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色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜  作者: 矢口愛留
第二章 青

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33 「乙姫様」◆


 さわさわと揺れる海藻のカーテンをくぐると、大きな扉が見えてきた。私たちが近くまで行くと、扉が勝手に開いていく。

 開いた扉の内側には、槍を持ったタツノオトシゴの妖精が二人。どうやら彼らが扉を開けてくれたようだ。


 扉の向こう、玉座の間には、足元まである長い黒髪に珊瑚のかんざしを差し、生地が幾重にも重なった東洋風の着物を着ている女性が佇んでいた。

 女性は、座敷から立ち上がって、私たちの到着を待っていたようだ。私たちが玉座の前に進み出ると、女性は柔らかな口調で話し始める。


「ようこそ、我が宮へお越し下さいました。わらわは、水の精霊、おとと申します。先日は助けて下さり、ありがとうございました」


 軽く頭を下げる水の精霊に、私もカーテシーをしようとして、人魚の姿ではそれが出来ないことに気がついた。私は水の精霊に倣って、頭を下げる。メーアたちも、同様にしていた。


「乙姫様、その後体調は如何でございますか?」


「ええ、そなたたちのお陰で、すっかり元気です。見苦しい姿を見せてしまいましたね」


 乙姫は、手に持っている扇で恥ずかしそうに口元を覆うと、表情を一変し、悲しげな声で続けた。


「ですが、湖や川の生き物たちが、たくさん犠牲になってしまいました。悲しいことです。一度壊れてしまった自然が元の姿に戻るには、たくさんの年月が必要になります」


 私たちは皆目を伏せる。事故だったとはいえ、人間が自然の一部を破壊してしまったことには違いない。


「妾たち精霊の力は、自然の力と直結しています。人間たちに自然への敬意と畏怖を忘れずにいてもらうために、神子と巫女が存在するのです。妾は、そのために人間界に強い影響力を持つ四人に、神子としての力を与えました」


 『海の神子』は、皇族。『川の神子』は、神官。『滝の神子』は、サーカス団として帝国内を巡業していて、老若男女問わず人気だ。フレッドに聞いたが、『湖の神子』は大商人で、かつ裏の顔を持つ人物だったということだ。

 確かに、強い影響力を持つ四人である。


「そして巫女たちは、能力も各々違いますし、条件や対価こそありますが、全ての精霊、もしくは全ての神子と、繋がりを持つことが出来ます。一つの精霊と強い縦の結びつきを持つ神子とは違い、巫女は横の繋がりを持つ事が出来るのです。今回は、『虹の巫女』が上手くやってくれましたね。あなたと、風の精霊アエーラスには深く感謝しています」


 乙姫は私に微笑みかけ、再び頭を軽く下げた。私も、慌てて頭を下げたのだった。


「さて。では、『虹の巫女』『空の神子』よ。あなたたちの望みを、叶えましょうか」


 乙姫がそう告げると、メーアとルードは後ろに下がった。乙姫は何もない所から、水を圧縮したような、艶々とした()()()を顕現させた。


「さあ、二人でこの箱を開いて。さすれば、()が還ってくるでしょう」


 私は息を呑んで、セオと共にその箱に手を伸ばした。蓋をずらすと、私たちは煙のような、青い光の奔流に呑み込まれていったのだった――



***




 『私』は、ガタゴトと揺られる馬車の中にいた。隣にはお母様、前にはお父様が座っている。

 お母様は、明るい髪色に()()瞳で、はっきりとした目鼻立ちだ。お父様は、暗めの髪色にグレーの瞳で、垂れ目がちの優しそうな顔立ちである。


「おとうさま、おかあさま。ピクニック、楽しみですね。早く着かないかなあ」


「楽しみだね、パステル。今向かっている湖のあたりは別荘地でね、とっても綺麗な場所なんだよ」


「わあぁ……! 湖、水がたくさんあるのですよね? 楽しみです」


 『私』は湖を見るのが初めてで、頬がゆるんでいる。私の笑顔を見てお父様もお母様も、幸せそうに笑っていた。


「パステル、今日はお母様のお友達も一緒よ。パステルと同い年の男の子がいるから、仲良くしてあげてね」


「おともだちに、なれるでしょうか?」


「ええ、きっとなれるわ。覚えていないでしょうけど、お母様のお友達のソフィアには、パステルも一度会ったことがあるのよ。パステルが生まれた時に、名前を付けてくれたのも、ソフィアなのよ」


