」
「うーん…。リゼイルはエタルティシアだし、知っていた方が良いと思うんだけど…。」
そう言うと私は、守護者について説明をはじめた。
当の私も、あまりよくは知らないが。
────
「なんか…俺たちエタルティシアと人間は、エリンダルフに色々と大きく離されているってことは分かった。それにしても、守護者に知り合いが居るなんて…エルフは凄いよな!!」
今のエリンダルフと守護者の関係について、リゼイルは理解したようだ。
エリンダルフは守護者の技術で凄い発展を遂げた。
この世界に転生した際、何も違和感がなかった。
それくらい、地球の文明レベルに肉薄している。
それに比べて、人間の街の文明レベルは中世だ。
古きを守りたかったのかもしれないが…。
侵略者の文明レベルは守護者に匹敵するようだ。
恐らく、今の侵略者が本気を出せば、人間の街はひとたまりもないだろう。
だからこそ、学長は陰ながら障壁を街へ張り巡らせているのだ。
「これに反応があったら、リゼイルも一緒に会話してみようね?」
「え、良いのか…?」
「リゼイルのこと、ユカさんに紹介しないと。」
──ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!
そんな時だった。
縦型のお弁当箱のような端末から音が鳴った。




