第26話 種族固有の適性
「それで、俺は何をすれば良いですか?」
放課後、私とリゼイルは魔法の授業の部屋に居た。
「確かリゼイルくんも、火・水・風・雷・土の属性のどれも適性がないんだよね?」
「そうです。エルフが適性のある毒属性を、試しましたがダメでした。」
同じ翆色の目をした者同士だ。
だから、リゼイルも使えると思ったのだが…。
残念ながら適性は見られなかった。
そもそもの種族の違いが出たのだろうか。
リゼイルはエタルティシア、私はエリンダルフだ。
そもそも生属性はどの種族の魔法だったのかだ。
「あ…。私、分かってしまった気がします!!」
「なになに?ボクに聞かせて?」
生属性魔法の本は、エタルティシアの言語だった。
自分の種族の魔法は他の種族に漏らしたくない。
普通はそう思うだろう。
故に人間の言葉ではなく、種族の言語で書かれた。
あくまでも私の臆測に過ぎない。
だが、不可解な事も多い。
私が授業で『死の吐息』を使えたのは何故だろう。
「少し、自信がないので質問させてください。以前、先生の授業で『死の吐息』を、誰が使えるか確認されてましたよね?あの魔法って、何属性なのですか?」
「ああ!!あれはね?エリンダルフに細々と伝わっていた、生属性から派生した死属性なんだ。結局使える人は、キミだけだったんだけどね?でも、生属性魔法の本を見ても載っていなかったでしょ?」
リゼイルとシルヴァス先生のおかげで翻訳できた生属性魔法の本だったが、確かに『死の吐息』等という記載はなかった。
呼び方が違うだけかとも思ったが、詠唱時の言葉についても合致するものはなかったのだ。
「はい。という事は、エリンダルフには生属性は扱えない可能性が出てきましたよね?」
「うん、多分ね?それに、あの本を執筆したのは、古い時代のエタルティシアの魔法使いみたいだ。だから、リゼイルくんにはボク、期待してるんだよ?現存する翆色の目をしたエタルティシアの末裔だしねぇ?」
「えっと…。俺、マジで期待されちゃってる!?」
──ギュッ…
「リゼイル、頑張ってね?私も応援してるよ?」
さりげなくリゼイルの手を両手で握ってみた。
男ならこういうのに弱いはずだ。
「お、おうっ!!というか、エルフも俺と一緒に試すんだからな?」
「多分、私はダメだと思うなー?リゼイルだよきっと!!」
過度な期待をしていると、万一ダメだった時のショックが大きい。
とはいえ、私も先程まで自分だけが特別なのだと、勝手に思い込んでしまっていた。
色々考えるうち、浅はかだったと思い知らされた。
「さて、二人とも準備は良い?ボクは捕えてある魔物連れてくるから。」
先生はそう言うと、魔法の授業で実戦演習の際に使用する、檻の置かれた場所へと向かった。
「まずは、エルフからいこう!!檻、開けるからね?ダメなら、言ってくれるかな?」
──パラ…パラッ…
私は、生属性魔法の本の指定された頁を開いた。
その頁には『生命の息吹』の魔法が書かれている。
──ガチャンッ…
檻の扉が先生によって開かれた。
中に居たのは、明らかに死んでいる人間だった。
だが、微かに呻き声を発しながら、覚束ない足取りで出てきたのだ。
ファンタジー世界でいう、いわゆるゾンビだろう。
私はゾンビを実際に見るのは初めてだった。
「おい。エルフ、動く死体だ。早くしろ!!」
私は魔法を詠唱し始めたが、しっかりと詠唱できた時に感じる、自らの魔力が湧き上がるものを感じられなかった。
ゾンビのことを、ここでは動く死体と呼ぶのか。
「先生!!私、ダメです!!」
「エルフ、その本…俺に貸してくれ!!」
動く死体は檻からゆっくりと出てきたところだ。
リゼイルに生属性魔法の本を開いたまま手渡した。
「では、リゼイルくん。急いで?」
「はい!!」
リゼイルは本を受け取ると、魔法を詠唱し始めた。
みるみるリゼイルの身体が翆色の光に覆われた。
そして右手を動く死体の方へと翳した。
「『生命の息吹』!!」
──シュゥゥゥゥッ…
リゼイルの右手から、翆色の光が動く死体に向け放たれた。
すると、先程まで動く死体だった人間の男性は、完全に生気を取り戻したのだ。
「あれ…!?僕は侵略者の魔法を受け死んだはずですが…!!い、生きてる?!」
魔法を受けて死んだのに、動く死体化するのか?
