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25 「恐れず、憎まず」



 皇城から戻ったその日のうちに、『水の神殿』に向かう日が決まったという知らせが届いた。

 私は帰ってきてからずっと部屋に引きこもっていたのだが、セオから話を聞いて心配したフレッドが、その知らせと軽食を持って訪ねてきてくれたのだった。


「嬢ちゃん、大丈夫かい」


「……私は大丈夫です。それより、私の軽率な言動のせいで、セオが……」


「いやいや、嬢ちゃんが気にすることはないぞ。まったく、変な条件をのむなとあれだけ言ったのにのう」


「ですが……」


「まだ書類にサインした訳でもないし、セオは未成年、家の了承も取っておらん。旅が終わるまで時間もある。まあ、何とかなるじゃろう」


「何とかって……」


「話を聞く限り、メーアも皇帝に話を通しておらんようじゃからのう。いくら婚約者がセオの再従兄弟はとこだからって、そう簡単にすげ替えられるものでもないわい。どっちにしろ時間がかかるじゃろうから、それまでにいくつか逃げ道を用意しておけば問題ないじゃろ」


「そういうものですか」


「こう見えてワシ、頭脳派なんじゃよ。はっはっは」


 そう言って、フレッドは豪快に笑う。やはり、底知れない人である。


「それにのう、セオはワシの唯一の孫じゃ。最近は感情を覗かせるようになってきたし、セオには幸せになってもらいたいんじゃよ。メーアの所に婿入りしても、不幸な未来しか見えんからのう」


「それは……そうかも」


「それに、ワシは嬢ちゃんにも幸せになってもらいたいと思っとるよ。もっと自分に自信を持ちなさい。社交の経験も貴族の決まりごとも、幸せになるためには不要じゃ。嬢ちゃんは、人を恐れず、憎まず、自分らしくしていれば良い。そうすれば自ずと周りに人が集まるはずじゃ。嬢ちゃんには、その力がある」


「恐れず、憎まず……」


 そうは言っても、やはり他人の目は怖い。嫌われたくない、馬鹿にされたくない、気持ち悪いと思われたくない。セオは綺麗と言ってくれたこの髪も、メーアをはじめ、大半の人には滑稽に思われたり、不気味がられたりするのである。

 そして、何度もそれを繰り返すと、人は他人を信じられなくなるものだ。ならいっそ、人と関わりなんて持たない方が、傷付かなくて済む。閉じこもっていれば、刃は届かないのだ。


「まあ、すぐには難しいのう。じゃが、ワシやセオやエレナ……嬢ちゃんのことを心から案じておる人間がいることを、忘れるでないぞ」


「……はい。ありがとうございます」


 フレッドは優しく微笑み、部屋の窓から外を眺める。この宿からは、海がよく見える。夕陽が今にも海に沈もうとしている所で、海面が灰色のグラデーションになっている。


「それにしても、昨日も今日も海が荒れておるのう。風も強くないのに白波が立っておる」


「嵐でも来るのでしょうか?」


「どうじゃろうなあ。何事もないといいのう」


 船の姿もまばらになった灰色の海は、いたずらに私の不安を掻き立てたのであった。





 事件が起きたのは、その翌朝のことだった。私たちの泊まる宿に、『川の神子みこ』ルードが駆け込んで来たのだ。

 私たちは、宿の食堂で朝食を取っているところだった。只事ではないルードの様子に、他の客もざわついている。


「はぁ、はぁ、こちらに、セオ様はいらっしゃいますか」


「ルード、どうしたんじゃ?」


「はぁ、……実は、取り急ぎお力をお貸しいただきたく……」


「わかった。部屋で聞こう。……おーい、親父さん。食事の途中で悪いが、ちいと席を外すぞい」




 フレッドの部屋に全員で集まり、扉を閉めると、ルードは窓を開けた。今日は爽やかな秋晴れで、風も穏やかな好天だ。だが、眼下に広がる海は、激しく波が立っている。


「水の精霊様が、怒っておられるのです。そのせいで、海が荒れています」


「ふむ。道理で波が高いと思ったぞい。なぜ、水の精霊は怒っているのじゃ?」


「ファブロ王国の東端に、大きな湖があるのはご存知ですか? その湖からは川が幾本も伸びていて、全てこの海に繋がっています」


「うむ、知っておる。湖で何か問題があったのか?」


「ええ、おっしゃる通りです。詳しいことは現地を見てみないとわかりませんが、水の精霊様は、『湖が苦しんでいる。川が泣いている。このままでは海まで傷付いてしまう』と仰っています」


「ふむ……」


 ルードと話していたフレッドは、顎に手を当て、真剣な表情で何事か考え始めた。その続きは、今まで黙っていたセオが引き取る。


「なら、僕がルード様を連れて、その湖まで飛べばいいんですね?」


「はい、お願い致します。一刻を争うのです。馬を出す時間も惜しい。『空の神子』様が滞在されていて、本当に良かったです」


「わかりました。では、僕の手を取って」


「ちょっと待って、私も……」


「パステルは、お祖父様と一緒にいて。危ないかもしれないから」


「……。わかった、気をつけてね。ルード様も、お気をつけて」


 私がついて行ってもきっと足手纏いになる。本当は一緒に行きたいが、その気持ちはグッと堪えて、笑顔を作る。セオは頷いて、ルードと共に光に包まれ、窓から飛び立って行ったのだった。


「ふむ……ワシはちと情報収集にでも行くかの。すぐに戻るから、嬢ちゃんは自分の部屋で待っているといい」


「……はい。お気をつけて」


 残された私は、灰色に波打つ海を眺めながら、二人の無事と問題の解決を祈ることしかできなかった。



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