第34話 母親
まだ、学長の部屋に私含めた四人は残っている。
シルヴァス先生は、私を部屋へ連れ込みたい様子。
だがリゼイルや学長は、それを察し邪魔していた。
私としてはシルヴァス先生と差しで話しがしたい。
アヴィエラお母様だけには真実を伝えておきたい。
そんな思いが私にはあった。
それにだ、私には大事な使命がある。
生属性の適性者が居ることを伝えるということだ。
学長とリゼイルの他愛もない会話が途切れた。
ここぞとばかり私はシルヴァス先生に声を掛けた。
「あ、あの…。」
「シルヴァス先生!!」
リゼイルが狙ったかのように被せて声を掛ける。
シルヴァス先生はどちらに反応すれば良いか躊躇している。
「実は俺、エルフの母親が十年以上血眼になって探してる…生属性の適性者なんです!!」
「えっ…!?な、何でキミが生属性の事を…?」
前髪で目が隠れて見えないが、口元が驚いていた。
それに先程同様、シルヴァス先生は身構えた。
「ああ…俺は、エルフから話を聞きました。」
「少し…エルフと言ったか、私の部屋で話をしよう?えっと、リゼイル…くん、だったよね?ここで学長と待っていて欲しい。」
シルヴァス先生はそう言うと、私の手を取った。
「じゃあ、行こうか?エルフ。」
「まぁ、ごゆっくり。私はリゼイルと話でもしている。」
「エルフ、しっかりな?」
学長とリゼイルに見送られ私達は部屋を後にした。
シルヴァス先生によって、手を強く握られながら。
────
今朝も訪れていた、シルヴァス先生の部屋に居た。
ただ、この頃の部屋は来たことがなかった。
掃除があまりされておらず、書物も散乱している。
「先程は…学長の前もあり、信じると言ってしまったが…キミがアヴィルナだとはボクは信じていない!!」
なんと…。
猜疑心が強いことは悪いことではない。
私は…母親が残した手記を、その本人に見せた。
それなのに、信じようとしないのはどうなのだ。
「アヴィエラお母様…。私は、あなたの息子アヴィルナです!!手記にあった毒属性魔法を、ひと通り試した際に『性別転換毒』の対象を自分に…。」
「えっ?!その魔法、不可逆だって…書いてなかった?」
は…?
不可逆!?
そんなこと書いてあれば、少しは躊躇した筈だ。
慌てて私は母親の手記を取り出した。
「今、出します。書いてなかった気が…。」
『性別転換毒』の頁を私は開いた。
シルヴァス先生も私の横で一緒にその頁を見た。
「はぁ、書いてない…。ボクの…、私の転記漏れみたい…。ゴメンね…アヴィルナ。お母さんが悪いみたい。」
シルヴァス先生は私のことをアヴィルナと呼んだ。
それに…確かに今、お母さんと言った。
「では…私がアヴィルナ=リーデランザだと、シルヴァス先生は認めていただけるのですか?」
シルヴァス先生こと、アヴィエラお母様は頷いた。
「だって、どこからどう見ても…お母様そっくりなんだもん!!紹介された時、お母様が髪の色を染めて来たかと思ったくらい…。」
お祖母様の旧知の学長や、実の娘が言うくらいだ。
今の私の容姿は、それ程似ているのだろう。
「良かった…。」
「もう…全然良くないじゃない!!リーデランザ家の跡取り息子が娘になっちゃったんだから!!」
跡取りとか、この母親は気にしていたのか。
だから私を安全な実家へと残して行ったのか?
