第19話 先生の正体
──コンコンコンコン…
私はシルヴァス先生の部屋の前に居た。
あの授業の後、少なかった友達が一気に増えた。
先生が意地悪をしてくれたおかげだ。
高い授業料を皆親に頼み込んで参加しているのだ。
授業を終わりにすると言われたら、無駄金になる。
良い機会だった。
感謝しなくてはいけない。
「エルフです!!」
「入って…。」
私を呼んだ割には、凄く素っ気ない返事だ。
まさか、緊張でもしているのだろうか。
でも、そんな先生ではない事は分かっている。
──ギィィィィッ…
ゆっくりと部屋の扉を開けた。
先生の部屋に入るのはシルヴァス先生が初めてだ。
学長の部屋にはこれまで何度か呼ばれている。
先生の部屋だけあって、学生の部屋と比べ段違いに造りの良い調度品が置かれていた。
それにしても、所々に置かれている可愛らしい私物が気になってしまう。
部屋の隅には女性物の下着が干してあるのが目に入った。
「早く、扉を閉めて!!」
扉を開けたまま、私は入り口に突っ立ったままで、部屋の中をジロジロと見渡してしまっていた。
「あぁ、すみません…。」
──バタンッ…
慌てて私は部屋の中へ入ると、扉を閉めた。
すると、背中に何かが触れたような感触があった。
「ねぇ…?こっち向いて?」
まさに私の背後から、女性の声が聞こえてきた。
シルヴァス先生の地声だろうか…。
恐る恐る振り向くと、目の前に先生の顔があった。
いつものように、目は髪で覆われて見えない。
「先生、一体…どうしたんですか?!女みたいな声出して…。」
「嘘つきエルフの顔、よく見ようと思って。」
背が同じなので、本当に顔も殆ど同じ高さだった。
「この翆色の目…!!私の知ってるアヴィンの孫は、男の子なんだけど…?」
先生がリーデランザ家を知る人間だと確信した。
現在の私の家には、孫は私しかいない。
それに、翆色の目は私だけだ。
エリンダルフの街では、お義父様を英雄と認知している人は居ない。
魔法使いとしては認知されているが、それ以上はない。
「では、シルヴァス先生は何故、お祖父様の孫が男の子だと断言出来るのですか?」
「…。」
急に黙ってしまった。
断言出来る理由を語ると、何か不都合な事でもあるのだろうか。
「あれ。言えないんですか…?では、嘘つきシルヴァスって呼ばせて貰っても良いですよね?」
「言える。でも、絶対に今から言う事は、口外しないでくれる?」
一体、先生が何を言ってくるのか楽しみだ。
「分かりました。言いませんので、教えて下さい。」
「アヴィンの孫の名前は、アヴィルナという金髪の男の子だから…。あなたみたいな銀髪の女の子ではないの。」
まさかと思った。
シルヴァス先生が、私の名前を知っていた。
更に髪の色までもだ。
「先生は、一体誰なのですか?」
「あなたこそ、一体誰!!何故、アヴィンの孫のフリをするの!!」
先生が、銀髪のエリンダルフだからだろうか。
何気なく先生がした仕草を見て、ふと記憶が蘇った。
一か八か、私はその記憶に賭けてみること決めた。
「先生はこれ、記憶ありませんか?」
「えっ!?あなた、どうやって…その手記を?!それは毒属性の適性がなければ耐えられない部屋に…。」
幼い頃の記憶だったが、私の中身は成人男性だ。
だから、大体のことは今でも鮮明に覚えていた。
「あなたがシルヴァスと偽るように、私もエルフと偽るのです。」
それ以上、私は語るのをやめにした。
きっと、今は言えない理由が先生にもあるのだ。
──ムギュッ…
先生は何も言わず、私に抱きついてきた。
先程は気がつかなかったが、懐かしい香りがした。
「今までのこと、本当に申し訳なかった…。でも何で…。」
「ある日、気づいたらこの状態で、クゥイルデの外でした。」
