第22話 読めない文字の本
何故、デアが全く姿を現さないのか。
私を間違えて女にしたデアの仲間が現れないのか。
それは気になるところでもあったのだ。
でも時間は待ってくれないのだ。
エルシェスに残された時間は恐らく少ない。
だが、エリンダルフに戻る手段は、陸路しかない。
そうなれば、シルヴァス先生と二人旅になる。
本当はデアの乗り物で行けば一瞬なのだとは思う。
その辺についても先生に聞かなければならない。
「そうだ!!キミさ?この本に書かれている魔法を詠唱することは出来るかな?」
まだ魔法の授業の教室に、私と先生の姿があった。
先生に古めかしい本を手渡された。
表紙には”禁書“や“持出禁止”の文字が書かれていた。
「え…。大丈夫なのですか!?これって…ヤバい本なんじゃ…?」
実はこういう本を見るのはワクワクする。
ダメと言われると、私は尚更見たくなってしまう。
とりあえず、先生の口から言質だけ欲しかった。
「大丈夫。使える人間やエリンダルフはもう居ないって、伝えられているからね?」
大災で失われたと伝わる、死属性の本だろうか。
でも表紙には、死属性など一言も書かれていない。
「この本、生属性って書いてありますよね?」
「うん。それこそ、ボクが探し求めていた本だよ?大災前は生属性と呼ばれていたんだ。でもね?前話した通り、扱える者は連れ去られたり、殺されたりしたんだ。だから、人間とエリンダルフの陣営からは扱える者は消え失せ、いつしか…。」
「死属性と呼ばれるようになったんですね?」
思わず、先生より先に言葉が私の口から出ていた。
「キミ、察しがいいね?その通り、忌み嫌われ…死属性と呼ばれているよ。」
怒られると思ったが、そのまま先生は喋り続けた。
「それに、キミのご両親には、是非ともお会いしたいものだよ。その頭の回転の速さは、誰に似たのだろうね?」
やだやだ。
自画自賛している。
絶対に、こうはなりたくない。
「きっと、父親だと思います。生まれて一度も見たことありませんが…。」
先生は私の目の前で、あからさまにガックリと肩を落とした。
そんなに、私に褒めて欲しかったのだろうか。
「あ!!キミはこんなことしてる暇はないよ?早く、その本を開いてもらえないかな?」
──パタッ…
茶番をし始めたのは、先生の方なのだが。
気を取り直して、私は生属性の魔法の本を開いた。
人間の文字で中表紙が書かれていた。
──ペラッ…
平気そうだったので、中表紙をめくってみた。
すると、エリンダルフのものではない文字で書かれていた。
「あれ?先生、この本読んだことありますよね?」
「ううん…?その本を開いたら、何か起きるかなと思って…。今まで一度も開けたことなかったんだよ!!ははははっ…。」
大事な息子に開かせるとは、とんでもない母親だ。
「死んだらどうするつもりだったんですか!!」
「うっ…。それは…凄く悲しいし、凄く困るよ…。でも、キミは毒属性の適性があるし、大丈夫かなって…ね?あはははは…。」
先生は結構、天然ぽいところが見え隠れしてる。
しっかり者の祖母のユリエナとは大違いだ。
大雑把な祖父のアヴィンにでも似たのだろうか。
もし、こんな母親に育てられたら、反面教師で私もしっかり者になれたかもしれないが。
「ここに書いてある文字、エリンダルフの文字でも人間の文字でもないんですが…。」
「嘘!?でも、学長には知られたくないからねぇ…。困っちゃったなぁ…。」
この英雄学校の中で、エリンダルフでも人間でもない存在といえば、リゼイルだろう。
そう、エタルティシアだ。
元英雄の学長もそうなのだが、先生が避けたいと言うので仕方がない。
「先生、今からリゼイルのところ行こう?最悪、リゼルディアさんのところ行けばいいから。」
「確かに、リゼルディアさんは大災生き抜いたエタルティシアだから、その文字読める可能性は大きいですね…。でも、それではキミはリゼイルくんと…。」
離れられなくなるとでも言いたいのだろう。
何となくだが、先生の雰囲気で分かった。
「例えば、この本に書かれた魔法が読むことに成功したとしましょう。そうなれば、私と先生はエリンダルフの街を目指し、この学校から旅立たなければなりませんよね?」
「うん…。そういうことになるね…。でも…クゥイルデの街の外は、無法地帯でね…?人間の悪党、魔物、魔族、侵略者の斥候、等々が闊歩してるんだ…。」
私と先生だけで旅立てば、絶対タダでは済まない。
酷い目に遭うだけならば、まだマシな方だ。
最悪、命を落とすかもしれない。
もし生き延びても、連れ攫われるかもしれない。
そんな場合の末路は、大体予想がつくだろう。
「だから、リゼイルに同行して貰おうかなって。」
安易で稚拙な考えだとは、百も承知なのだ。
でも、剣士が居るだけで戦い方はガラリと変わる。
魔法使いだけだと、どうしても近接攻撃に弱い。
一度相手に距離を詰められれば、再び距離を取るのは容易ではない。
それは魔法の授業で、実戦演習を行った際に痛感させられた。
演習をする為に、授業に戦士、剣士、騎士など前衛職も参加させていたのだ。
「キミが良いのなら、ボクはもう止めないよ。キミの人生だからね?」
────
──コン…コン…コン…コン…
「おい、誰か来たぞ?」
「ん…?隣の部屋じゃないのか?」
──ドン!!ドンッ!!
