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色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜  作者: 矢口愛留
第三章 黄

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38 「幸せの結晶」



 私とセオが降聖霊祭のガイドブックを読んでいる間に、エレナは奥から一人の役人を連れて戻ってきた。


「お話は伺っております。さあ、こちらへどうぞ」


 若くて気の弱そうな役人が案内してくれたのは、テーブルと椅子が何セットも用意されている、広いサロンだった。

 混んでいるというほどではないが、座って話し合いをしている人たちが何組かいる。


「改めまして、この街へようこそいらっしゃいました。私はポールと申します。

 家族旅行と伺っていましたが、娘さん方が可愛らしくて驚きましたよ」


「あら、なんだい、あたしが可愛くないみたいな物言いだね?」


「い、いえ、そんなことはございませんよ。失礼致しました」


「二人は養子でね、似てなくて当然さ。こっちがパステル、こっちがテディ。あたしはエレナ」


 エレナはそう言って、パチリとウインクを飛ばす。話を合わせろということだろう。


「パステルです。よろしくお願いします」


「……」


 セオは、無言で頭だけ下げる。声を出すと男のだとバレてしまうかもしれない。


「ご丁寧にありがとうございます。それで、今年の降聖霊祭のことについて聞きたいのでしたね。

 エレナ様も先程おっしゃっていましたが、確かに、今年は聖樹に集まるオーナメントが少ないです。

 このままでは降聖霊祭に間に合わないかもしれません」


「それは、何故なのですか? なんとかする方法はないのですか?」


「まずは、聖霊様の飾り(オーナメント)について詳しいお話をする必要がございますね。

 聖樹を飾る輝くオーナメントは、『幸せの結晶』なのです」


「『幸せの結晶』?」


「ええ。この聖夜の街(ノエルタウン)で嬉しい、愛しい、楽しいなどの幸せな感情を人が感じた時、この街にかけられた聖霊様の祝福によって、その感情は形を成します。

 幸せな感情からキラキラと溢れ出る光の欠片は、集まって光の結晶となります。

 そうして生まれた『幸せの結晶』は輝くオーナメントに変わり、聖樹に飾られていくのです」


「幸せな感情……」


 私は、昨日からの出来事を思い返す。

 私たちが光の粒を見た時、二回目は楽しい気持ちだったし、三回目はエレナが楽しそうにしていた。

 一回目は……何の話をしていたんだっけ? セオの笑顔が眩しくてドキドキしていたような気はするが。


「つまり、今年はみんな幸せが足りてないってことかい? 何かあったのかい?」


 エレナは眉をひそめてポールに聞いた。


「……実は、この地域を治めるご領主様が、聖王都に向かわれてから半年以上も帰って来られないのです。

 町民はみな不安に思っていて、なかなか例年通りに祝祭ムードという訳にもいかないのでしょう」


「領主様は、どうして帰って来ないんだい?」


「それが分かれば、町民も不安に思ったりしませんよ。

 とにかく、エレナ様たちは降聖霊祭をどうしても見たいということでしたが、今年は開催出来る保証がありません」


「うーん……そうは言っても、折角ここまで来たからねえ。

 それに、オーナメントが集まらなくて聖霊様をお迎え出来なかったら、町民にとってはもっとキツい一年になるだろう? 何かしないのかい?」


「聖樹広場で週末に開催される聖夜の街市場ノエルタウンマーケットで、何か目玉になりそうな企画がないか検討しています。

 一つは街のこども会主催の発表会、もう一つはアマチュア合唱団のステージが決定しているのですが、メインの出し物が未定になっています。

 いつもはプロの演奏家の方やバレエダンサーの方などを招致して本格的なステージを用意するのですが、実のところ、領主様不在で予算もカツカツでして……」


「……うーん、予算がかからず、みんなに楽しんでもらえて、メインイベントに据えられるような出し物ねぇ……」


 エレナとポールは、黙り込んでしまった。


「……参加型のイベント。商店街に、協力してもらえば」


「テディ、どういうこと?」


 ぼそ、とセオが小さい声で提案した。

 私がセオの方に耳を寄せると、セオは耳元に口を寄せ、囁き声で話し始める。


「この街は観光客が多い。

 店舗も綺麗だったし、商店街の財政は潤っているはず。特に土産物店や菓子店は、数も多く一等地に建てられてる。

 お菓子や工芸品のコンテストを開いて、何かしらの方法で町民や観光客にジャッジしてもらう。

