第03話 小さな許嫁
「こんにちは!!」
家の外から可愛らしい大きな声が聞こえた。
私は今日で4歳の誕生日を迎える。
そのお祝いに、近所の子供でも呼んだのだろう。
そう思っていた。
──ガチャッ…
玄関が開く音が聞こえた。
「お邪魔します…。」
祖父母の家は、二階建ての一軒家になっていた。
玄関を入ると、ホールがある。
そこから各部屋への扉や階段、廊下が続いている。
遊び相手のいない私は、ホールでよく遊んでいた。
いつものように今日も私はホールで一人きり…。
読めるようになってきた本を広げ、眺めていた。
そこへだ…。
玄関から同い年くらいの少女が入ってきたのだ。
後ろから、身なりの良さそうな男性も続いた。
「よいしょっ…と。こんにちは…?」
ホールの床から腰を上げ、立ち上がった。
流石に…お客さんが来ているのだ。
床に座りながらは失礼だろう。
「こんにちは!アヴィルナくん…だったかな?覚えているかな?アヴィンの幼馴染のイシェルザだよ?」
イシェルザと名乗った男性は、アヴィンの幼馴染と言った。
アヴィンとは私の祖父の名前だ。
ああ…。
思い出した気がする。
確か、1〜2歳の頃だったか…。
家の外で祖父に抱っこされながら会っていた。
「お久しぶりです。お医者さんのイシェルザさん。」
「おお!覚えていてくれたのかい?!流石…あのアヴィンのお孫さんだ、聡明だね。」
流石に精神年齢が30歳とは口が裂けても言えない。
そういえば…。
先に玄関に入ってきた、少女の姿が見えない。
「わっ!!」
「わあっ!?」
いきなりだった。
イシェルザさんの背後から、少女が大声で現れた。
平静を装うことは容易だ…。
だが、折角私を驚かそうとしてくれたのだ。
それでは少し可哀想に思えたのだ。
「びっくりした?」
ゆっくりとイシェルザさんから少女は離れた。
そして、私の目の前までやってきた。
「うん!!びっくりした!!」
──ポンッ…。
「こらっ!!エルミリス!!アヴィルナくん。私の孫娘が申し訳ないね…。」
イシェルザさんは、孫娘と呼ぶ少女の頭頂部を軽く叩いた。
その少女はエルミリスと呼ばれていた。
とても可愛らしく美しいエルフの少女だ。
肌は透き通るように白く…。
目の色は水色で…。
髪は白金髪だ…。
アニメのキャラで居そうな感じだ。
「ん?アヴィルナ。誰か来てるのか?」
ん…?
玄関開けたの…祖父だよね?
しかも、予定外の来客なの…?
そんなことが頭の中を駆け巡る。
そこへ何食わぬ顔で、祖父が二階から降りてきた。
「イシェルザさんが来てます!!」
「ああ、ゴメンゴメン。玄関の前で来るの待ってたんだ。でも、なっかなか来ないから一度用事を済ませに戻ったんだ。」
良かった…。
玄関から二階に向かう祖父の姿は、先程見ていた。
でも、玄関開けっ放しだったのには正直驚いた。
可愛い孫がホールで一人遊んでいるのにだ。
「すまんな?アヴィン、勝手にあがらせてもらったぞ?」
よっ!とイシェルザさんは、祖父に向かって手をあげてみせた。
「構わん。どうせ、いつもの事だろ?」
「今日は、例の話をしに来たんだ。」
イシェルザさんは、少女の肩をポンポンと叩いた。
すると少女は恥ずかしそうに少し俯いた。
「ああ、そうかそうか!!アヴィルナ?悪いが、少し大事な話があるんだがな?私についてきなさい。」
え?
私に祖父から大事な話がある?
何のことだろうか…。
4歳に至るまでにも、周囲で色々なことが起きた。
だから、大抵のことには驚かなくなった。
でもまた何かあるのか…。
そんな事を思いながら、祖父の後をついていく。
──ギュッ…
あれ?
柔らかい感触だ…。
私は、歩いている最中に右手を握られた。
ふと自分の右側の手元を見た。
可愛らしい手が見えた。
目線を上にゆっくりあげる。
「わぁ…?!き…キミ、な…何してるの?」
正直、ビックリした。
女の子の手なんて、最後いつ握っただろう?
