第10話 二つ目の受難
母親の部屋を訪れてから、私の生活は一変した。
都合良いことに、同時期にエルミリスはお義母様に料理の指南を申し入れていた。
その為、お互いそれぞれの時間ができていた。
勿論、母親の手記帳は部屋から持ち出した。
だから、お義父様やお義母様に手記の存在がバレないようにするのは、私にとって一苦労だった。
エルミリスは私の事が好きだ。
だから、私が何か始めたことはお見通しだった。
でも、私に嫌われたくない一心で、言わば協力…いや共犯者になってくれていた。
スパルディンの一件も目の当たりにしているのだ。
誰かに言おうと思えば、あの時言えたはずだ。
それを言わずにいてくれている。
彼女のおかげで私は、母親の残した手記にある毒属性魔法の練習に打ち込めているのだ。
私の練習場所は、主に学校にある記念公園だ。
例の一件では、お義父様達が記念公園に棲み着く危険な魔物の掃討を実施した。
それなりの成果は出たようだ。
だが、私達がスパルディンと遭遇したベンチの後に広がる森の奥では、未だに危険な魔物を度々目撃している。
その為、私は毒属性魔法でその魔物を討伐する事を、練習と決めていた。
主に昼の時間を練習の時間に費やしていた。
勿論、彼女とお昼を一緒に食べてからだ。
そんな生活をし始めて、四年の月日が流れていた。
その間にも様々な事が起きた。
まぁ、主に私とエルミリスとの間の事なのだが…。
秘密を共有しあってからと言うもの…。
彼女からの要求が、年々エスカレートしていった。
6歳の頃は、毎日一緒のベッドで眠りたいだった。
7歳になると、毎日…朝昼晩とキスを求められた。
8歳になると、9歳の学年は性教育が始まったようで…身体を触る等の少し性的な要求を、彼女からされ始めた。
9歳になった時、私にとっての大事件が起きた。
ある夜のこと。
いつものように…二人で身体を触れ合った後、私は眠りについた。
寝ていると、身体に違和感を感じ、目を覚ました。
すると、隣に居たはずの彼女の姿がない。
ふと、下を見ると…彼女が何か頬張っていた。
その瞬間、私は察してしまった。
前世ではそういう関係になる前に死んでしまった。
こんなにも早い展開に、私は興奮を隠せなかった。
「エルミリス…?何を…してるの?」
彼女は既に私が起きたことには気付いていた様子。
頬張るのをやめてこちらを見た。
「私、アヴィルナとしたいの…。良いでしょ?」
私が拒否できないことを知っていてのこの発言。
この子、なかなかやるな…。
この時、そう思った。
「良いけど…。後で、エルミリスは後悔しない?」
せめてこれくらいは、言わせて欲しい。
恐らく、お互い初めて同士だ。
初めては失敗する確率が多いと前世で聞いてきた。
「大丈夫。私、アヴィルナなら、後悔しない!!」
嬉しい限りだったが、まだ9歳の身体だ。
うまくいくことを願いながら、彼女に身を委ねた。
結果から言えば、大成功だった。
でも、彼女が妊娠する可能性が残る結果となった。
エリンダルフには避妊という概念が存在しない。
なので無闇に重なり合えば、妊娠してしまう。
しかも中絶は禁忌とされており、産むしかない。
だが、その日から彼女は求めてくるようになった。
そして私が10歳になった現在でも同じだ。
────
何故か今日、エルミリスは学校を休んだ。
昨夜は珍しく彼女は自宅へと帰っていったのだ。
体調が悪そうだったので、私に配慮したのだろう。
今朝はと言えば、私のお弁当を作りに来ていた。
学校へ向かう頃、お弁当の入った手提げ袋を手渡して、見送ってくれた。
だから、朝から変な感じだ。
いつも傍に居る彼女が居ないと、通学路もなんか寂しげな雰囲気に見えた。
何故だろう…。
こういう時に限って、クラスの女子達は私の近くへと寄ってこない。
久しぶりに、彼女の監視下から解き放たれたのに。
そんなこんなで、もうお昼だった。
一人でいつもの記念公園のベンチへと向かった。
そして、エルミリスとお義母様お手製のお弁当を、手提げ袋の中から取り出した。
ん?
