第23話 重なる気持ち
──パチパチパチパチ…
「そっかそっか、リゼイルくんも年貢の納め時かぁ。」
二人だけの甘い空間が、一気にぶち壊された。
シルヴァス先生が教室の奥から現れたのだ。
私にとっては、タイミング的には凄く良かったが。
別に、先生とは示し合わせたわけではなかった。
「先生?!まだ、残ってらしたんですか?」
「うん。ボクは研究熱心だからね?ああ、ゴメンね?続けて続けて。」
そう言いつつ、先生は少し離れた席へと腰掛けた。
口元をニヤつかせながらこちらの方を向いている。
「エルフ。ダメかな?」
「私ね?実は…エリンダルフの街に許嫁居るんだ…。でもね?私、リゼイルのことも…好きだよ?」
決して、嘘は言っていない。
好きというのも…リゼイルを見るとドキドキして、胸が苦しくなるのだから、間違いではない。
ところが、私の中身は30過ぎの成人男だ。
だから、リゼイルに抱かれるのには抵抗がある。
友人関係でなら、男同士楽しめるかもしれないが。
「それでも良い!!エルフが最終的に、俺なのか許嫁なのかをハッキリ選んでくれ。だから、それまでの間は俺がエルフを幸せにしておくから!!」
一年経って、少しリゼイルは成長したようだ。
以前に比べて、言うことが頼もしくなってきた。
「うん…。その日まで、宜しくお願いします…。」
──ガタッ…
座っていた先生が、急に立ち上がったのが見えた。
──ゴンッ!!
「うぅぅ…。」
勢いよく立ちすぎて、先生は膝を机に強打した。
呻き声を出しながら、膝を労り手で摩り始めた。
──パチパチパチパチパチパチパチパチ…
「おめでたいねぇ!!リゼイルくん、宜しく頼むね?」
まさか、これがやりやかったのか?
やはり先生は天然ぽくて可愛いところがある。
だが、宜しく頼むねの言葉には重い意味を感じた。
先生の正体を知る私だからこそ分かる意味だが。
「あ、はい!!俺のせいで、先生にはエルフの面倒見て頂いて…本当に申し訳なかったです。」
そうだ…。
私が自分の部屋に居辛くなった原因はリゼイルだ。
そのおかげで、私は先生と仲良くなれたのだが。
「良いって、良いって。ところでね…?リゼイルくんは、この本の文字読めるかな?」
先生はリゼイルの目の前で、生属性の本を開いた。
ちょっと無理矢理感は否めないが、目的は達成だ。
「えっ!?この文字…。俺の親父が、家族だけが分かる暗号の文字だから覚えろって…。だから、読めますよ?」
恐らくはエタルティシアの文字なのだろう。
これは、リゼルディアさんの英才教育のおかげだ。
「リゼイルって凄いんだね!!私、見直しちゃった…。」
──ムギュッ…
リゼイルの腕へと胸を押し当てながら抱きついた。
すると何故か、急に気分が高揚してきてしまった。
「おいおい…。エルフ、何だよ…急に?まさか、俺のこと惚れ直したのか?」
「うん…。リゼイル、大好きだよ…?」
自分でも何を言ってるか分からなくなっていた。
今ならリゼイルに何されても許してしまいそうだ。
気付かぬうちに、私の頭は女性化が進んでいた。
「オホンッ…!オホンッ…!ねぇ…そういうの、後で何処か別の場所でしてくれない?」
先生は咳払いした後、リゼイルと私に釘を刺した。
「エルフ?もう少しだけ我慢してろよ?今日は、お前のこといっぱい愛してやるからさ?」
たまには、誰かに愛されるのも良いかもしれない。
渇き始めた私の心にも潤いが欲しくなった。
エルミリスは色々と我慢しているかもしれない。
でも、私は自分の欲望には勝てなさそうだ。
────
「先生、もしかしてさ…?この本、全部俺が訳すんじゃないよね?」
「はっはっはっはっ!!よく気がついたね?」
場所を先生の部屋に移して、リゼイルが生属性の本の翻訳をし始めていた。
確かに、全部翻訳するのは気の遠くなる話だ。
「そんなの無理無理!!俺は、ただエルフと話をしてただけだからな!!それに、これやってもさ?俺は何も得しないだろ?」
