第01話 一つ目の受難
どこにでも居るモブな外見、童貞な私はもう30歳。
俗にいう魔法使いになれる歳だが、その兆しは全くない。
今は都会でワンルーム、独り暮らし、平凡なシステムエンジニアをしていた。
待っていれば良いことがある。
そんな言葉を真に受けて待っていたが、何も良いことなんてなかった。
先程まで、中学時代の同窓会が開かれていた。
クラス主催の為、20人程の参加だ。
当時、私が片思いをしていた女子が来ると聞いて、久しぶりに参加したのだ。よくある、同窓会から始まる大人の恋愛を期待した。
だが、現実はそう甘いものではなかった。
同窓会の会場の居酒屋に現れた彼女の左手の薬指には…指輪が光っていた。
正直、驚いた。
5年くらい前の話では独身と聞いていた。
何があったのだろうか…。
そう思って、仲の良いクラスメイトを突ついた。
すると、話はこうだ。
一昨年、学年委員主催で学年全体の同窓会が開催された。
でも私は、その同窓会の出席は辞退してしまった。
何故か?
学年委員は各クラスの学級委員の集まりなのだが、当時パリピなクラスの学級委員が牛耳っていた。
だから、彼ら主催の行事はいつも身内だけ盛り上がって、他の生徒達はどっ白けだったからだ。
やはり学年委員の彼らは、変わっていなかった。
会場は有名ホテルの広間を貸し切ったようだ。
しかも、立食スタイルのビュッフェ形式だったようだ。
場所などについては、出席者のみに案内状が更に届いており知らなかった。
聞くところによれば、私のクラスメイトの殆どは出席していなかったようだ。
しかし、彼女は主催者とは友人の為出席していた。
相変わらずな主催者達の自己満足強めの同窓会。
そんな中で事件は起きた。
彼女は主催者達と歓談していた。
そんな彼女の目の前へ、イケメン男性が現れる。
それは…中学時代、空気レベルのモブ男子の高井だった。
ざわつき始めた時だった。
高井は皆の前で彼女に告白したのだ。
言葉に困った彼女は答えは今度と返したそうだ。
一昨年のあの頃、私は暇しており用事はなかった。
今更ながら…参加しておけば良かったと後悔した。
同窓会の後、高井から猛烈アピールがあったようだ。
その気迫に押されてしまった彼女は、流されるまま婚約を取り付けられたようだ
私は愕然としてしまった。
中学時代の私は今とは違った。
部活動や委員会活動に、情熱を注ぎ込む陽キャだった。
クラスの中でも人気者な存在だった。
どうして…。
私は…モブになってしまったのだろう。
陰キャでモブだった高井と…立場が逆転していた。
「二次会どうしよっか?」
「うーん、年末だしねぇ…。」
今、私達は同窓会をしていた居酒屋の外いた。
これから二次会をどこにするかについて、今回の幹事でもある学級委員達が話し合っている。
でも、今日は12月の週末だ。
空いてる店を探すのだけでも苦労するだろう。
有志の参加になる為、結構の人数帰っていた。
今大体7人くらいだろうか。
「貴仁くん…?」
ん?
この声。
急に後ろから声をかけられた。
急いで、私は後を振り返った。
「え、絢乃…ちゃん?」
目の前に片思いしていた絢乃ちゃんが立っている。
「貴仁くん…。わ…私、同窓会来るなんて…聞いてなかったから…。だって、一昨年の同窓会…来なかったよね…?」
ん…?
何だ…?
絢乃ちゃんをよく見ると、少し涙ぐんでいる。
「ああ。学年委員の同窓会…行きたくなかったからさ?でも、クラスの同窓会は…皆んなに会いたかったしね?」
ベストアンサー。
そう言えば納得してくれるだろう。
「そうだよね…。でも、良かった…。私ね…貴仁くんに会いたかったんだ…。」
え?
一体どうした?
絢乃ちゃんの様子が明らかにおかしい…。
「あ、さっき健次に聞いたんだけどさ…。」
ふと、絢乃ちゃんの左手を見た。
さっきまで嵌めていた指輪が無い…。
「健次くん…に?あ…。聞いちゃったのかな…?」
ゆっくりと私は頷いた。
「私…今日、同窓会に来て、決心ついたの…。やっぱり…婚約破棄しようって…。」
えっと…。
どういう展開だ?