そもそも動く死体化させる魔法なのだろうか…。
侵略者の魔法にはそんな残酷な魔法があるのか?
──パチパチパチパチパチパチパチパチ…
「良かった良かった!!これで侵略者の魔法も恐るに足らずだ!!」
檻の側で先生は大喜びで手を叩き続けていた。
────
あの後、先生から聞かされた話があった。
動く死体化していた男性は英雄学校の守衛だった。
数日前、英雄学校の周囲を見回りしていた際、敷地外で倒れている人間を見つけたそうだ。
慌てて救護しようとしたところを、その倒れていた人間に襲われたらしい。
英雄学校の敷地内は、強力な障壁で覆われている為外部からの侵入は不可能だ。
だから侵略者の取れる手段といえば、内部の人間を敷地外に誘い込んで配下に置くことだ。
恐らく侵略者は小手調べに、守衛の男性を動く死体化させたのだ。
本来であれば、侵略者は動く死体化した人間と視覚共有出来る筈なのだが、学長は一枚上手で外部からの魔法等を遮断する、あの魔法の授業の部屋に閉じ込めていたようだ。
一週間以上、動く死体の状態が続くと魂は抜け、完全な死が訪れてしまう。
その為、生属性魔法での早めの処置が求められた。
だが、これまではそれを扱える者は皆無だった。
しかし、リゼイルが生属性の適性があると分かった今、侵略者の魔法への対抗手段を取ることが可能となった。
まぁ、あれだけ先生から私は期待されておきながら、生属性の適性がなかったのには、正直凹んだ。
「キミは凹んでる暇はないですよ?この本を試してもらわなければならないからね?」
そう言ってシルヴァス先生は私に本を渡してきた。
まだ私と先生は魔法の授業の部屋に残っていた。
表紙には死属性魔法とエリンダルフの文字で書かれていた。
「これが噂の…生属性魔法から枝分かれした、エリンダルフに伝わる死属性魔法の本ですか?」
「うん。この本はね、ボクがこの英雄学校に来て間もない頃に見つけたんだ。エリンダルフの文字だから、誰も読めなかったみたいでね…。図書室の片隅で埃だらけの状態で置かれていたよ。だからか…一部の頁は虫が食ってしまっていてね…。」
──パラ…パラパラパラッ…
そんな酷い状態なのかと、本の頁をめくってもめくってもそのような頁は見当たらない。
「ああ、何年かかけてもう一冊見つけてね?ボクが補完したんだ。だから虫食いの頁はないはずだよ?」
興味ある物事に対する先生の打ち込み方は凄い。
子育てについても、打ち込んで欲しかったのだが。
まぁ、そんなこと言っても過ぎた時間は戻らない。
「そんなにじっくり見てると、折角補完した本にまた穴が開いちゃうかもね?それより早く準備してくれるかな?」
先生は先程の檻の横にある大きな檻の横に居た。
実戦演習で使った際、かなりのクラスの魔物が入っていた記憶がある。
「さっきの頁にあった、『死の玉』使えるか試してみてくれる?じゃあ、いくよ!!」
──ガッチャンッ!!
重そうな檻の扉を先生が両手を使い開いた。
──ガアアアアアアアアッ!!
凄まじい咆哮が部屋の中に響いた。
小型の龍種のようだ。
私は死属性魔法の本を持ち、詠唱を始めた。
すると私の身体中が翆色の靄に覆われた。
右の手のひらを上に向けると、翆色の玉が現れた。
気付けば檻から私に向かって、龍種が飛び出した。
──ガアアアアッ!!
「『死の玉』!!」
既の所で私の右手から飛び立った死の玉が、龍種を捉えた。
──ドサンッ!!
龍種は床に倒れ、目覚めることは二度となかった。




