第16話 学長♀
ひと通り、学長から教師の紹介がされた。
全く、一度に覚えられるはずもない。
その中で、一人だけ気になった教師がいた。
名前は、シルヴァスと名乗っていた。
何故、私が気になったのか?
まず、目を引く個性的な外見だろう。
腰辺りまである銀髪で、前髪で目が隠れていた。
それに、声だ。
恐らく女性なのだが、声は男性ぽく作った感じだ。
肌は透き通るほど白く、背も今の私と同じ目線だ。
身体つきは膝まである外套を羽織っていて不明だ。
あとは、耳が尖っていて長かったことだろうか。
「あの…シルヴァス先生?」
英雄学校では基本、名で呼び合う決まりのようだ。
だから、名字を知らないのはザラだと言われた。
エリンダルフでは名字で大体どこの家系か分かる。
だからこそ、名字を名乗っていないのだろう。
そんな事より、別のことを先生に確認したかった。
「はい。なんでしょう?」
「シルヴァス先生の適性は、何属性ですか?」
魔法使いでなくても、誰もが適性属性を持つ。
学長は、目の色が赤いので恐らく火属性だろう。
ところがシルヴァス先生は、目が隠れている。
女性であることを隠したいのかもしれない。
まぁ、何か他に理由があるのかもしれないが。
その辺は個人の自由なので、ノータッチにする。
「ボクですか?ほら。見ての通り水属性ですが?」
シルヴァス先生の手のひらの上には、水の玉がフヨフヨと浮いていた。
「エルミリス…。」
つい、その姿にエルミリスを重ねてしまった。
よく水属性魔法の練習をお義父様としていたなと。
「はい…?」
凄く怪訝そうな口元を先生は私に見せてきた。
そういえば、先程の対応も結構語尾がキツかった。
「いえ…すみません。先生見てたら、エリンダルフにいる親友のこと思い出してしまいました。」
「へぇ…?エルフさん、本当にエリンダルフのご出身なのですかぁ?」
本当に…とはどういう意味だろう。
私が皆に嘘でもついているとでも言いたげだった。
──ポンッ…
「エルフ?そいつ、変わり者だから放っておけ。」
「えっ?」
私の肩口を学長がなだめるようにそっと叩いた。
「それにだ、シルヴァス!!それを言うならお前も、本当にエリンダルフ出身か?未だに名字も名乗れないだろうが!!」
「あの…。えっと…。」
見かねた学長は、シルヴァス先生の痛いところを突いた。
全く…。
シルヴァス先生は、同族嫌悪なのか?
もしや、リーデランザ家を知っての言動なのか?
折角同じエリンダルフで仲良く出来るかと期待していたので、この状況は正直辛い。
「他人に言われて困ること、言うなよ?ましてや生徒相手にだぞ?お前、教師だろ?別に、今から出てってもらっても、私は困らないぞ?」
確かに。
これから生徒になる人間に教師が言う話ではない。
言いがかりも甚だしい。
ビシッと学長に言って貰えて少し私の気も晴れた。
「じゃあ、エルフ。制服の試着に行くぞ?」
──ギュッ…
また私の右手を学長が握ってきた。
身体は女だが、私の中身は男だ。
だから、いちいちドキッとしてしまう…。
────
「ええええっ!?」
私は思わず大声をあげてしまった。
それは、ようやく制服の試着をし始めた時だった。
試着する為の個室には、姿見が置かれていた。
この世界で鏡はなかなか高価で殆ど見かけない。
その為、エルミリスの家で見たくらいだった。
だから、女になった姿を見たのは初めてだ。
鏡の前に映っていたのは、ほぼ母親の姿だった。
男の頃の面影は全くなくてショックを受けた。
女になってから、髪の色が薄いなと思っていた。
それは、金色から銀色に変わっていたからだった。
唯一、母親と違っていたのは目の色だけだ。
やはり、生来持つ属性が関与しているのだろう。
──ドンドンドンドンッ!!
「おい!!どうした!?」
外から学長が個室の扉を叩き叫んでいる。
まぁ…。
大したことでは…ある!!
