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色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜  作者: 矢口愛留
第四章 藍

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55 「魔法の傷薬」

【注意】

 怪我の表現を含みます。苦手な方はご注意下さい。



 大好きな人が私を抱きしめる。

 ふわりと、優しく。



 そして、それと同時に、ドスッ、という鈍い音が耳に届く。

 鈍い衝撃が襲ってくる。



 しばらく、誰も動かなかった。



 遠くでワアワアと誰かの声がわめいている。


 だが、私の耳はその音を拾えども、頭はその意味を拾うことはない。



「……おい、パステルを狙っただろ、お前。女の方は狙うなって言ったじゃねえか」


「あぁ? そうだっけ?」


「ああ。こ、こりゃあやりすぎだぞ」


「おいおい、庇いに入ってこなけりゃこんなに深く刺さってねぇって」


「と、ともかくずらかるぞ!」


 あっという間に、エドと子分達オトモダチは去っていった。



 柔らかく吹いていた風は、いつの間にか冷たい木枯らしに変わっていた。

 びゅうびゅうと音を立てて、怒り狂っているかのように木の葉を飛ばし、砂埃を立てている。


 セオが、バランスを崩す。

 私は、もたれかかってくるセオを、しっかりと支える。


「セ……オ……?」


「……パステル……怪我、して、ない……?」


「私は大丈夫……でも、セオ……血が……!」


 ナイフの刺さった場所から、黒い染みが徐々に広がっていく。傷はかなり深い。強い恐怖と混乱が、私の心を覆う。


「どうしよう……どうしよう……! お医者様を、早く……!」


「……いい。それより……、パステル」


「な、なに……?」


「森にある、お祖父様の……コテージに……、魔法の傷薬(ポーション)、置いてある。

 ……パステル、飛べる……?」


「それがあれば、傷が治るのね!? わかった、やるわ! 虹よ……!」


 虹の巫女の力を行使するのは、二回目だ。

 七つの光が、私とセオを取り巻く。


「風へと導いて!」


 六つの()()が、空に昇ってアーチを描く。

 色のない虹を、緑色に輝く光がなぞっていく。

 世界が緑色一色に染まり、私の意識は虹に乗って『風の神殿』へと飛んでいった。



 ラスは、二つ結びにした深い緑色の髪を揺らし、見た目通り、子供のように私に駆け寄ってくる。

 ただ一点、子供らしからぬ点は、本人の放っている圧倒的な王者のオーラだ。

 猫のように釣り上がった緑色の双眼は、強い怒りに燃え上がっている。


「パステル、説明は要らないよ。ボクも見てた。フレッドの家まで迷わずに飛ぶ力を貸すよ。さあ、急いで」


 ラスは形式ばった質問を省いて、すぐに私に手をかざし、力を貸し与えてくれた。


「絶対、助けてよ」


「もちろんです」


 私は力強く頷くと、再び虹の橋を渡ってセオの元へと戻っていった。



 私の意識が、私の身体に戻る。

 私にもたれかかっているセオの体重が、先ほどよりも重く感じる。


「セオ、いくよ……!」


 私が急いで力を発動すると、強い光が私とセオを包み込む。

 どの方向にどの位飛べばいいのか、自然とわかった。ラスの言っていた、『迷わずに飛ぶ力』というのはこのことだろう。

 あっという間に、私とセオは森の中にあるフレッドのコテージへと到着した。



 主人がここを離れたからだろうか。

 辺りは雑草で覆われていて、花壇も畑も枯れてしまっている。


 私はセオを支えながら、コテージの扉を開いた。

 きちんと戸締りしてあったからなのか、魔法で守られていたのか、室内は以前と全く変わった様子はない。


「セオ、お薬はどこ?」


「……左の、部屋」


「わかった」


 私は部屋の中にあったベッドにセオを連れて行き、ナイフの刺さっている方を上にして寝そべらせた。

 セオの顔からは血の気が失われていて、真っ白になっている。


「薬……右の、棚。一番上の、引き出し。青色の瓶」


「青色……これね。これをどうすればいいの?」


「ナイフ……抜い、て……傷口に、かけて」


「わかった。ちょっと我慢してね……!」


「……っ」


 ナイフに触るのも、傷口を見るのも辛いが、セオはもっと苦しんでいる。私は震える手でナイフを引き抜き、床に転がした。

 セオは苦しげに顔を歪ませながら、痛みに耐えている。私はセオの服を少しはだけさせて、青くきらめく、とろりとした魔法の傷薬(ポーション)を傷口に満遍なくかけていった。

