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24 「撤回して下さい」



 翌朝、私はセオと二人で皇城に向かっていた。昨日までと打って変わって、会話もほとんどなく、黙々と歩く。

 フレッドは昨夜、宿に戻らなかったようで、教会を出てから顔を合わせていない。

 昨日は泣きながらベッドに入ってしまったため、私の目は思いっきり腫れている。化粧を施してくれる使用人もいないので、誤魔化すことも出来ない。私ぐらいの年代の貴族子女であれば、普通は自分である程度の化粧は出来るのだろうが、私には色が分からないので難しいのだ。

 セオは、私の顔を見て首を傾げ、目が痛むのかと尋ねた。私の目が腫れている理由については、分かっていないようだった。



 ベルメール帝国の皇城は、帝都の中心部にある。

 本来であれば正式な手続きを踏んで、書類や身分の確認をしないと入城出来ないのだが、メーアが話を通していたようだ。セオの姿を確認した衛兵がピシリと敬礼をして、すんなり通してくれたのだった。

 私も今日は使用人の服装をしてきたので、特に問題なくセオと一緒に入城出来ている。


 応接室で待つこと数分。

 メーアは、昨日とは打って変わって上品なロングドレスを着ていた。所々に宝石が散りばめられたマーメイドラインのドレスは、スタイルの良いメーアに良く似合っていて、この上なく気品がある。


「セオ、来てくれて嬉しいわ。ゆっくり遊びましょうね」


 メーアはセオに笑いかけるが、セオは表情を変えず、沈黙したままである。メーアは私に視線を移すと、瞳に侮蔑の色を宿す。


「あら、あなた、昨日の。大道芸人じゃなくて、セオの使用人だったのね。悪いけど、私はセオと二人でお話ししたいの。出て行って下さる?」


「メーア様、パステルは使用人じゃありません。それに、今日は僕とパステルからメーア様にお願いがあって、こちらに伺ったんです」


「……この私に?」


「『海の神子』様に」


「ふうん。とりあえず聞くだけ聞くわ」





「へえ、なるほどね。確かに、セオの風魔法と違って、私たちの力では何人も同時に連れて行くことは出来ないわ。それに今動ける神子も、私とルードしかいない」


「でしたら……」


「けれど、お断りよ。私がその要求をのむメリットがないもの」


 メーアはさして興味もなさそうに一刀両断し、セオも私も固まってしまう。

 すると、メーアは何か閃いたのか……いや、最初からこの流れに持っていこうとしていたのだろう。ほんの少しの間を空けて、わざとらしく声を上げた。


「ああ、そうね、でも。セオが私からのお願いを聞いてくれたら、考えなくもないわね」


「……なんでしょうか」


「セオ。私と婚約を結んでちょうだい」


「…………!?」


 予想外の提案に、私の思考が一瞬で凍りつく。冷たい刃が、私の心を抉っていく。私には、メーアが『海の神子』ではなく、氷の女王のように思えてきた。

 私一人だけ、世界から切り離されてしまったかのようだ。無表情のセオと、冷たい笑みを浮かべるメーアの会話が、どこか遠くで交わされているもののように感じる。


「……それは出来ません。メーア様には、婚約者の方がいらっしゃるでしょう」


「そっちは破棄するわ。だって、私の婚約者は、あなたの再従兄弟はとこでしょう? どちらにしてもあなたの家とは姻戚関係になるんだから、問題ないはずよ」


「あちらが納得するかどうか……」


「するわ。だって、私は大陸で一番強く大きい国の皇女ですもの。私が望めば何でも手に入るわ」


 私は、どこか遠い場所で、黒いモヤモヤが渦巻いてくるのを感じた。だが、私にはその正体もわからないし、目の前の会話に干渉することもできない。


「でも、どうして僕を?」


「あなたの顔の方が好みだからよ」


「それだけですか?」


「それ以外には何も必要ないわ。お金も権力も武力も充分にある。どうせ即位して女帝になれば家族と過ごす時間なんてないんだから、逆らいさえしなければ性格なんてどうでもいい。だったら、公の場での見栄えのため、それから生まれてくる子供のために、容姿が整った伴侶を選ぶわ」