「跡取り息子なら居ますよ?ああ、お母様は知らないんでした…。」
「えっ!?どういうこと…?」
私もあれは衝撃的だった。
「お母様に弟が出来たんです。私にとっては伯父になるのでしょうが…。」
「お、弟?!いつ…産まれたの?」
「私が4歳の頃です。名前はユリヴィスと言います。」
アヴィエラお母様は口をぽかんと開けたままだ。
たった6年前の出来事なのだ、驚くのも無理ない。
「ですので、リーデランザ家の跡取りは…純血エリンダルフ同士の子供、ユリヴィス伯父さんが居ますので問題ありません。」
「確かに…。」
この母親、私の言葉に妙に納得してしまった。
やはり、私の父親がどちらか分からないのか…。
そう疑わざるを得ない。
「そういえば、あのリゼルディアさんの息子…。リゼイルくんだっけ?やけにアヴィルナと親しそうだったけど…。」
やっぱり、そこは母親か。
あれだけ親密に接していれば、気になるか。
「えっと…。その…。」
「なぁーんだ。二人はもう…そういう関係?」
流石、私の母親だ…察しがいい。
だが、それは時間遡行前の話だ。
今回は、まだそんな関係にはなってはいない。
「ううん、私とリゼイルは付き合い始めたばかりだから…。」
「そうなの?見たところ、お互いの知らないとこはない感じがしたのに…。別に、種族が違うからって我慢しなくて良いんだからね?」
前回とは、話の内容が全く違う気がする。
この部屋を訪れた時期が違うのだから、当然か。
これから新しい未来が、次々と訪れるのだろう。
少なくともこの瞬間は私の知らない未来だ。
「お母様、あのね…?私、死属性の適性…あるんだよ?」
「凄いじゃないの!!ちょっと待ってなさい?」
そう言うとアヴィエラお母様は、書物やゴミが散乱した部屋の中を一心不乱に探し始めた。
────
「あった!!これよこれ!!」
暫くの時間、お母様は部屋の床の上を探していた。
だが、雑然と書物が幾重にも積み上がった机の上で、それは見つかった。
そう、表紙に『死属性魔法』とエリンダルフの言葉で書かれた本だ。
確かに、この本には私は見覚えがあった。
お母様が何冊かの『死属性魔法』の本を、繋ぎ合わせて作ったと豪語していた本だ。
「この本が…エリンダルフに伝わると言われる死属性魔法の本?」
「うん。この本は、私がこの英雄学校に来て間もない頃に見つけたの!!エリンダルフの文字だから、誰も読めなかったみたい…。だから、図書室の片隅で埃だらけの状態で置かれていたの。そのせいで、一部の頁は虫が食ってしまっていて…。」
──パラ…パラパラパラッ…
いくら本の頁をめくってみても、虫食いの箇所は見当たらなかった。
「ゴメンゴメン。何年かかけてもう一冊見つけたの。それを私が補完したから…虫食いの頁はもうないよ?」
このやり取りを、お母様とした覚えがあった。
でも、この部屋ではした記憶はない。
確か…魔法の授業の部屋でのやり取りだった筈だ。
それに、このやりとりの前に生属性の適性をリゼイルと共にした記憶がある。
あとは、生属性魔法の本の話があった筈だ。
エタルティシアしか読めない文字で書かれていた。
それをリゼイルに読んでもらい、シルヴァス先生が読み方を教わった。
そして、読める言葉に翻訳をした本を作ったのだ。
「あの…お母様?生属性魔法の本は見つかった?」
「ううん…。全然、見つからない…。」
ん?
この段階ではまだ見つけられていないようだ。
『持ち出し禁止』、『禁書』と書かれていた筈だ。
「それは『持ち出し禁止』の本みたいでね?エタルティシアの文字で書かれているらしいんだけど…。」
「『持ち出し禁止』なの?!なるほど!!それは…見つからないわけだ…。」
ヒントになったみたいで良かった。
きっと、教師なら目に触れられる場所なのだろう。
「リゼイルはエタルティシアの文字を読めるの。だから、本を見つけたら教えてね?」
「見つけたら、リゼイルくんに生属性魔法を試してもらわなくちゃ!!」
そうか。
生属性魔法を使えるのはリゼイルだけだ。
今となっては、翻訳する意味があまりない。
恐らくあの時、お母様が翻訳した理由が分かった。
私が生属性の適性があると思っていたからだ。
「そろそろ…学長の部屋戻らない?」
「あー。リゼイルくんの事、心配だものね?」
口元をお母様はニヤニヤさせながらそう言った。