 薬をかけていくと、内部から外部へと、傷はみるみるうちに小さくなっていき、完璧に癒えたのだった。


「セオ、大丈夫……? 痛みは……?」


「ちょっと貧血だけど、もう、平気……。パステル、ありがとう」


「……良かった……ほんとに、良かった……!」


 私は安心して力が抜け、その場にへなへなと座り込んでしまった。

 もう、命の危機は去ったようだ。


「心配かけて、ごめん……」


「ううん、元はと言えば私のせいだし。……あ、身体を拭かないとね。着替えとかお湯とか、持ってくるね」


 私はそう言うと、足に力を込めて立ち上がった。

 床に転がっている血のついたナイフは、どうしたらいいかわからなかったので、布に包んで部屋の隅によけておく。

 随分錆びたナイフだったから、本来ならこんなに深く刺さるような物ではなかったはずだ。だが、セオが予想外に割り込んで来たことで、勢いを殺せなくなってしまったのだろう。


 私は、油断してしまった自分を悔いていた。



 主人の留守中に申し訳ないと思いながらも、コテージの中を物色する。

 タオルと着替えを見つけると、続いてキッチンでお湯を沸かす。


 窓を叩く強い風は、先程よりは落ち着いたようだ。

 だが、やはりまだ時折吹き抜けていく突風は、窓ガラスをガタガタと揺らしていく。

 風の怒りは、まだ収まっていないらしい。



 ベッドに戻ると、セオはすやすやと寝息を立てていた。

 その顔は貧血のためか、やはりいつもより白い。だが、呼吸も安定しているようだ。


 起こしたら悪いなと思いつつ、お湯で濡らしたタオルで目立つ汚れだけ拭き取っていく。

 セオは少し身じろぎしたが、すでに深い眠りに入っているのか、起きることはなかった。

 着替えは後でもいいだろう。それより、少し眠らせてあげた方がいい。

 私はセオを起こさないように、そっと布団を肩まで掛けた。


 それにしても、セオが無事で本当に良かった。


 はしたないと思いながらも、セオと離れたくなくて、ベッドサイドにぺたんと座り込む。

 腕を組んでベッドに乗せ、その上に頬を預けると、穏やかに眠る美しい横顔を眺める。


 ぼんやりと色んなことを考えていると、私もだんだんウトウトしてきた——。




 風が窓ガラスを一際強く叩く音で、目が覚めた。

 セオはまだ眠っているようだ。


 窓の外は、薄暗くなり始めていて、真っ黒な木々と灰色の草花がざわざわと揺れている。

 私は寝ぼけまなこを擦りながら、ランタンに火を入れようと身を起こした。


 私の眼からは、緑色が失われている。

 この状態では、ラスの力は借りることができない。

 セオが起きないと帰れないだろう。


 魔法の傷薬(ポーション)がよく効いたのか、セオはぐっすり眠っている。


 私はここで夜を越すことになるかもしれない、と思い、何か食べられそうな物がないかキッチンを探す。


 主人が長いこと留守にしているため、流石に主食になるような物はなかった。

 だが、フレッドはお酒のあてに日持ちするナッツ類やドライフルーツを常備していたようだ。

 小麦粉もあったから、作ったことはないが頑張ればパンも作れるかもしれない。



 ——この時の私は、以前セオに、夜の森はフレッド以外にとっては危険だと言われていたことをすっかり失念していたのだった。



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