「はーい?どちら様?」
「エルフです…。」
「おい…リゼイル!!エルフちゃんじゃねぇかよ!!」
お分かりの通り、リゼイルの部屋の前にいる。
扉の向こうで対応してくれているのは、リゼイルの同居人のケルザストさんだった。
彼は、聖職者の家系なのだが、リゼイル同様に手が早い。
よく聞く生臭坊主というやつだ。
「ちょっと待ってて!!今開ける!!」
──ガチンッ!!
部屋の扉の鍵が開いた音が聞こえた。
「どうぞー?勝手に開けて入っちゃってー?」
おいおい…。
女の子が部屋に来たっていうのに。
まぁ、コイツらには日常茶飯事なんだろうけど。
──ギィィィィッ…
そんなこと思っていたら、扉が開いた。
「エルフ…。来てくれたんだ…。」
扉を開けてくれたのは、リゼイルだった。
私は部屋に入ろうとすると、リゼイルが出てきた。
「え…?」
「ちょっと、俺外出てくるわ!!」
──バタンッ!!
リゼイルは部屋の中に向かって声をかけた後、扉を閉めた。
「あのね…?」
「エルフ。俺も…言いたいことがある。だから…。」
私が言おうとすると、リゼイルも喋り始めた。
「うん…。聞かせて…?」
「じゃあ、俺についてきて?」
──ギュッ!!
私の右手をリゼイルは掴むと、寮内を歩き始めた。
こうやって、リゼイルと歩くのは久しぶりだ。
「あのさ…。俺、ずっと…考えてたんだ。」
「うん…。」
「俺には、エルフしか居ないってさ…。やっぱり、エルフの代わりなんて…居ないんだ。」
結構、リゼイルはご執心なご様子。
物事を遂行するには必ず犠牲がつきものだ。
今回はある意味、私もリゼイルも犠牲者だ。
でもまだ、リゼイルから協力するとは聞けてない。
エリンダルフの街までの旅路の付き添いをだ。
もし協力して貰えるなら、私も気持ちに応えたい。
「うん…。」
気付けば、魔法の授業の教室前を歩いていた。
ここならゆっくり話せそうだ。
「リゼイル?ここで、話さない…?」
「でも…シルヴァス先生、居るんじゃないか?」
「先生に事情は話してあるから、大丈夫だよ。」
「ああ…。そうか、エルフは今先生と暮らしてるんだったな。」
「うん…。だから、大丈夫だよ?」
──ガチンッ!!
私は先生から預かっている合鍵で、教室の扉の鍵を開けた。
「鍵…持ってたのか…。」
「うん。」
──ギィィィィッ…
「さぁ、入って?」
「お、おう…。」
──バタンッ…
教室の扉を私は閉めた。
──ガチンッ!!
他の学生が入ってこれないように、鍵もかけた。
私はそのまま教室の方へと振り返った。
──ガシッ…!!
すると目の前にいたリゼイルが私の両肩を掴んだ。
「あのさ!!俺、またエルフと付き合いたいんだ!!もう、お前しか愛さない!!他の女は相手にしない!!だから…。」
急にリゼイルからの愛の告白が始まってしまった。
別れた当日によく出来るなと、ある意味感心する。
「私、気移りし易いんだ…。生まれてから、両親居なくなって…祖父母に育てられてたから…。愛情に飢えてるのかも…。だから…優しくされちゃうと、そっちいっちゃうかも…。リゼイルが、それでも良いなら…。」
こう伏線を張っておけば、別れやすいだろう。
「俺が…エルフを寂しくさせない!!約束する!!」




