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色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜  作者: 矢口愛留
第二章 青

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28 「さっさと行きなさい」

一部不快な表現がございますことを、事前にお詫び申し上げます。

ご気分を害された方は、無理なさらず、ブラウザバックをお願い致します。

次話からでも話が繋がるように調整致します。



 私は、ラスに借りた風の力を使って、大きな瓦礫や木片をなんとか回収し終えた。元の位置まで戻ると、騎士たちにピシリと敬礼され、ビクッとしてしまった。彼らは網を手に、私が拾いきれなかった小さな瓦礫や細かいゴミを処理している。

 騎士たちに混ざろうかとも思ったが、人員は充分いるし、もうほとんど作業は終わっているようだ。あとは騎士たちに任せておけば、問題なさそうである。


 だが、瓦礫を取り除いただけでは川の濁りは改善されない。メーアとししまるは依然として厳しい表情である。


「付け焼き刃にしては上出来ね。よくやったわ、使用人」


 メーアは川から目を離さずに私にそう言い、自らは濁りの浄化作業を続けている。額には玉のような汗が浮かんでいて、大変な作業であることが見てとれた。

 そして、そんな大変な中でメーアが私を褒めたことに、私は密かに驚いていた。


「……ありがとうございます。メーア様、他にお手伝い出来ることはありますか?」


「ないわ。風魔法では、水の浄化は出来ない」


「そうですか……」


「……状況は、はっきり言ってかんばしくないわね。ししまる、大丈夫?」


「ぼく、疲れてきたよぉ」


 ししまるの足元の水球が、潰れてきている。まるで空気の抜けたゴムボールのようだ。


「……使用人。ひとつ、仕事を与えるわ」


「何でしょう?」


「……騎士たちと一緒に、皇城へ向かいなさい。今すぐに」


「え……?」


「資材の片付けをしろと言っているのよ。早くしなさい」


 ――何か引っかかる。

 何か、どこかがおかしい。

 私が考えている間に、メーアは騎士団長に指示を飛ばす。


「騎士団長! 全員急ぎ城へ帰還! 以降は城内で待機している『湖の神子みこ』の指示に従いなさい!」


「はっ! 皆、撤収だ! 急げ!」


 メーアが大きな声で指示をすると、最も立派な騎士服を着ている男性が返事をし、騎士たちが撤収作業を開始した。


 ――そうか。

 私は、違和感の正体に気が付いた。


「『湖の神子』の指示……? あの、メーア様は……?」


「私は浄化作業が落ち着いたら戻るわ。ここから先は『水の精霊の神子』と妖精たちにしか出来ない作業よ。大勢でぞろぞろ側にいられたら、邪魔よ」


 ――嘘だ。


 邪魔だから、じゃない。

 はっきり分かる。

 メーアは、私達を逃がそうとしているのだ。


「でも……メーア様は……」


「あら、この私の命令に逆らうっていうの? 邪魔だって言ってるの。さっさと行きなさい」


「メーア様……ちゃんと、戻ってきますよね?」


「私は『海の神子』よ。海に呑まれたところでどうってことないわ。いいから早くしなさい!」


「……わかりました。メーア様、どうかご無事で……!」


「はぁ、あんたに心配されるなんてね。ほら、さっさと行きなさいよ!」


「は、はい!」


 そうして私は騎士たちの元へ、(きびす)を返す。騎士たちは道具類の片付けは殆ど終えたものの、川に設置してあった一番大きい網の回収に手間取っているようだ。私は小走りで、荷物を(まと)める手伝いに向かった。

 そのとき。


「……セオと、仲良くね」


 空耳だろうか。

 メーアが、小さい声でそう言ったような……そんな気がした。


 

 荷物を纏め終え、騎士たちと一緒に撤収しようとしたその時。

 ししまるが悲痛な声を上げ、私はそちらに目をやった。どうやら、かなりマズい状況のようだ。


「ねぇ、メーアお姉ちゃん、なんか毒素が強くなってるよぉ」


「……違うわ、ししまる。私たちの浄化速度が落ちてきてるのよ」


「だんだん、溜まってきたねぇ」


「湖に向かった他の妖精たちは、まだ戻らないのかしら……」


「体が痛くなってきたよぉ……」


「くぅ……! ししまる、もう少しだけ、頑張って……!」


 ししまるも、メーアも苦しそうだ。何も出来ない自分がもどかしい。

 騎士たちも心配そうに、或いは悔しそうにしながらも、海から離れて坂を登りはじめている。


「メーアお姉ちゃん、ぼく、もうダメだぁ……」


「ししまる!?」


 ししまるの足元の水球が、割れる。ししまるはそのまま川に入り、姿を消してしまった。


「くっ……私も、もうダメ! みんな、海から離れて……っ」


 濁った水が、あっという間にメーアの魔法を突破し、海へと流れ込んでいく。



 海は、不気味なほど静まり返る。

 時が止まったかのように、波が凪ぐ。



 一瞬ののち。



 うねる。

 のたうつ。

 海が、苦しんでいた。



 そして、海がじわじわと膨れ上がり――


 大きな大きな波となって、陸に向かって押し寄せてくる。



 皆、息を呑んだ。

 その表情は、一人残らず、絶望に染まっていた。





 ――その時。


 ゴゴゴゴゴゴ……


 地を這うような低い音と共に、大地が揺れ始める。


 ズガガガガッ!!


 けたたましい音と共に、地面から高い岩の壁が現れた。


 岩の壁は、次から次へと地面から生えてきて、私たちと海、そして川さえも遮ったのだった。

 見渡す限り全ての海岸に、隙間なくびっしりと岩が生えている。


 一拍遅れて、波が岩に激しく打ち付ける音が響き、柔らかな水飛沫が霧雨のように降り注いだ。


 皆、何が起こったのか分からず、呆然としている。腰を抜かして座り込んでいる者、手を組み祈りのポーズを作ったまま固まっている者、その場にただ立ち尽くしている者。



「……何が起こったの……?」


 メーアのその問いに、答える者はいない。ただ一人、のんびりした声の老人を除いて。


「ふー、間に合ったわい」


 大きな亀と一緒に少し離れた海岸に佇んでいたのは、縦にも横にも大きい、立派な顎髭(あごひげ)の老人――フレッドであった。


「フ、フレッドさん……?」


「おぉパステル嬢ちゃん、きちんとラスの力を喚べたようじゃのう。虹の橋が見えたわい」


 いつも通り、ニカっと人の好い笑みを浮かべるフレッドに、私はようやく手足に血が通ったような心地がした。

 一方、メーアは未だに腰を抜かしている。感情の処理が追いついていないようで、いつもの余裕も高慢な態度も全くない。


「あの、この岩の壁はフレッドさんの魔法ですよね。助けて下さって、ありがとうございます」


「いやはや、間一髪じゃったのう。間に合って本当に良かったわい」


 メーアは、フレッドの方を向いて、亡霊を見たかのような表情を浮かべている。そうして、震える声でようやく言葉を絞り出した。


「そんな、まさか……あなたは、亡くなったと……」


「ん? おお、メーア嬢、久しいの」


「あ、あなたは……」



 メーアは一度言葉を切り、息を吸って、はっきりとその名を口にした。



「聖王、フレデリック様……!」


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