「えっと…。アヴィルナくんと…手、繋いでるの…。」
少女が私の横に並び、手をしっかり握っていた。
そして、私の方を見ると恥ずかしげにそう言った。
彼女の熱や緊張が…手から私にも伝わってくる。
「あ…あの、さ?エリミリスちゃん…だよね?」
「うんっ…!!」
えっと…。
こう言う時って、どうしたら良いんだろう。
ふと…絢乃の顔が脳裏をよぎった。
そうだ、絢乃ちゃんを残して私は死んだんだ…。
彼女には、幸せになっていて欲しい。
この子とは、ああ言う流れになれるのだろうか…?
「ねぇ…?ねぇ…?アヴィルナくん大丈夫??」
ああ…。
考え事をしてしまっていた。
慌てて、ふとエリミリスちゃんの方を向いた。
すると、心配そうな表情をしていたのだ。
何か…その表情に、心を射抜かれた感じがした。
────
今、一階の廊下の突き当たりにある客間に居る。
祖父と私、イシェルザさんとエリミリスちゃんが、テーブルを挟んでそれぞれ二人掛けのソファに対面で腰掛けていた。
「それで、イシェルザ。娘の件は約束を違えてすまなかった。」
「まぁ…仕方ないだろう。だが、またこうしてお互いの孫同士で縁が出来るのだ。」
約束を違えた?
娘とは…私の母親のことか?
それに、縁だ?
一体どういう…。
「そうだな。アヴィルナ?先程、イシェルザの孫娘エルミリスちゃんを将来、お前の妻として貰う事が決まった。」
はい…?
だから…手を握ってきたのか?
彼女は、今の話は承知の上で…。
「アヴィルナくん…。これからずっと…宜しくね?」
ずっと…か。
4歳でこんな重い話あるだろうか…。
今日は、私の誕生日だと言うのに。
まさか、彼女自身が誕生日プレゼントとでも…?!
「宜しく…ね?エルミリスちゃん…何歳?」
「私はねぇ…5歳なの!だからねぇ…?アヴィルナくんより、一つお姉さんなんだぁ!」
やっぱり…。
大体、想像はついていた。
彼女を一目見た瞬間、感じた落ち着き。
これは4歳ではない…と内心思っていた。
しかし、私の中身は…日本人の30歳、童貞男だ。
知識だけでは、彼女よりも豊富のハズだ…。
口では言えないような知識の方も…。
「…という事だから、アヴィルナくん?うちの孫娘のエルミリスのこと、宜しく頼むよ?」
「はい!!」
それにしても、母親は何をしでかしたんだ?
それが凄く気になって仕方がない。
「良かったな?アヴィルナ?こんな可愛い許嫁なかなか居ないぞ?」
余程なことがない限り、未来の妻が確約された。
許嫁という響きは、アニメ等でしか馴染みがない。
「うん。お祖父様?エルミリスちゃんの家はどこ?」
仲を深めるには、遊びに行き来するに限る。
でも、彼女の家が何処にあるか知らなかった。
と言うか、一人で家の外に出たことはまだ無いが。
「お?私に似て積極的だな?イシェルザの家は、すぐ隣だからいつでも遊びに行けるぞ?」
は?!
何と、まさか隣の家とは…。
一人で遊んでいたので、丁度良かった。
時間を気にせず遊べそうだ。
────
そう言えば…。
この数年の間で、生活環境に変化があった。
まずは…母親が私を置いて、行方不明になった。
きっと、自分の恋愛の上で邪魔になったのだろう。
それから私は、祖父母の養子になった。
だから、お祖父様ではなく…お義父様が正しい。
お祖母様…いや、お義母様は呼び方にはうるさい。
だから細心の注意が必要なのだ…。
それと…私を養子に貰って、お義母様が変わった。
若返ったという表現が正しいかも知れない。
そのおかげか、今年に入ってからお義母様はお義父様の子供を身籠ったのだ。
エルフだから、歳はただの飾りなのかも知れない。
二人の間には、子供は一人しか居なかったようだ。
大事に育ててきた筈が…どこかへ消えてしまった。
そんな悲しい事はない…。
ふと…日本での自分の状況に置き換えてみた…。
悲しすぎる…。
あんな状況、二度と繰り返してはいけない…。