 さらにその場で製作するパフォーマンスがあれば、より皆の目につくし、華やかになる。

 優勝者には少額で済む、かつ手に入りにくい高価値な優勝賞品を渡す。コンテストに出品する商品や材料費は各店の自腹。

 ランキング上位店には今後一年間、街の目立つところに広告を出す権利を与える」


「なるほど……そうすれば広告宣伝にもなるから、参加したいというお店も出てくるかもしれないね。優勝賞品はどうする?」


「それは、僕に考えがある。心配しなくていい」


「わかった。……あの、ポールさん、テディの意見なのですが……」


 私はセオの考えをポールに伝えた。ポールは、協力を得るのも今から企画を練るのも難しいと渋っているようだった。


 だが、「優勝賞品はこちらで提供する」という私の言葉と、「何もしないよりは良い、小規模でもやってみれば」というエレナの言葉で心を決めたようだ。


 他の役人に相談すると言ってポールは席を立ち、私たちを見送ってくれた。ポールは正門の前に着くと、最後にひとつ、質問を投げかける。


「あの、エレナ様、何故そこまで降聖霊祭を……?」


「私もね、この街の出身なんだ。

 大人達の事情で聖霊様の祝福プレゼントが貰えないなんて、子供達が可哀想じゃないか。

 聖霊様の祝福を受けて育った子供達が、この街の未来を作っていくんだから」


「……そう、ですよね」


 ポールは、エレナの言葉に何か思うところがあったようだ。

 所詮、旅行に来た観光客のちょっとした提案である。企画が本当に実行されるかどうかは分からないが、あとはポールたちノエルタウンの役人に任せるしかないだろう。


 何より、この街を誰よりも大切に思っているのはこの街の住人たちであり、役人たちなのだから。


「じゃあ、また何か動きがあったら教えておくれよ。出来るかぎり協力するから」


「はい。街のため、聖霊様のため、全力を尽くします。ありがとうございました」




 宿に戻ると、セオはすぐに魔法の家を出し、早々と着替えてしまった。

 あれはあれで可愛かったが、やはりいつもの姿の方がずっといい。


「お嬢様、セオ様、先程は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした」


「いいえ、エレナ。頼もしかったわ。

 普段はあんな感じなの? あれが楽だったら、いつもあの喋り方でもいいよ」


「滅相もございません。仕えているお嬢様と、一国の王子様ですよ。先程呼び捨てにするのも内心ヒヤヒヤだったんですから」


「ふふ、それもそうか。

 ……でも、私は、エレナのこと育てのお母様のように思ってるよ。

 今のお義母様よりも、エレナ達と過ごした時間の方が長いし」


「……お嬢様……。

 うう、なんとありがたいお言葉でしょう……。

 お嬢様は、こんなにも心を開いて下さっていたのですね」


 エレナは、感極まって涙ぐんでいる。本当に嬉しいのだろう。

 話を聞いて改めて見ると、キラキラとした光の粒子が舞っているのがよく分かった。


「セオ様……改めて、本当にありがとうございます」


 エレナはセオの方へと向き直ると、深く深く頭を下げた。


「お嬢様が屋敷から出ず、心を閉ざしてしまっていた頃……私たちがどのように心を尽くしても、お嬢様のお心の内を知ることは叶いませんでした。

 今はこんなに生き生きとされて……。

 もし叶うなら、これからもずっとお嬢様を大切にしてあげてくださいね」


「エレナ、それは……」


 ずっと、なんて、無理な話だ。


 私は国交のない王国の子爵令嬢。それこそ駆け落ちでもしないと、一緒になんていられない。

 でも、セオは王族だ。駆け落ちなんて、出来る訳がない。


 だが、予想に反して。

 セオは、迷いなく即答した。


「勿論」


 セオは、エレナから私にすっと視線を移して、真っ直ぐに私を見つめた。

 キラキラと辺りを舞う光が増えていく。

 セオから目が離せない。

 吸い込まれるように、互いの視線が交差する。


「一生、大切にする。パステルが、僕にとっての光だから」


「……!!」


 思いっきり勘違いしてしまいかねない、そんな言葉に、私の頬はじわじわと熱を持ち始めた。

 分不相応に願ってしまった未来に、ほんの少しの希望を持ってしまう。


 セオは至って真剣だし、きっと、直球でぶつけてきた言葉であって、深い意味はないのだろう。

 けれど、急速に膨れ上がったこの心はきっと、もうこれ以上無視し続けることを許してはくれない。


 キラキラと強くなる光のシャワーの中で、私たちはいつまでも、ただ見つめ合っていたのだった。


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