第25話 三つの計画
生属性魔法の本が先生に翻訳され、二日が過ぎた。
未だ、その本の魔法を試す機会は得られていない。
それに、学長と先生が交わした内容さえも、私たちには分からず終いだった。
「エルフ、リゼイルとより戻したんだってね?」
私はといえば、シルヴァス先生に生徒が入り浸っていることが問題視され、自分の部屋に戻ってきていた。
そして、私の部屋の同居人といえば…レティアだ。
数日前まで、リゼイルと付き合っていたのだ。
でも、彼女の方からリゼイルを振ったのだ。
だからリゼイルと付き合う事で、何かを言われる筋合いは全くない。
「うん、そうだよ?ただ、私以外の女と絶対に付き合わないことが条件にしたけどね?」
「それでリゼイルが我慢出来ると思ってる?私なんて…休みの日は一日中だったんだよ…?」
正式にいえば、私とリゼイルはまだ付き合いたて。
一年前は、成り行き上の付き合いだっただけだ。
だからなのだろうか?
リゼイルは噂で聞くほどでは全くなく、紳士的だ。
「そうなんだ?!でも、一日中はないかなぁ。」
「ないないないない!!私、付き合ったその日から、おもちゃみたいに扱われたよ?」
おもちゃみたいにされたとか…。
相手によってはえぐいことしているみたいだ。
「付き合ったその日は、リゼイルも暴走気味だったけどね?あとは普通に話したり、並んで寝たりしてるけどねぇ…。」
「何それ…。私が拒むと、他の女のところに行くって言い出して…。そんなの、悔しいじゃない?だから拒むに拒めなくて…私、リゼイルの言いなりだった。今考えるとゾッとすることまでさせられた…。あんな男、クズだよ!!」
この話について、私は何も言い返せそうにない。
リゼイルには二面性でもあるのだろうか。
私にはまだ本性を現していないだけなのだろうか?
レティアからここまで言わしめるのは相当だ。
「あは…はははっ…。わ、私、そんなクズと付き合ってるんだねぇ…。」
「だからさ?本当に気をつけないと、後悔するよ?」
まぁ、男なんて大体そんなものだろう。
一瞬でも邪な考えをしない男なんて居ないはずだ。
多分リゼイルの好きのベクトルが違ったのだ。
彼本人ではないから私の憶測にしか過ぎないが。
「忠告、ありがとう。私、気をつけるね。」
「エルフだったら男の人すぐ寄って来るでしょ?あんな男早く捨てて、もっといい男と付き合った方がいいよ。」
レティアが思うより、私は全くモテていない。
きっと私がエリンダルフだからだろう。
専ら相手にして来るのは、リゼイルと学長だけだ。
──コンコンコン…
そんな話をしていると誰かが部屋の扉を叩いた。
リゼイルはレティアが居る手前近寄って来ない。
となれば、誰だろう?
「はい。どなたでしょう?」
レティアが扉の外に向かって声をかけた。
「私だ。今、エルフはこの部屋に居るのかい?」
学長だ。
一体何の用だ。
「はい、居りますが…。」
「少し、エルフに用があるのだ。外へ出てきてくれないか?」
私に用がある?
まさか、またお誘いだろうか…。
「今、参ります。」
下着で寛いでいた私は、制服に着替え直した。
「話の途中でゴメンね?少し、私行って来るから…。」
「ねぇ、大丈夫なの?!学長…エルフのこと狙ってるんだよね!?」
「もし、私が朝になっても戻らなければ、シルヴァス先生に伝えて欲しいな。」
私が学長からの誘いを断り続けているのを、先生も知っている。
それに、先生は私の母親でもある。
きっとリゼイルを連れて助けに来てくれるはずだ。
「うん、分かった。気をつけてね?」
憂鬱な気分になりつつ、私は扉の鍵に手をかけた。
──ガチンッ!
