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22 「会いたかったわ」



「……セオ? もしかしてセオじゃない?」


 そう言って話しかけてきた女性は、私たちより少しだけ年上だろうか。凛とした佇まいで、腰まで届く長いストレートヘアは、良く手入れが行き届いている。

 目も大きく鼻筋もすっと通っていて、形良い唇の左下には小さな黒子ほくろがある。気が強そうで色気のある美人だ。

 スタイルも良く、海辺用の丈の短いワンピースから伸びる脚はスラリとして長い。


「……メーア様?」


「やっぱりセオね! 久しぶりね、会いたかったわ」


「メーア様、どうしてここに?」


「んー、サボり? セオはどうして帝都にいるのかしら?」


「それは……」


 セオは、私の方へ視線を向けた。メーアと呼ばれた女性は、今やっと私に気が付いたかのように、まじまじと私を見る。


「あら、一緒にいるのは大道芸人の方? 虹色の髪だなんて、さぞ目立つでしょうね。どうやって染めたのかしら?」


「……!」


 あからさまな侮蔑の視線と言葉を向けられ、私は言葉を失った。


「……パステルは、ファブロ王国のご令嬢です」


「ふーん。まあどうでもいいわ。それよりセオ、私あなたにずっと会いたかったの。私、あなたのことが大好きなのよ。なのにずーっと放っておくなんて、ひどいわ? そんな芋っぽい娘と一緒にいないで、私と遊びましょうよ」


「————!!」


「……メーア様、僕は……」


「おっと残念、時間切れね。追手が来たわ」


 メーアは、セオの言葉を遮った。メーアの視線を追って横を見る。そこには、きょろきょろと誰かを探している様子の、執事服を着た男性が歩いていた。


「ねえセオ、帝都に滞在してる間に、もう一度会いましょう。今度は二人きりでね。私のところを訪ねてきてくれたら、何がなんでも時間を作るわ。じゃあまたね、約束よ!」


 メーアは早口でまくし立て、颯爽さっそうと去っていった。

 私は、メーアの言った言葉に、身体が震えだすのを感じた。両手で自分の身体をかき抱き、目を閉じて座り込む。

 ――大丈夫。じっとしていれば大丈夫。身体を小さくして、目立たないようにしていれば――


「……パステル?」


 大丈夫。大丈夫……。落ち着きなさい、私。


「パステル……」


 ふわりと、私の身体を何かが包む。続けて帽子の上から頭をそっと撫でられ、私はセオに抱きしめられていることに気が付いた。


「セオ……私……」


「パステル、昨日も言ったけど、僕はパステルの髪、綺麗だと思う」


「でも……メーアさんは……」


「気にすること、ない」


 そう言ってセオは、私の背中からそっと手を外す。いつの間にか、身体の震えは止まっていた。かわりに、柔らかな安心感が落ちてくるのを感じ、私はセオと目を合わせる。セオは、もう一度優しく頭を撫でてくれた。


「セオ……」


 その時、鋭い視線を感じて、私はびくりと身を震わせた。遠くでメーアがこちらを睨み付けている。セオが私の視線を追ってメーアの方を見ると、メーアの鋭さはふっと消え、手を振って今度こそ去っていったのだった。


「メーアさんは、セオのことが好きなのね」


「……メーア様は僕のこと、自由に動く、便利な人形だと思ってる。パステルの言う『好き』とは違う気がする」


「そんな、人形だなんて……。セオにはきちんと、感情があるのに」


「今までずっと、僕は人形で、道具だった。僕自身が何を言われて何をされても、何とも思わなかった。でもさっき、メーア様がパステルを傷つけるようなことを言って……僕、なんか、もやもやする、嫌な気持ちになった」


「……セオ……」


「僕、パステルと会って、感情が動くようになった。それで、気がついた。僕はメーア様、苦手」


「……そっか」


「今考えると、ずっとそうだった。ピーマンと一緒。避けられるなら避けたい」


「ぷっ! ピ、ピーマンって」


 なんて例えをするのだろうか。あんな美女を、ピーマンと同列にするなんて。

 だが、何故だろう。セオがメーアを苦手に思っていると聞いて、私は少しほっとしていた。


「……でも、会わなきゃいけない……」


「どうして? 無視する訳にはいかないの?」


「そういう訳にもいかない。メーア様は……」


「おぉーい! 大丈夫かーーー!!」


 セオの言葉は、両手に紙袋を抱えて走ってくるフレッドの大声に、かき消されてしまったのだった。




「はぁ、びっくりしたわい。嬢ちゃんがうずくまってるのが見えたから、具合が悪くなったのかと思ったわい」


「ご心配をおかけしました」


「お祖父様、メーア様が来た。滞在中に一度顔を出せって」


「そうじゃったか。あのワガママ娘ともずいぶん会っとらんな。なんでこんな所にいたんじゃ?」


「さあ」


「まあ、とにかく一度宿に戻って休むかのう。この通り土産もたくさん買ったから、置きに行きたいし……嬢ちゃん、歩けるかい?」


「ええ、大丈夫です。ごめんなさい……」


 私は服についた砂を払って、帽子をしっかりと被りなおした。時折心配そうに振り返りながらも、フレッドはゆっくりと歩き出す。私は、隣を歩くセオに話しかけた。


「セオ、さっきはありがとう。セオのおかげで落ち着いたよ」


「……前に、パステルが同じことしてくれた」


「え? あ……」


 私は、ロイド子爵家でセオが辛そうな表情をしていた時に思わず抱きしめてしまったことを思い出して、恥ずかしくなった。


「あ、あの時は、その……」


「それだけじゃない。小さい時にも同じこと、してくれた」


「え?」


「まだ僕の感情も、パステルの記憶もなくなる前。僕、その時、それで落ち着いた」


「……そっか」


 私は自分の過去に思いを馳せるが、封じられている記憶は自力では思い出せない。


「早く、思い出したいな……」



 セオの向こう側に見える灰色の海は、風もほとんどないのに、なんだか少し荒れているように見える。私は海を初めて見たから、普段からこうなのか、いつもより波が高いのか、私には判断できない。

 けれど私は、ざあざあと音を立て続けている灰色の海に、底知れない不安を感じたのだった。



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