リゼイルが、先生の正体を知れば早い気もする。
そうすれば自ずと手伝いたくなる筈だ。
「うーん。得、ねぇ…。リゼイルくんは、エルフさんのこと好きなんだろ?」
「ああ。俺はエルフのことが好きだ。それが俺が得することと何の関係が…。」
先生はリゼイルの目の前で前髪をかきあげた。
その姿を見たリゼイルは言葉を失ってしまった。
「これでも、リゼイルくんは得しないって言える?」
更にリゼイルに先生は顔を近づけた。
リゼイルは先生と私を、キョロキョロ交互に見た。
「せ、先生?!え、エルフと同じ顔してる!!」
エリンダルフで、背も同じ、口元も同じなのだが。
案外、細かいところまでは気付かないものだ。
「だって…先生はね?私の…お母様だもん!!」
「はぁ!?先生がエルフのお母様だって?!もっと、早く言ってくれよ…。目の前で恥ずかしいこと思い切りしちゃってるじゃないか…。」
これで、リゼイルは私たちの言う事、聞いてくれるようになるだろう。
「リゼイル、私たちに協力してくれるかな?」
「協力してもいいが、一つだけ条件がある。先生、俺とエルフの交際を認めて下さい!!」
大体、予想できる展開だ。
リゼイルが男気出してくれたのは、素直に嬉しい。
「リゼイルくん。教室で私、なんて声をかけたかな?」
完全に声をアヴィエラに戻して喋っている。
それにだ…。
さっきの教室での伏線回収がこんなにも早くきた。
あの言葉を聞き流していないと良いのだが。
「宜しく…頼むね…。ああっ!?まさか、あの時点で既に俺は…先生から認めて頂いていたのですね…。」
「よく覚えていたね!!では、私の自慢の娘を宜しくね?でも、泣かせたら許さないから。」
「はい。俺の側にいる間は絶対に幸せにします。許嫁の件は、エルフに任せるのでその判断には大人しく従います。」
本当に…私が見ていない間で、リゼイルは成長したんだと実感させられた。
それはそうとして、本の翻訳の件はどうするのだろうか。
「リゼイルくん、そこで相談なんだけど…。今翻訳してもらってる文字について、私に教えてくれないかな?」
やはり先生には何か考えがあったようだ。
それにしても、リゼイルに対して接する先生の距離が近い。
見ていると、何だか心の中がモヤモヤしてしまう。
「あの、先生?ちょっと…リゼイルとの距離が近くないですか?」
「ああ、先生気にしないで?俺、別に平気だから。エルフ…お前、まさか実の母親に嫉妬してるのか?」
「ねっ?言ったとおりになったでしょ?リゼイルくん。うちの娘、可愛いでしょ?」
やられた。
私の嫉妬心を試す為、わざと近くにいたようだ。
「お母様も…リゼイルも…酷いよ!!二人だけで楽しんで!!」
「おいおい。そんなムキになって怒るなよ?本当に悪かったって…。後で、二人でゆっくりしような?」
以前なら、リゼイルに対しもっと辛辣に言い返して、突き放そうという気になったはずだ。
でも今の私は、違う。
リゼイルと一秒でも長く一緒に居たいと思える。
私も成長したのかも知れないし、身体の性別に思考が寄ってきているのかも知れない。
これが女性ホルモンの働きというやつだろうか。
────
「いやぁ、本当に助かったよ。リゼイルくんが教えてくれたおかげで、無事翻訳終わりそうだよ。」
「いえいえ…。殆ど先生と魔法のおかげじゃないですか!!」
急に先生が初出しの魔法を私たちに披露してきた。
その魔法は『翻訳』と『自動筆記』と呼んでいた。
しかも、二つを併用することで、真価を発揮する。
術者の知る言語ならば、本一冊丸ごと翻訳した内容を書き写せてしまうのだ。
だから、リゼイルの言う通り先生のおかげだった。
「それじゃあ、リゼイルくんたち?今夜はこの部屋でゆっくりすればいいよ?ボクは食堂にでも行ってるからさ。」
「ちょっと!!先生!!そんな気を使わないでください!!」
──ギィィィィッ…
先生は手を振りながら部屋を出て行ってしまった。




