第17話 年上の同居人
入学前は心配事ばかりだったが、結局杞憂だった。
制服を試着した日から既に、半年が経っていた。
寄宿先の寮の部屋は、リゼイルとは別々にされた。
リゼイルは残念そうだったが、私は嬉しかった。
寮の部屋については、基本二人で一部屋を使う。
しかも、同学年同士ではなく上級生と下級生でだ。
私は今、人間の上級生と寝起きを共にしている。
歳は私より二つ上の12歳で、レティアと言った。
彼女はとても物静かで、本が好きな女の子だ。
髪は金色で、目は緑色、肌は小麦色の長身だ。
肌の色を除けば、男の頃の私を女にした感じだ。
だから凄く親近感が湧いてすぐに仲良くなった。
彼女は魔法使いに憧れを持ち、入学してきた。
流石というべきか、アヴィンのことは知っていた。
でも、未だに私が『氷塊』の孫だと言えてない。
それは、彼女からこんな話を聞いたからだ。
実は、英雄学校の受験倍率は数千倍だと言われた。
彼女は何年も受け続けようやく入学できたようだ。
そんなこと、全く知らなかった。
私は英雄の子孫というだけで、すぐに入学できた。
足掛け何年で入学できた子の前では言えなかった。
また、魔法を教わる為には特別料金が必要になる。
それも莫大な金額を即金で支払わなければダメだ。
だから、彼女は泣く泣く教わるのを諦めていた。
その日から私は、彼女に対し魔法の練習を始めた。
私が魔法使いだと初対面時に彼女には話していた。
提案した時の彼女の嬉しそうな表情は忘れない。
目が緑色だったので、同じかと期待したが違った。
色々試した結果、彼女は風属性の適性があった。
因みに、私は魔法の授業を受けているが免除だ。
授業で受けた内容を彼女へ事細かに説明している。
でも授業を受ける際、細心の注意が必要なのだ。
担当の教師が、例のシルヴァス先生だからだ。
事ある毎、私に突っかかってきていた。
軽くだから、私も強くも言えずタチが悪い。
周りの生徒達からは、仲が良いと思われている。
私としては仲良くなりたかったが、先生が拒んだ。
一体、私が先生に何をしたというんだが。
────
今日もいつもの通り、寮の食堂で夕食を食べる。
食堂へはレティアと一緒に行くのがお決まりだ。
「ねぇ、エルフの噂…聞いたんだけど。」
あと少しで食堂というところだった。
学校内で、私の噂がいっぱい飛び交っていた。
恐らく、シルヴァス先生が吹聴してるのだろう。
「えっ?!どんな噂?」
「えっとね…。学長のお気に入りって噂なんだけど…。」
その噂はよく耳にする。
ただ、私が学長のお気に入りなのは間違いない。
あの日から、事ある毎に迫られているが断っている。
学長はどっちもついていると噂があるのだ。
ついていなければ、少しは考える余地もあったが。
それに私はもう、そういう身体の関係は求めてない。
私だけが色々割りを食ってしまう。
女の身体になって、大きく傷つくのは女だと知った。
「どうなんだろう。一方的に言い寄られちゃってて…。」
「やっぱり本当だったの!?学長、相手を妊娠させると興味がなくなって捨てるみたいよ?だから、エルフは気をつけてよ?」
初めて聞いた。
それが本当だとしたら最低だ。
危なかった。
「教えてくれて、ありがとうね?」
「いえいえ。エルフは、私の大切な先生だからね!!」
「いやぁ…私が先生だなんて。全然だよ?」
でも、先生か…。
良い響きだな。
言葉では否定したが、言われて悪くはなかった。
「ううん?エルフは私にとっては先生だもん!!私、エルフには本当に感謝してるんだから!!」
「そ、そう?ねぇ、それより早く食堂いこ?」
「あっ!?そうだよ!!ゴメンゴメン。早く急ご!!」
寮の食堂は数種類のメニューが用意されている。
だが、早く行かないと良いメニューから無くなる。
今日は、レティアの大好物がメニューにあるのだ。
レティアは足早に食堂へと駆けて行った。
私は特にこの世界の料理に思い入れはなかった。
だからゆっくりレティアの後を追っていた。
「よっ?エルフ。元気してるか?」
リゼイルだった。
彼の声を聞いた瞬間、身体が反応した。
何故なのだろうか…。
頭では、自分の心は男だって思っているのに。
身体の奥がキュンとなってしまった。
調子が狂うからあまり会いたくないのだ。
だから、五ヶ月の間で彼に会ったのは数回だけだ。
「元気だよ…。り、リゼイルは、どう…なの…?」
おかしい。
無意識のうちに彼のことを意識してしまう。
「いやぁ。エルフが全然俺のこと相手してくれないからさ?言うこと聞く子達で我慢してるよ。」
はぁ?!
