28 「さっさと行きなさい」
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私は、ラスに借りた風の力を使って、大きな瓦礫や木片をなんとか回収し終えた。元の位置まで戻ると、騎士たちにピシリと敬礼され、ビクッとしてしまった。彼らは網を手に、私が拾いきれなかった小さな瓦礫や細かいゴミを処理している。
騎士たちに混ざろうかとも思ったが、人員は充分いるし、もうほとんど作業は終わっているようだ。あとは騎士たちに任せておけば、問題なさそうである。
だが、瓦礫を取り除いただけでは川の濁りは改善されない。メーアとししまるは依然として厳しい表情である。
「付け焼き刃にしては上出来ね。よくやったわ、使用人」
メーアは川から目を離さずに私にそう言い、自らは濁りの浄化作業を続けている。額には玉のような汗が浮かんでいて、大変な作業であることが見てとれた。
そして、そんな大変な中でメーアが私を褒めたことに、私は密かに驚いていた。
「……ありがとうございます。メーア様、他にお手伝い出来ることはありますか?」
「ないわ。風魔法では、水の浄化は出来ない」
「そうですか……」
「……状況は、はっきり言って芳しくないわね。ししまる、大丈夫?」
「ぼく、疲れてきたよぉ」
ししまるの足元の水球が、潰れてきている。まるで空気の抜けたゴムボールのようだ。
「……使用人。ひとつ、仕事を与えるわ」
「何でしょう?」
「……騎士たちと一緒に、皇城へ向かいなさい。今すぐに」
「え……?」
「資材の片付けをしろと言っているのよ。早くしなさい」
――何か引っかかる。
何か、どこかがおかしい。
私が考えている間に、メーアは騎士団長に指示を飛ばす。
「騎士団長! 全員急ぎ城へ帰還! 以降は城内で待機している『湖の神子』の指示に従いなさい!」
「はっ! 皆、撤収だ! 急げ!」
メーアが大きな声で指示をすると、最も立派な騎士服を着ている男性が返事をし、騎士たちが撤収作業を開始した。
――そうか。
私は、違和感の正体に気が付いた。
「『湖の神子』の指示……? あの、メーア様は……?」
「私は浄化作業が落ち着いたら戻るわ。ここから先は『水の精霊の神子』と妖精たちにしか出来ない作業よ。大勢でぞろぞろ側にいられたら、邪魔よ」
――嘘だ。
邪魔だから、じゃない。
はっきり分かる。
メーアは、私達を逃がそうとしているのだ。
「でも……メーア様は……」
「あら、この私の命令に逆らうっていうの? 邪魔だって言ってるの。さっさと行きなさい」
「メーア様……ちゃんと、戻ってきますよね?」
「私は『海の神子』よ。海に呑まれたところでどうってことないわ。いいから早くしなさい!」
「……わかりました。メーア様、どうかご無事で……!」
「はぁ、あんたに心配されるなんてね。ほら、さっさと行きなさいよ!」
「は、はい!」
そうして私は騎士たちの元へ、踵を返す。騎士たちは道具類の片付けは殆ど終えたものの、川に設置してあった一番大きい網の回収に手間取っているようだ。私は小走りで、荷物を纏める手伝いに向かった。
そのとき。
「……セオと、仲良くね」
空耳だろうか。
メーアが、小さい声でそう言ったような……そんな気がした。
荷物を纏め終え、騎士たちと一緒に撤収しようとしたその時。
ししまるが悲痛な声を上げ、私はそちらに目をやった。どうやら、かなりマズい状況のようだ。
「ねぇ、メーアお姉ちゃん、なんか毒素が強くなってるよぉ」
「……違うわ、ししまる。私たちの浄化速度が落ちてきてるのよ」
「だんだん、溜まってきたねぇ」
「湖に向かった他の妖精たちは、まだ戻らないのかしら……」
「体が痛くなってきたよぉ……」
「くぅ……! ししまる、もう少しだけ、頑張って……!」
ししまるも、メーアも苦しそうだ。何も出来ない自分がもどかしい。
騎士たちも心配そうに、或いは悔しそうにしながらも、海から離れて坂を登りはじめている。
「メーアお姉ちゃん、ぼく、もうダメだぁ……」
「ししまる!?」
ししまるの足元の水球が、割れる。ししまるはそのまま川に入り、姿を消してしまった。
「くっ……私も、もうダメ! みんな、海から離れて……っ」
濁った水が、あっという間にメーアの魔法を突破し、海へと流れ込んでいく。
海は、不気味なほど静まり返る。
時が止まったかのように、波が凪ぐ。
一瞬ののち。
うねる。
のたうつ。
海が、苦しんでいた。
そして、海がじわじわと膨れ上がり――
大きな大きな波となって、陸に向かって押し寄せてくる。
皆、息を呑んだ。
その表情は、一人残らず、絶望に染まっていた。
――その時。
ゴゴゴゴゴゴ……
地を這うような低い音と共に、大地が揺れ始める。
ズガガガガッ!!
けたたましい音と共に、地面から高い岩の壁が現れた。
岩の壁は、次から次へと地面から生えてきて、私たちと海、そして川さえも遮ったのだった。
見渡す限り全ての海岸に、隙間なくびっしりと岩が生えている。
一拍遅れて、波が岩に激しく打ち付ける音が響き、柔らかな水飛沫が霧雨のように降り注いだ。
皆、何が起こったのか分からず、呆然としている。腰を抜かして座り込んでいる者、手を組み祈りのポーズを作ったまま固まっている者、その場にただ立ち尽くしている者。
「……何が起こったの……?」
メーアのその問いに、答える者はいない。ただ一人、のんびりした声の老人を除いて。
「ふー、間に合ったわい」
大きな亀と一緒に少し離れた海岸に佇んでいたのは、縦にも横にも大きい、立派な顎髭の老人――フレッドであった。
「フ、フレッドさん……?」
「おぉパステル嬢ちゃん、きちんとラスの力を喚べたようじゃのう。虹の橋が見えたわい」
いつも通り、ニカっと人の好い笑みを浮かべるフレッドに、私はようやく手足に血が通ったような心地がした。
一方、メーアは未だに腰を抜かしている。感情の処理が追いついていないようで、いつもの余裕も高慢な態度も全くない。
「あの、この岩の壁はフレッドさんの魔法ですよね。助けて下さって、ありがとうございます」
「いやはや、間一髪じゃったのう。間に合って本当に良かったわい」
メーアは、フレッドの方を向いて、亡霊を見たかのような表情を浮かべている。そうして、震える声でようやく言葉を絞り出した。
「そんな、まさか……あなたは、亡くなったと……」
「ん? おお、メーア嬢、久しいの」
「あ、あなたは……」
メーアは一度言葉を切り、息を吸って、はっきりとその名を口にした。
「聖王、フレデリック様……!」