「迎えに行く予定だったけど。予定変更します。」
一見、話の噛み合わない会話を、先生と交わした。
先生も私の正体については分かってると思う。
私も先生の正体は分かってしまった。
────
一週間程経った。
シルヴァス先生とは今までが嘘のように、仲良しになっていた。
最近では、一日の授業が終わった後には、シルヴァス先生の部屋で過ごすことが多くなっていた。
自分の部屋に戻っても、目の前でレティアとリゼイルの仲のいい姿を見せつけられる羽目になる為、居づらかったのもあった。
私は先生と並んでベッドの上に腰掛けていた。
「あなた、本当にそっくりでね?ずっと、気味が悪かったんだ…。リーデランザって名乗ってるし…。」
確かに、自分の容姿をした、自分以外の存在が目の前に居たら気味が悪いのは分かる。
しかも自分の家の者と名乗っているのだ。
でも、こんな核心を突いた話を先生からされるのは、今日が初めてだ。
「制服を試着したとき、初めて気付いたんだ。いなくなった自分の母親にそっくりだなって。」
先生の前で言うのはこれが初めてだった。
銀色の前髪で隠された目は恐らく蒼いのだろう。
「どうして…そんな姿になってしまったの?ここに来るまでに、何があったの?」
私の考えている以上に、もっと核心を突いてきた。
「アヴィルナは隣の家のエルミリスって女の子と、許嫁だったんだ。それで10歳になったある日、エルミリスから妊娠したって言われたんだ。その日、アヴィルナは一人で学校へと行って、記念公園で魔物相手に魔法の練習をしていたんだ。すると、空から墜落してきた宇宙船がアヴィルナに衝突して潰されたんだ。宇宙人が治すと約束してくれたんだけど、結果…。」
──ギュウウウウッ!!
私にとってはかなりのリスクだった。
でも、先生は私を強く抱きしめてくれた。
きっと、私の覚悟と真相を理解してくれたのだ。
「分かってあげられなくて、ごめんね…。やっぱり私、母親失格だよね…。」
いま、先生は自分のことを母親と言った。
「アヴィルナ…。お母さんね?あなたのことが嫌いで置いていったんじゃないの…。」
また、お母さんと言った。
ただの聞き違いではないようだ。
嫌いなら迎えに来るなど書かないだろう。
「アヴィエラお母様、いいよ?私、手記読んだから。生きていてくれただけで私、嬉しいから…。」
まさかこんな早く再会できるとは思わなかった。
手記では、確か…14歳になった年と書かれていた。
この英雄学校で何か目的があったのだろうか。
「私、アヴィルナのこと一日も忘れたことはなかったよ。だって…私達の可愛い子供だから。」
やはり、私達の…と言った。
ずっと私が気になっていたことだ。
こういうタイミングでしかなかなか聞けない話だ。
「ねぇ…お母様?私のお父様って、一体誰なの?」
「その話はね?今は、まだ教えることが出来ないんだ…。ゴメンなさい…。」
お母様がこんなそばに居るのだ。
この状況で他に何を望もうか…。
────
その日からというもの、私は自分の部屋には戻らなくなっていた。
シルヴァス先生とは、寝食を共にし始めていた。
表向きは、私と先生はそういう関係、ということになっていた。
その為、食堂等では二人でイチャイチャする姿を、周りに見せつけなければならなかった。
いくら相手が実の母親で、私も女の姿だからとはいっても中身は男なので、凄く照れくさかった。
それに、先生は私の身体に興味津々なのだ。
自分の身体とじっくりと見比べたり、触ったりと色々なことを試してくる。
その中でも、私が一番参ってしまったのが、自分が一番弱いという部分を、手で容赦なく触ってきた時だった。
あの時は流石に事前に何をするのか教えて欲しいと、事後の先生に頭を下げてお願いしたくらいだった。




