四百年前の勇者 1
今より四百年前の話に遡る。
人類領域の北東、現ハーバス王国の地にて始祖の勇者ビオント=アグリオーニは生を受けすくすくと育った。
母親と父親は至ってシンプルな狩猟家であり、この村リュンズにおける食卓の流通を賄っていた。
「母ちゃん!今日の大イノシシ大きいね!!」
活発で両親の愛情を沢山受け育つアグリオーニは自信家で怖いもの知らずで、それでいて親の手伝いを嫌な顔一つせず行う品行方正な少年と村で評判であり、狩猟にアグリオーニが加わった事によって村の肉が潤うほどの狩りのセンスがあった。
アグリオーニは得物の剣とバックラーで追い込みをかけるスタイルだったが体が成長するにあたって、真正面から魔術で牽制し斬り伏せるスタイルへと変化を遂げていく。
「アグリの腕も良くなったなぁ」
「そうね!お母さんも嬉しいわ」
父ビオント=テンザオーニの笑顔に母ビオント=リュカドールもまた笑顔をこぼす。
「力は強くなったけど、母ちゃんほど魔術はうまくないから、もっと鍛錬しないと!」
「リュカの魔術は一級品だそ? 超えれるか? ッハッハッハッ!」
「もう! お父さんたら! 大丈夫よ? アグリは私よりも才能があるもの」
この時代に魔色検査はまだ存在しない。だからこそ自分自身の魔色は自分で探し手繰り寄せていくものであった。
残された文献では父テンザオーニは土系統の魔術のみを使用していたため一般的な単色の魔術師だったと思われる。
だが母親であるリュカドールはあらゆる魔術に精通していた、四百年たった今の世においても数限られる才能、能力を有していた。
しかし魔術体系がまだ発達発展していない時代の話である。
それを感じさせる逸話がある。
アグリオーニが残す日記で「母ちゃんの魔術は世界で一番凄い!だってイノシシ肉が腐らなくなるんだから!二年も前のイノシシ肉だぜ?」と綴られていることから魔術への認識はその程度のものだったのだろうと伺える。
そんな世界は平和だった。井の中の蛙ともいえる。
ビオント=アグリオーニが一七歳になるまでは。
アグリオーニが一七歳の祝いを受けた冬の初め、堕神アビマスが三名の配下を引き連れ、時空神が創造した魔防壁の一部を破壊した。
リュンズより南東の次元壁に大きな穴が空き、外陸の魔物、魔人が雪崩れ込むように内陸へと足を進める。
もっとも被害が大きくでたのが、破壊された箇所より西に位置する遺跡街ビルゴアンコだった。
「スタンピートだ!!街を守れ!」
「いつもの規模じゃねぇッ!!」
「斥候部隊より報告! 数は一万以上! 東の次元壁に穴がありと!!」
様々な声が街に響く。
遺跡街ビルゴアンコにはダンジョンがあり、日頃より冒険者が多数滞在していたため臨戦体制へとすぐに転じる事ができた。
さらに市長レアドットの街兵三千人もすぐ様導入される。
「この街は強い!! 必ず押し返すぞッ!!」
遺跡街ビルゴアンコの市長が大きく吠える。
スタンピートの報告を受けた一時間後、山雪崩のような軍勢に遺跡街ビルゴアンコは飲み込まれた。
人口二十四万人の街。
遺跡ダンジョンを囲むように人々の生活圏が営まれており、観光にも適した街並み、それに大きな塀で安全が作られていた。
通常のスタンピートなら対処できはずだと言われている。
有象無象の魔物は冒険者、街兵も対処しきれていた。
さすがの物量だったが、日頃から戦闘を行う冒険者の前では所詮は魔物。
だが、三体の魔物が強すぎた。
正確には三体と一人。
一人は魔物ではなく魔人、人型で背丈は二メートルを超す。己を魔王の懐刀と呼ぶ堕神アビマス。
その左手には書物が握られていた。
その魔人に従う角が乱雑に生え散らかした手が四本ある邪鬼、兎のような耳をした赤目の魔獣、蛇のような腕を持つ歩く植物によって遺跡街ビルゴアンコは破壊される。
「お前たちよ! 魔王復活の為に死魂を! 殺せ!殺せ!殺せ!」
遺跡街ビルゴアンコは瓦礫の山に変えられた。
綺麗で風流のあった街並みはもう存在しない。
余りに多くの死者を出した事、魔人の手が加わった事、それにより瘴気が余りに濃くなり世界から隔離される。
その状況はすぐ様周りの村や街に伝わった。逃げ出せた冒険者が各地に散らばった為だった。
この時より存在していた聖国は自国の脅威ととり、部隊を編成し東へと遠征を開始する。
すぐ隣、遺跡街ビルゴアンコまで二百キロも離れていない西に位置した現ラバリズバ帝国、旧ラピアンズ帝国も直ぐに部隊を組み東へ向かった。
様々な国を動かした事態であったが、もっとも急変したのはビオント=アグリオーニの母親であるビオント=リュカドールであった。
「ダメッ! 次元の壁が壊されたわ…………私行かなきゃ」
リュカドールは突然頭を押さえ叫ぶ。
「母ちゃんどうした??」
「行かなきゃ、行かなきゃいけない。ごめんね、アグリ、お父さんが帰ってきたら母さんは南に向かったと伝えてくれる? ……大事な壁が壊れちゃったの」
切羽が詰まったように支度を整えるリュカドールにアグリオーニは追及できなかった。
こんな表情の母ちゃんはいままで見た事なかったからだ。
「行くね、アグリ……お父さんをお願いね」
そう言葉を残し、リュカドールは家を飛び出した。