「そうなのですか?」


「そうよ。お友達の証として、素敵な、魔法の名前をプレゼントしてくれたの。お守りみたいに、いつかパステルを守ってくれるわ、きっと」


「わあ、素敵! おかあさま、わたし、お礼を言わなくちゃ!」


「ふふ、そうね」


 お母様は微笑むと、私の髪に手を伸ばす。そして、()()()()()()()()()()()()を丁寧にいてくれたのだった。




 ザザッ。


 場面が切り替わる。




 白い太陽、白い雲。

 ()()空を飛んでゆく、黒い鳥。

 緑の野原には、灰色の花がたくさん咲いている。


 幼い『私』はお昼寝をしているセオの隣で、花冠を編んでいた。

 小さな手を一生懸命に動かして、集中してゆっくり編んでいくが、あまり上手くいっていない。

 すると、すとん、と頭の上に何かが乗せられた。『私』は驚いて、自分の傍らに立っている人物に気が付く。

 そこにいたのは、輪郭や目元がセオとそっくりの、優しげな風貌の美人である。光を受けてきらめく()()()()が、とても美しい。


「あ、ソフィアさま! むずかしいお話は、終わったのですか?」


「ええ、もう少しで終わるわよ。セオは、寝ちゃったのね」


「はい。あの、セオに花冠を編んであげたかったんですけど、ソフィアさまみたいに上手に編めないのです」


 『私』は、自分の頭に乗せられた綺麗な花冠を手に取ると、自分が今まで編んでいた花冠と見比べて、落ち込んだ。


「ふふ、コツがあるのよ。教えてあげましょうか」


「はい! お願いします!」


 ソフィアは私の隣に腰を下ろすと、セオによく似た美しい目を細めて、優しく微笑んだのだった。




 ザザッ。


 再び場面が切り替わる。




 『私』は、走っていた。

 セオに手を引かれて、もつれそうになる足を必死に動かす。

 息が上がって、胸が苦しい。

 もう少し、少しでも早く行かなくては——そう思うが、足は思うように動いてくれない。

 私は、ついに転んでしまった。私と手を繋いでいたセオも、引っ張られて尻餅をついてしまう。


「パステル、頑張って! あと少しだから!」


「も、もう、無理……。セオ、先に行って……」


「行けないよっ!」


 セオは、顔をくしゃりと歪めて、今にも泣き出しそうなのを必死でこらえている。だが、『私』はどうしても立ち上がることが出来ない。セオは、目をぎゅっと瞑って、深呼吸をした。


「もういちど、やってみる。パステル、しっかり掴まって」


 『私』は頷き、ぎゅっとセオに抱きついた。

 セオは意識を集中して、弱い光を放ち始める。

 ふわり、と身体が宙に浮き、私たちはほんの少しだけ滑空した。しかし、数メートルだけ進んだところで、あっけなく地面に落ちてしまったのだった。

 高度はほとんどないから大きい怪我はしていないが、何度も挑戦して、何度も落ちているうちに、私たちの身体は擦り傷だらけになっている。

 けれど、セオも私も、泣き言を言わなかった。早く戻らなくてはならないから。

 セオは、もう一度深呼吸して、光を放ち始める。先程より少しだけ強い光だ。だが、やはり結果は似たようなものだった。


 それでも、今の発光で気が付いたのか、遠くに停まっている馬車から人が降りてきた。まだまだ遠いが、シルエットで分かる。ロイド子爵家の使用人、エレナである。


「セオ、エレナが気付いてくれた! 良かっ——」


 その時だった。

 蒼穹の彼方から、突如、虹の橋が降りてきたのは——




***



 意識が戻ってくると同時に、私は自分の心がひどく掻き乱されていることに気がついた。

 今、見えた記憶は、一体なんなのか。

 理解がまだ追いつかない。推測するにも、情報が足りない。

 ただ、幼い『私』が感じていた恐怖と焦燥に、衝撃を受けたのだった。


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