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81 「綺麗な魔法」◆



***


 湖畔の別荘、リビングに造られた地下室。

 時計の長い針は、もう二周半してしまった。

 頭上の扉を閉め切っているので、音も光も入ってこない。

 揺れるランタンの小さな火だけが頼りだ。


「ねえ、セオ……」


「……やだ」


 このやり取りも、もうしばらく続いている。

 外に出ようと説得する『私』と、迎えが来るまで待つというセオの議論は平行線を辿っていた。


「だけど、もうすぐランタンの火も消えちゃうよ」


「でも、やだもん!」


「ちょっとだけ、ほそーく、開けてみようよ」


「……それでも、やだ。怖いよ……」


 セオは口をへの字に曲げて、不安げに目に涙を溜めている。


 怖い気持ちも、不安な気持ちもわかる。けれど、このままここにいても、状況も何も分からない。

 それはセオにも分かっているはずだ。現に、迷うように目が泳いでいる。


 『私』は、もうひと押しした。


「でも、ランタンが消えたら真っ暗になっちゃうよ。そしたら、もっと怖いよ」


「……」


「ね? セオ」


「……じゃあ、ちょっとだけ……」


「うんうん、偉いね、セオ」


 『私』は、ほっとしてセオの頭をよしよしと撫でた。

 セオは目に涙を溜めたまま、頬を染めて頷く。


「じゃあ、せーので、持ち上げるよ」


「……わかった」


「せーのっ」


 二人で手を伸ばして地下室の扉を開こうと試みるが、子供の力では重すぎて、なかなか開かない。


「うーん、動けぇぇ……」


「ううー、重いよぉ……」


 しばらく奮闘するも、やはりガタガタと揺れるだけで、扉は持ち上がらなかった。


「はぁ、はぁ……、も、もしかして……閉じ込められちゃった?」


「えっ……そんなあ……! おとうさまー! おかあさまー!」


「出してー!」


 私とセオは声を張り上げるが、地下室の中で響くばかりで、何の返答もない。


「ううう……どうして……」


「なにか……、なにか方法はないかなぁ」


「うう……風の力がうまく使えれば、良かったのに……」


「風の力?」


「うん……僕が、魔法の練習サボったから……」


「でも、それが出来れば何とかなるかもしれないんだよね? やってみたら?」


「出来る自信、あんまりないよ……」


「大丈夫、セオなら出来るよ。頑張って!」


 項垂れているセオに、出来るだけ明るく声をかける。

 ぎゅっと手を握ると、セオは覚悟を決めたようで、おずおずと頷いてくれた。


「……やってみる」


 セオは『私』の手を離し、祈るように胸の前で手を組むと、目を閉じて集中し始める。 


 しばらくすると、ぼんやりと白く輝く光が、セオを取り巻き始めた。

 それはやがて風を纏い始める。


「綺麗……」


 それは、美しい魔法だった。


 白い光に照らされる、セオの真剣な表情。

 目を閉じて祈りを捧げる様子は神々しくて、まるで絵画から出てきた天使のよう。


 ふわりふわりと柔らかい髪が揺れ、優しいそよ風は白く澄んでいて、徐々にその輝きと強さを増していく。


 そして風は一際強く輝き、扉に向かって一息に放たれたのだった。



 扉が、大きな音を立てて跳ね上がる。

 その勢いは蝶番を破壊して、扉は反対側の床にドシンと打ちつけられた。


 セオの方を見ると、少し疲れてしまったのか、しゃがみ込んでいる。


「セオ、すごかった! とっても綺麗な魔法だった!」


「僕、上手に出来た……?」


 私は興奮しながら話しかけるが、セオはまだ顔を上げられないようだった。


「うん! 頑張ってくれて、ありがとう! おかげでほら、空が見え……、って、空?」


 『私』は頭上を指さした。薄雲のかかった青空が、遮るものなく見えている。


「も、も、もしかして天井も抜けちゃった!? おおお怒られるかなあ!?」


「えっ?」


 セオはようやく顔を上げ、立ち上がる。

 その顔は、みるみるうちに血の気を失っていった。


「ぼ、僕、外、出たくない」


「だ、大丈夫! 私も一緒に怒られてあげるから!」


「そうじゃないよ……」


 セオは、またフラフラとしゃがみ込んでしまった。


「セオ……?」


「……でも、行かなくちゃ。急いで、厩舎に……約束したもんね」


「そうだったね」


 真っ青な顔をしながら、セオは何とか立ち上がる。

 『私』はセオに続いて、地下室の外へと登ったのだった。




 そこは、小さな森の中だった。

 地下室の扉は、別荘のリビングにあったはずだったのに――否、この場所が森に変わったのだ。


 周りの地面は所々焦げていて、木々の合間に焼けた家具の残骸や、折れた柱が転がっている。

 そして、その全てが水浸しになっていた。

 一度燃えて鎮火された後に、木が生えて森になったようだ。


 不思議だけれど、そうとしか思えない。

 事実、高い木の上にカーテンらしき布の一部が引っかかっていて、引き裂かれるように枝に纏わりついている。


 地下室の扉周りだけが無事だった。

 周囲のカーペットも、濡れてはいるが燃えずに残っている。

 何かが、『私』たちを守ってくれたみたいだ。


 木々に囲まれ、誘うように一本の道が森の外へと続いている。

 その道の先は、藍色のもやがかかっていて、全く見えない。


 私たちが呆気に取られていると、どこからか、一匹の鹿が現れる。


 鹿は大きな角を器用に使って、今まで『私』たちがいた地下室の扉を閉めた。

 扉の上で数回飛び跳ね、しっかりと閉まっていることを確かめると、鹿は森の中へと消えていく。


 再び扉を見た時には、扉はすでに緑色の草に覆われ、辺りの景色と同化してしまったのだった。


「今のは……」


「お父様の魔法だ……この場所を森で囲んだのも、鹿を遣いに出したのも、お父様だよ」


「セオのお父様が?」


「うん……それに、火を消した跡がある。水の魔法は、お母様だ」


「私たちが地下にいる間に、火事があったのかな?」


「……そうかも。でも、魔法の力がまだ消えてないから、お父様もお母様も無事で、どこかにいるんだ」


「そっか。じゃあ、森の外、行ってみる?」


「うん」


 セオは、地下室にいた時に比べて冷静になったようだ。

 両親が無事だと思ったからだろう。


 『私』は、セオと手を繋いで、唯一続いている道を歩き出したのだった。



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