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32 「歌う人魚の伝説」


 セオと二人で、あるいは時折フレッドも交えて帝都観光をしながら過ごしているうちに、約束の日がやってきた。

 これから、水の神殿へと向かうのだ。

 私とセオが砂浜で待っていると、すぐに『川の神子みこ』ルードと亀の妖精きすけがやってきた。


「ルード様、今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 セオとルードが挨拶をしていることに気が付き、私も慌てて頭を下げた。私は別のことが気になっていたのだ。


「……きすけって、緑色だったっけ?」


 確か、前に会った時は黒っぽい灰色の身体をしていたと思うのだが、今日のきすけは深い緑色だ。


「ええ、この子はずっと深緑色ですよ。恐らく、前回お会いした時は、パステル様が風の力を使ったために、その代償として緑色が判別出来なくなっていたのでしょうね」


「あ……そう言われればそうかも……」


 私は言われて初めて、自分の眼の不思議な変化に気が付いた。

 思い返すと、確かにここのところ木々も野菜も灰色に見えていたのだ。どうやら私の眼は、ラスの力を借りた後、しばらく緑色を判別出来ない状態になっていたようである。

 モノクロの世界で過ごす時間があまりにも長かったため、違和感を感じなかったのだろう。


「ということは、『虹の巫女』の力を使うと、しばらく色が分からなくなるということ……でしょうか」


「ええ。恐らく、パステル様の力の鍵が、『色』なのでしょうね。だからこそ先代の『虹の巫女』様と精霊様たちは、パステル様の記憶を『色』を利用して封じることが出来たのでしょう」


「なるほど……。あ、でも、それとセオの感情には、何の繋がりがあるのでしょう?」


「うーん、私にもそこまでは……。何らかの魔力的な繋がり(バイパス)があったのかもしれませんが……」


 どうやら、ルードにも詳しいことは分からないようだ。知っているとしたら、精霊たちか、何故か私が『虹の巫女』であることを知っていたフレッドぐらいだろうか。


「待たせたわね」


 後ろから凛とした声がかかった。『海の神子』メーアである。皇女として多忙であろうメーアの表情は、やはり心なしか疲れているように見える。


「メーア様……あの、お忙しい中、申し訳ありません」


「いいわよ。あなたにも、セオにも、フレデリック様にも借りを作っちゃったしね」


「では、参りましょうか。念のため確認ですが、今日は濡れても良いお召し物で来て下さっていますね? ちょっと冷たいですけど、靴を脱いだら腰のあたりまで海の中に入ってもらえますか」


 ルードはそう声をかけ、自らも靴を脱いで、躊躇なく海の中へ入って行った。私たちもルードに倣って、海に入る。秋も深まっていて、昼間とはいえ水温は低く、鳥肌が立ってしまう。

 準備が出来たら、ルード、セオ、私、メーアの順に四人で手を繋いだ。すぐに、ルードとメーアから光が溢れてきて、私たちを包み込んでゆく。


 全身が光に包まれた瞬間、私は突然立っていられなくなり、バランスを崩してしまった。だが、それはセオもメーアも、ルードも同じだったようだ。

 気が付けば私たちはそのまま海中に全身を沈めていた。突然のことだったので、私は思いっきり海水を飲んでしまった。


「ごぼ、ごぼっ……!」


「大丈夫よ、海中でも息が出来るようになってる筈よ。楽にして」


 メーアのその言葉に、私は目を見開いて両隣を見る。メーアも、セオも、ルードも水中にいるのに、苦しくなさそうだ。それどころか、普通に喋っている。


「けほっ、あ、あれ……?」


「ね? 大丈夫でしょう?」


「は、はい……」


 落ち着いて状況を確認する。先程まで感じていた、水の冷たさを全く感じない。それどころか、心地よい温度だ。目を開けていても痛くないし、地上にいる時と同じように呼吸も会話も出来るようになっている。


「これが、『水の精霊の神子』の力なのですね」


「ええ。私たちは、人魚に変身することが出来るの。ただし、自分ともう一人が限界ね」


 メーアに言われて足元を見ると、私たちの足が、鱗を持つ二本の尾に変わっていた。メーアとルードは、私たちと手を離し、上手にヒレを動かして遊泳してみせた。


「足……というか左右の尾をぴっちり閉じて、ダイナミックに動かすのがコツね。慣れるまでは私とルードが手を引いて誘導するわ。慣れたら自分で泳いでみてちょうだい」


 そうして私たちは再び四人で手を繋ぎ、水の神殿がある深海を目指して、泳いで行ったのだった。

 海は、潜れば潜るほど水温は低く、水圧も高くなる。徐々に光も届かなくなっていくのだが、人魚の身体は視界も良好だし、低水温にも水圧の差にも耐えられるようになっているとの事だ。


 ただし、時々遭遇する、毒を持つ生物や魔物には注意する必要があるそうだ。普通の生物はこちらから危害を加えなければ襲ってこないが、魔物は別で、向こうから襲って来ることもあるらしい。


 しばらくして、メーアが何かの歌を歌い出した。引き込まれるような、美しい歌声だ。


「この辺りに棲む魔物の多くは、音を嫌います。なので、歌を歌いながら泳ぐと襲われないのです」


「なるほど……」


「自衛のためなので仕方がないのですが、時折上を通っている船が驚いて岩礁に乗り上げたりして、仕方なく救助に向かうこともありますね。歌う人魚(サイレン)の伝説として、船乗りには恐れられているみたいです」


 ルードは解説を終えると、メーアの歌に低い旋律を加える。美しい高音ソプラノに、深い海のように大らかな低音バリトンが重なり、響き合う。

 この美しいハーモニーは、地上からはどのように聞こえるのだろうか。きっと、座礁した船も、この世ならざる幻想的な音色に引き込まれてしまったのだろう。



 程なくして、私たちは海の神殿に辿り着いた。

 貝殻のような材質で出来た真っ白な建物は、神殿というよりも宮殿である。


 所々に珊瑚や真珠の飾りがあしらわれていて、人が入れるほど大きな二枚貝や巻貝には、大小様々な魚たちが出入りしていた。

 時折、アクセサリーを付けているタコや、短い足をちょこちょこと動かして二足歩行しているヒトデなど、明らかに普通の魚ではない何かが通っていく。ここに棲む妖精たちだろう。この宮殿は、なんだか賑やかで楽しい。


 大きな通路の奥には、さわさわと海藻のカーテンが揺れている。その向こう側に、水の精霊の玉座があるようだ。私は、あたりをキョロキョロと見て回りながら、先導するメーアの後に付いていったのだった。


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