ドラマでも見てる気分だった。
「貴仁くん…。私…。」
私は彼女の口を手でそっと塞いだ。
ただの勘違いかもしれない。
でも良い…。
この際、言ってスッキリしたかった。
「絢乃ちゃん?同じクラスになった頃から、ずっと好きだった。だから…待ってる。片が付いたらまたその時に言うよ…。」
言い終わると、彼女の口元から手を退けた。
「うん…!!待っててください…。必ず…貴仁くんに会いに行きます…。」
これは夢なのか?
いやいや現実だ…。
私で、本当に良いのだろうか?
でも、待っててと言われたのだ。
彼女のいう事を、信じるしかないだろう。
「二次会、少し先にあるバーに行きまーす!!」
返事をしようとした瞬間だった…。
幹事の鈴木の声で遮られてしまった。
「ほらほら!!絢乃ちゃん、行こう行こう!!」
更に悪いことは続く。
クラスメイトの女子が絢乃ちゃんの手を引く。
信号のない横断歩道を彼女達は歩き始めた。
「あ、貴仁くん!!」
絢乃ちゃんがそう言うと、こちらに振り返った。
目の前の横断歩道は十字路になっていた。
左側から明かりのようなものが見えた。
「あのね?」
何か絢乃ちゃんが言いかけた。
その時だ。
凄まじいエンジン音が聞こえてきた。
──ブオオオオッ…
え?
十字路の左側からダンプが見えた。
運転手はグッタリしてハンドルにもたれている。
音からして、アクセル全開のようだ。
もう、絢乃ちゃん達のすぐ側まで来ていた。
「逃げて!!」
「ん?貴仁くん?」
私の方しか絢乃ちゃんは見ていない。
昔は眼鏡を掛けていたはずなのに、裸眼だ。
恐らく、コンタクトもしていないのだろう。
ダンプが目前に来ているのに気付かないのだ。
ダメだ!!
間に合わない!!
そう思った私は、思わず彼女の方へ駆け出した。
「見えないの!?逃げて!!」
「えっ?」
そうだった…。
絢乃ちゃんは、天然ぽいところがあった。
地震で揺れているのに、物怖じしなかった。
「逃げろおおおおおおおお!!」
──ドンッ…
もう、両手で彼女を突き飛ばすしかなかった。
「キャア!!」
間一髪だった。
絢乃ちゃんだけは…何とか。
横断歩道の向こうへ突き飛ばされたのが見えた。
──バンッ!!
「ギャアアアアアアアア!!」
横断歩道上に居た私と、クラスメイトの女子。
猛スピードのダンプに跳ねられた。
──バリンッ…!!グジャッ!!
頭をフロントガラスにぶつかり割れ、めり込んだ。
──ガンッ!!
そして、その勢いのまま後方へと放り出される。
頭をアスファルトの地面に思い切り打ち付けた。
まだ、意識だけはあった。
でも顔は衝突の衝撃で潰れ…前がもう見えない。
あまりの痛さに呻き声しか出なかった。
正しくは…顎も潰れていた。
だからもう…声にならない。
「キャアアアアアアアア…!!」
泣き叫ぶ絢乃ちゃんの声。
「助けてええええ!!誰か!!助けてください!!」
絢乃ちゃんが助けを呼ぶ声が聞こえる。
でも、もうダメだ…。
運転手は意識がない。
止まるはずがないのだ。
──ゴトッ…ゴトンッ!!
暴走状態のダンプは無情にも、私を前輪で轢いた。
恐らく、クラスメイトの女子も一緒にだ。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
まだ私は意識があった。
絢乃ちゃんの悲痛な叫び声が微かに聞こえる。
──ゴト…ゴトンッ!!
何の対処も出来ないまま、後輪でも轢かれた。
恐らく、頭を轢かれたのだろう。
轢かれた直後だった。
全身から耐え難い痛みが、スッと消えた。
次の瞬間。
私は…真っ暗な場所に居た。