第21話 転機と好機
両親の秘密を先生から聞かされ、一週間が経つ。
先生との身体の関係はあの日が最初で最後だった。
どうやら、女の身体になってしまった私を心配した先生が、可能性について提案の意味も込めて身体を張ってくれたようだ。
ただ、先生は男でも女でも好きならどっちでも良いということなので、説得力には欠けるが。
「先生?」
「はい、何でしょう?」
魔法の授業へ向かう途中の廊下を二人歩いていた。
私には引っかかっていたことがあった。
「アヴィエラはイシェルデスとはどうだったのですか?二人は、許嫁だったのでは?」
「おや。キミは気付いてしまいましたか?」
やっぱり。
デアと母親の関係が進展しなかったのはそれだ。
「当時、アヴィエラはイシェルデスと肉体関係にありました。まぁ…許嫁ですからお年頃でしたから当然の流れでしょうね?アヴィルナとエルミリスがそうだったように。」
ぐうの音も言えなかった。
実際、好き同士なら当然だ。
そう考えると色々矛盾が生じる。
イシェルデスが居なくなった時期。
デアと付き合い始めた時期。
そして、私が生まれた時期。
どう考えてもおかしいのだ。
絶対に、イシェルデスとデアの時期が被る。
「まさか、アヴィエラは二人と同時期に付き合っていたのですか?!」
「はぁ…。そこまで見抜かれてしまいましたか。」
これでデアが私の父親という仮説が崩れた。
イシェルデスとデアのどちらかという事になる。
この世界に、DNAの検査という概念はない。
10歳の頃の姿がどちらに似ていたかによるのだ。
デアと会えれば違うかそうかが分かるのだが。
「アヴィルナはどっちの子だと思いますか?」
「デアは良い男過ぎたんですよ。だからアヴィエラは彼を好きになれなかった。でも、何度も会ううち彼の熱意に心動かされてしまったんでしょう。アヴィエラは葛藤しつつも、二人の男性からの愛情を欲張ってしまったのですよ。だから、アヴィルナの姿を見ればきっと分かったはずですが。」
今の私は母親と瓜二つの姿になってしまっている。
だから、アヴィエラが見ても父親は判断出来ない。
でも何故、私はアヴィエラの姿で復元されたのか。
謎だけが残る。
「先生は、イシェルデスはどうなったと思いますか?」
少し酷な内容だったかもしれない。
でも、私の父親かもしれないと思うと、知りたくなってしまった。
「イシェルデス…ですか…。」
先程までスラスラ質問に答えていた先生が俯いた。
そして、両手で頭を抱え込んでしまったのだ。
「大丈夫ですか?先生?」
「大丈夫…じゃないです…。少し、ボク一人にさせてください…。」
そう言って、魔法の授業で使う教室の横にある準備室へと一人入っていってしまった。
──ガチンッ!!
準備室の部屋の鍵を内側からかけられてしまった。
────
「今日の授業始めますよ?」
何事も無かったように先生は授業を始めた。
授業が始まるまでの間、先生は準備室から出てこなかった。
その為、私は仕方なく教室へと入り、いつもの席へと腰掛けた。
「なぁ?エルフ。どうした?今日、様子おかしいぞ?」
珍しく、リゼイルが私の横の席に腰掛けていた。
いつもは私から微妙に距離を置いていたのだが。
「ありがと。リゼイルこそ、酷い顔してるけど?」
本当にこの世の終わりのような、悲壮感溢れる酷い顔だったので、思わずリゼイルに言葉を返してしまった。
「あぁ…。うん…。俺、別れたんだ。」
ん?
あんな私の目の前で仲良くしていたのに?
もう数ヶ月は先生の部屋で寝起きしている。
だから、レティアと私の部屋には戻っていない。
「えっと…。その顔からすると、レティアに振られちゃったのかな…?」
──ギュッ…。
おいおい…。
振られてすぐに、元カノの手握るのか?!