お弁当の蓋の上に手紙が置かれていた。
どれどれ…?
?!
手紙を開いた。
ショッキングな単語が私の目に飛び込んできた。
思わず息を呑んでしまい、声が出なかった。
彼女からの手紙には、こう書かれていた。
『アヴィルナ。私達、お父さんとお母さんになるの。』
毎夜と言って良いほどだった。
流石に覚悟はしていたが、まだ私は10歳だ。
エルミリスだって、11歳なのだ。
昨夜、夕飯を済ませると彼女は足早に家を出た。
もしかすると、イシェルザさんに身体を診てもらう為だったのだろう。
はぁ…。
私が11歳になる頃、私達は親になるのだ。
流石にこの展開には、結構参ってしまった。
お弁当を食べる気にもなれないくらいだ。
気を紛らわせようと、ベンチに荷物を置いて森の奥へ進んだ。
今日は珍しい。
魔物の気配を近くに感じない。
とりあえず、私は魔法の練習をし始めた。
最近では、母親の手記が無くても詠唱出来るようになっていた。
ふぅ…。
流石に、相手がいないと使っても地味だ。
効果は違うのだが、見た感じが一緒なのだ。
毒属性はそんな魔法が殆どだった。
────
気がつけば、魔物を探して森の中を歩いていた。
──ドォォォォンッ!!
一瞬の事で、何が起きたか理解できなかった。
思わず目を瞑ってしまったのも災いした。
爆発でもあったのか?
きっとそれに巻き込まれたのだ。
やたらと焦げ臭いし煙たい。
それに、何故だろうか…。
さっきから下半身が凍てつくように冷たい。
思い切って、私はゆっくり目を開けた。
鬱蒼とした木々が燃えたのだろうか、空が見える。
横を向くと土が見えた。
恐らく私は吹き飛ばされた衝撃で、地面にめり込んだのだ。
そう思った。
でも、何かおかしい…。
ふと顔をお腹の方へ向けた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
この状況、誰でも叫ぶだろう。
肋骨より下の辺りが、銀色に輝く戦闘機のような宇宙船のような形状の乗り物の下になっていた。
私は必死の脚を動かし、抜け出そうとした。
でも、感覚がない。
私の周囲には夥しい量の血が流れ出ていた。
それを見てしまった私の呼吸は次第に荒くなる。
血を見るのが昔から嫌いだった。
迷走神経反射だろうか。
目の前に星がチカチカと飛び始めた。
「(申し訳ない。巻き込んでしまった。)」
薄れゆく意識の中、頭の中に声が響いた。
不思議と身体の痛みを感じなくなった。
「誰…。」
「(私達は、この星を護っている。侵略者と交戦した際、被弾してしまった。人が居ない場所を選んだはずだったんだが、本当に申し訳ない。)」
まさか…。
宇宙人の登場か…。
しかも、この世界に関与しているのか…。
「脚が動かない…。」
「(あなたの身体の半分、私達の乗機が押し潰してしまった。今から母艦を呼んで、私達と共にあなたを回収して貰う。責任を持って身体を造り替えさせて貰う。だから、もう暫く待っていて欲しい。)」
乗機…だと?!
やはり、この目の前の機体は戦闘機か何かか?
地球で言うならば、未確認飛行物体だろう。
それに今、母艦と言った…。
身体を…造り替える?
そんなことが可能なのか…。
「どんな技術なんです…か…?」
下半身が潰されているはずだ。
出血量が思っていた程ではなく、落ち着いてきた。
機体で思い切り圧迫されているからだろうか?
恐らく退けた瞬間クラッシュ症候群に陥るはずだ。
「(私達の世界の技術だ。あなた達の世界の技術を遥かに上回っている。)」
脳貧血に陥ったか、目の前が真っ暗になった。
そしてそのまま意識を失った。