エルミリスになんて言えばいいのやら…。
エリンダルフに帰るのも憂鬱になってきた。
全ては、色々うっかりし過ぎな宇宙人のせいだ。
様子を見にきた際は、色々言ってやろうと思う。
「大丈夫です…。ただ、制服の丈短いなって…。」
何を考えているのか分からないが、ミニ丈なのだ。
身体を少し屈めただけで下着は丸見えだろう。
「なんだ…不服か?エルフに似合うと思ってな?」
ええと…。
似合うと思って?
学長が選んだ制服を着させられたという事か?
「とりあえず、扉を開けて私に見せてみろ。」
「はい…。」
学長に逆らうのが急に怖くなった。
さっきのシルヴァス先生とのやり取りを、間近で見てしまったからだろうか。
──ガチャッ…
言われるがまま、私は個室の扉を開けた。
──ギィィィィッ…
個室の前で学長が腕を組み仁王立ちしていた。
学長の両脇には、女性の教師が立っている。
かなりパンチの効いた光景だった。
「なんだ、似合ってるじゃないか!!なぁ?」
着替えた私の制服姿にすぐさま学長が反応した。
嬉しそうにうんうん頷いている。
「はい。お似合いだと思います。」
「エルフさん、凄くお似合いですよ?」
両脇の先生達も、相槌を打つかの如く続いた。
こんなミニスカートが許されているのか?
ここは、次期英雄を育てる為の学校だったはずだ。
「おい!エルフに、あれ持ってきてやれ。」
おいおい…。
まだ私に何か着させたいのか。
「あの、エルフさん?これなんて如何ですか?」
制服の担当と思われる女性が、私に手渡してきた。
柄からして、今履いているスカートだった。
「可愛いエルフにはピッタリだと思うぞ?」
「へっ…?!ちっさっ!!」
言われて広げてみて思わず声が出た。
今履いているミニ丈のスカートよりも短いのだ。
薄々感じてはいたのだが、学長はそっちらしい。
好みの女性を見定めて囲っているのだろう。
私も完全にロックオンされてしまったようだ。
「良いから、早く着て見せてくれ。」
まだ、男よりは良いか。
私としては、学長の今の距離感悪くはない。
色々と立場を利用できそうだ。
ただ、肉体関係に発展しなければだが。
それに、リゼイルの件もある。
これ以上は、エルミリスに申し訳が立たない。
「これ、着なきゃダメ…ですか?」
「ダメだ!!着なければ、入学の件は無しだな。」
おっとおっと…。
遂に、権力を振り翳して私を捩じ伏せにきた。
本来は、権力に屈したら負けなのだとは思う。
でも、背に腹は変えられないのだ。
ここで屈しないと、私の明日や未来が潰えるのだ。
追い出された先に待つのは、地獄の日々だろう。
「では、着替えますね?覗いちゃダメですよ?」
「待て待て!!エルフ、私が着替えさせてやる。」
はぁ…。
余計なこと言わなければよかったと後悔した。
──ギュッ!!
慣れた手つきで私の右手を握った。
そしてまず学長が個室へと入ると、手を引かれた。
抵抗することも叶わず、私も個室へと入った。
──バタンッ!!
「二人きりだな…?エルフ。」
急に胸がドキドキし始めた。
相手は学長だが、やはり私の根は男なのだろう。
狭い部屋に美女と二人きりという状況で、恐らく興奮しているのだ。
「学長は…私のことどう思ってますか?」
異様な雰囲気に私は飲まれてしまっていた。
言った後で、取り返しがつかないことを理解した。
「凄く…可愛いと思っている。今すぐ、私のモノにしたいくらいだ。」
完全にこの流れはマズい…。
私の言葉一つで、未来が決まりそうだ。
下手すれば後戻り出来なくなるかもしれない。
困ってしまった。
でも、できれば穏便に済ませたい。
「学長…。今日、お会いしたばかりですので。まだ…心の準備が…。」
「ははははっ!!なんちゃってな?案外、エルフは真面目なんだなぁ?ますます気に入ったぞ?」
学長に笑い飛ばされたが、目は笑っていなかった。