リゼルディアさんが知ったらどうなることか…。
そんなことが許されるのだろうか?
「ダメでしょ?そんなことしたら…問題だよ!!」
「ん?エルフは聞いてないのか?俺達は特別だから、大抵のことは許されるんだぞ?」
そっか…。
リゼイルは『剣塵』の息子と入学時に公表された。
だから、言うこと聞く子が居てもおかしくない。
それで妊娠できれば、英雄の家族に加われるのだ。
女の子の親達も恐らく必死だろう。
娘にリゼイルに取り入れと、強く命令してそうだ。
私はそれが嫌で、学長に頼んで伏せて貰った。
おかげで、学長はそれを弱みに関係を迫ってくる。
「なら、私のことはもういいからさ…。忘れて?」
言った瞬間、何故か胸が苦しくなった。
何故だろう?
私はリゼイルのことが好きだったのか?
あの時はただ、家に住まわせて貰いたかっただけ。
それで言われるがまま、リゼイルに一晩中…。
「何言ってるんだよ。俺は父さんと約束したんだぞ?エルフのお祖父様に許しを請うって。何度言わせるんだよ!!」
「もう、いいの…。お願い…!!私を…私の心から出ていって…!!」
彼と顔を合わせれば最後は大体この応酬だ。
「俺は、エルフのこと…諦めないからな。」
これも彼の決まり文句になりつつあった。
毎度毎度ブレずこの言葉を私に言うと去っていく。
普通の女の子なら、許してしまうかもしれない。
でも、私は元々は男だし、前世も男だ。
女としてはまだ、半年も経っていないのだ。
────
食堂に着いた私は、カウンターへと急いだ。
メニューを見ると不人気料理のみとなっていた。
「はぁ…。」
特に好きな料理がないとは言った。
だが、今日の不人気料理は本当に微妙すぎた。
だから、久しぶりにため息も出てしまった。
「おっ!?エルフ、奇遇だな?今日の余ってる料理、微妙だよなぁ…。」
さっきリゼイルは食堂とは別方向に行ったはずだ。
行ったふりして私の後でもつけてきたのだろうか?
「そうだね。たまには意見合うんだね。」
なかなか食べ物の感性は難しいと思っている。
だから、結構意外だった。
目の色が同じだからとか、そういう話なら笑える。
「たまにはって…なんだよ。」
「だって、私達って全然意見合わないじゃない。」
リゼイルを突き放す良い機会だった。
そうしないと、私が流されてしまいそうなのだ。
「そんなことないぞ?俺は、エルフとは相性が良いって分かってるんだからな?」
ダメダメ…。
私はそんなつもりじゃない。
もう、リゼイルの話は無視しよう。
そう決め込んだ。
私は料理を受け取ると、食堂内を見渡した。
レティアが先に席を取ってくれているはずなのだ。
「はぁ!?」
その場で声が出てしまった。
それもそのはずだ。
レティアの隣の席には、リゼイルが座っていた。
さっきまで私のすぐ後に居たはずなのに。
笑顔のレティアが私に向かって手を振り始めた。
一体、リゼイルは何をレティアに喋ったのだろう。
この状況では、完全に不安でしかなかった。