「……そうですか」


「あとはあなたの了承さえ得られれば、父上も納得するわ。どうせあなたは、今後誰かを好きになることもないのでしょう? それに、あなたと結婚したいと思う女もいないでしょうね。自我のない人形なんだもの。私がもらってあげるって言ってるんだから、それで全部解決じゃない」


「…………!」


 私は、その言葉に、一気に現実に引き戻された。ふつふつと込み上げてくる怒りで、顔が熱くなる。

 ——セオは、人形じゃない。容姿だけがセオの魅力ではない。優しくて真摯で頑張り屋で、いつも見えない何かと戦っている。そんなひとに、どうしてそんな酷いことが言えるのだろう。

 私は思わず、口を挟んでしまった。自分の口から出てきた声は、思ったよりも低くて、震えている。


「……メーア様、撤回して下さい」


「あら、なに? 使用人風情がこの私に口出しするつもり?」


「セオは、人形ではありません。今すぐ撤回して下さい」


 メーアの視線がぶつかる。皇族の放つ圧倒的な威圧感に、息が詰まりそうになるが、私は目を逸らさず睨み返す。


「ふうん。やっぱりあなた……」


「パステル、いいんだ。メーア様、婚約、お受けします」


「セオ!?」


 睨み合っている私たちの間に入ったのは、他でもない、セオだった。セオは相変わらず無表情で、何を考えているか、さっぱりわからない。

 私の心は酷く痛み出した。ズキズキと波打つような痛みが、徐々に大きくなっていく。怒りと悲しみと痛みが綯ない交ぜになって、胸を覆っていく。


「いい判断ね」


 メーアは、私からセオに視線を移し、威圧感をふっと緩めた。


「ただし、メーア様の婚約者との話し合いも、僕との正式な婚約の手続きも、全てが終わってからです。今、僕は国に戻れないので、家族の承諾を得ることが出来ません。全ての精霊に会い、パステルの記憶を取り戻すことが、帰るための条件です」


「わかったわ。じゃあ、協力する。話も進めないで待つわ」


「……ありがとうございます」


「では、ルードと連絡を取って、予定をすり合わせるわ。神殿に行く日時が決まったら、早めに連絡するわね。宿泊先はどこかしら?」


「宿の住所は……」





 皇城からの帰り道。

 私とセオは、ひと気のない道を、ゆっくりと歩いていた。ざわざわと木の葉が揺れ、緑色ではなくなった葉が、はらりはらりと落ちてゆく。

 セオは、ずっと無表情で、無言のままだ。どこか重い空気を纏っている。


「ねえ、セオ……どうして、あんな人と婚約なんて……」


「仕方ない。そうするしかなかった」


「でも……」


「でも、じゃない。パステル、メーア様は帝国の皇女だ。メーア様に口答えするなんて、下手したら首が飛ぶかもしれなかったんだ」


「……あ……」


 私は感情に任せて、失礼なことを口走った。それだけではなく、帝国の皇女殿下を睨みつけてしまったのだ。

 冷静さを欠いてはいけなかったのに、私の未熟さと、社交の経験値のなさがセオを窮地に追い込んでしまった。

 私はそれを理解して、立ち止まる。目の前が暗くなっていった。

 少し遅れて、セオも立ち止まり、私の方へ半分だけ振り返る。


「もしかして、セオ、私のせいで……」


「いいんだ。どっちみち、それ以外に方法はなかった。家を通さない以上、僕個人がメーア様に提供できるものなんて、僕自身以外にはないんだから」


「そんな、でも……メーア様のこと、苦手って……」


「王侯貴族の結婚に感情は必要ない。パステルも貴族なら、わかってるはず」


「そん……な……、そんなのって……」


 堪えきれず、私の目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。確かに私も貴族の端くれだ。わかっていたはずなのに、セオの気持ちを思うと、やりきれなくなる。


「……どうして、パステルが泣くの」


「だって……」


 セオは私の正面に立ち、涙で濡れた私の頬を、そっと拭う。顔を上げると、目の前のセオは、どこか辛そうな、しかしとても優しい表情で、私をじっと見ていた。


「パステルが怒った時、僕、すごく落ち着かない気分だった。ハラハラした」


「……ごめん」


「でも……嬉しかったんだ。どうしてかは、わからないけど」


「セオ……」


「だから……ありがとう。パステルは、僕の大事な友達だ」


「…………!」


 その言葉に、私はまた一筋、涙を流したのだった。



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