「ああ…。振られたよ…。でも、理由分からないんだ…。今朝、起きたら…急に、言われたんだ…。」
そうかそうか。
それは辛いよな。
まぁ、話くらいなら聞いてやろう。
私の方が、中身は数倍も歳上だ。
「そっか。それは辛いよね…。私で良ければさ?話、聞こっか?」
よし!
ビシッと決まっただろう?
流石にこればかりは。
──ガシッ!!
は?!
──ギュゥゥゥゥッ…
「ちょっと!?リゼイル!!落ち着いてよ!!」
リゼイルは人目も気にせず、私を抱きしめてきた。
授業中というのにだ。
「はいはい…。リゼイルくーん?それにキミも!!全く、授業中だよ?」
ここ最近の先生にしては珍しく、私に対してだけキツい口調をとった。
「ああ、先生すみません。俺が悪いんです。エルフは悪くないんで…。」
リゼイルは私に抱きつくのを直ぐにやめると、先生に謝罪した。
「リゼイルくん、場所を弁えるようにね?それと、キミは居残りね?では、授業の続き始めるよ?」
居残りか。
先生からリゼイルとの関係を追求されそうだ。
その際、許嫁のエルミリスについて言われたら、彼らのことを引き合いに出せば良いだろう。
「エルフ、本当にすまない…。もう、俺にはエルフしか居ないんだよ…。」
──ガシッ…。
あの時、私の方から一方的にリゼイルから離れた。
丁度良いタイミングでレティアと出会ってくれた。
だから余計にリゼイルは諦めてないのだろう。
とは言え、付き合ったのはほんの数日だ。
なのに、リゼイルはまた私の手を強く握ってきた。
「ちょっと、冷静になろう?また、先生に怒られちゃうから…。」
「俺、エルフが好きなんだ…。出会った日からずっと…。俺の頭から離れないんだよ…。」
私だけを真っ直ぐ見つめ、私だけに聞こえる声でそう呟いた。
これは…。
私に対して、リゼイルは本気のように見える。
「なら…。まずは、他の女の子達とは別れてきてくれるかな?」
リゼイルの本気度を確かめたかった。
確か、言う事を聞く女の子達が居たはずだから。
私と付き合いたいなら、話はそれからだ。
「分かった。別れる。」
────
魔法の授業が終わった教室。
私は先生と二人きりで、居残り授業を受けていた。
やはり、リゼイルとの関係についてだった。
「キミは、リゼイルくんと付き合ってたの?」
「はい…。」
確かに付き合っていたことは伝えてない気もする。
「どこまで進んでたのかな?」
やっぱり、気になるよな…。
普通…。
「最後…まで…。」
「えっ?!ちょっとっ!!」
私の言葉を聞くなり、先生の態度は豹変した。
明らかに動揺している様子だ。
「大丈夫ですよ?もう一年以上経ってますから。」
「だって…許嫁でもないんでしょ?!」
おや?
その言葉を待っていた。
と言うか、こんな早く飛び出すとは。
リゼイルの父親である、元英雄のリゼルディアさんからは半ば同意のようなものは頂いた感じではある。
まぁ、リゼイルがアヴィンに許しを乞うということが大前提だが…。
「私の母親のアヴィエラは、許嫁でもない男性と関係持っていたようなので、これは遺伝でしょう…。」
「…。た、確かに…。」
先生は言葉を詰まらせながらも渋々同意した。
そういえば、イシェルデスさんの件聞いてない。
「イシェルデスの事だけど…ね?部屋で話すでも…良いかな?」
話の流れ的に、丁度いいタイミングだったのかもしれない。
「はい。でも、無理しないでくださいね。」
また、引き篭もられても、不機嫌になられても困る。
今は、無理強いしないのが一番だ。
「うん。でも、良いのかな?アヴィルナにはエルミリスが居るのに。子供だって居るはずなのだよ?」
それは分かっている。
「そうですよね。アヴィルナはアヴィルナなりの考えがあるみたいですよ?エリンダルフに帰るには、長い旅路になりそうですし。」