扉の鍵が開くと同時に、扉がこちら側へと開いた。
すると、そこには思いがけない人達の姿が見えた。
────
「まさかなぁ、エリンダルフの街まで行きたいとは…。」
今、私の姿は学長の部屋にあった。
まさかあの時、リゼイルとシルヴァス先生が学長と一緒に私の部屋の前まで来ていたとは思わなかったが。
「それにだ、エルフとシルヴァスが親娘だったなんて…。もっと早く、エルフに強引にでも手を出しておくべきだったな…。」
学長からすれば、大災を共に戦ったアヴィンの娘と孫娘だ。
それに学長には、アヴィンに対して特別な感情があるように私は察している。
「またまた、ご冗談を!いくら学長でも、それはボクが許しませんよ?」
やれやれという手振りで先生は学長に釘を刺した。
「お、俺も…先生と同じ気持ちです!!」
リゼイルもオドオドしながら先生の後に続いた。
まぁこれでも、学長と大災を共に戦ったリゼルディアさんの息子だ。
それに学長と同じ、エタルティシアの一人だ。
「全く…旧友の子息達がこの私を寄ってたかって…。お前さん達は、こんな年寄りをいじめるのか?」
普段学長は年寄り呼ばわりする事を良しとしない。
こういう時ばかりその事をうまく引き合いに出す。
「本題は、その件ではないですよね…?私たちがエリンダルフの街まで帰りたいという事だと思います。」
学長は話を脱線させるのが好きだ。
それからなかなか元の話に戻ってこれなくなる。
こういう時は、早めに軌道修正させるに限る。
「ああ、そうだったそうだった。それで、シルヴァス?お前さんは、どうやって行くつもりなんだい?この子たちにも、聞かせておやりよ?」
二日くらい前に先生が学長と交わした話の件だ。
ようやく話の全容が明らかになるのだろうか。
「そうでした。では、二人に今後の私の計画について話すから、ちゃんと聞いていてね?」
先生から、私とリゼイルに語られた計画は三つ。
まず一つ目は、生属性魔法の習得。
この件は、目が翆色の私とリゼイルが試すことになる。
どちらかが習得できれば良いのだ。
次に二つ目は、非戦闘職の確保。
この件は、エリンダルフの街までの旅路で、リゼイルと先生に対する回復役が必要と学長が判断したようだ。
私は毒属性魔法で自ら回復できるので不要なのだ。
集まらなければ、学長がついて行くと豪語した。
次に三つ目は、エリンダルフまでの経路の選定。
この件は、クゥイルデの街より先は、場所によっては魔族の支配を受けたり、侵略者の支配を受けたりしている。
その為、そういった地域は避け、極力戦闘をせず行きたいのだ。
それには、エリンダルフの街までに点在する街の支配状況の把握が鍵となる。
「とまぁ…こんな感じなんだけどね。」
先生の話を、リゼイルは私と一緒に聞かされた。
だがリゼイルは、驚くような素振りを全く見せなかった。
「良かった。俺もエルフと先生と一緒に行けるって意味だよな?」
「ああ、そうだ。お前さんにはシルヴァスたちの露払いになってもらうからな?」
「俺も父さんのように、アヴィンさんや学長を守りたいからな。」
「流石は『剣塵』の息子だな。全く…あやつに似て頼もしい限りだわ!!」
計画の三つはどれも未確定事項ばかりだ。
早めに動かなければ、あっという間に一年が終わりそうだ。
それに、エルシェスさんへの呪いの件もある。
あと三年程の間で、エリンダルフの街まで行かなければならないのだ。
悠長な事は全く言ってられないのだ。
「それじゃあ、今日からすぐに始めていこうか。」
先生がそう声を上げた。
「私もそれが良いと思うぞ?なかなか、命懸けの旅なんて集まらないだろう。」
「英雄学校を休学してでも、私たちについてきてくれる人なんているんでしょうかね…?」
考えれば考えるほど難易度が上がっていく。
「安心しろよ?誰もいなければこの『癒炎』の私がついてってやるからな!!はっはっはっはっ!!」
学長の部屋に学長の笑い声だけが響いていた。




