王女と民と
息はしているだろうか?
ボロ屑のように横たわる一人の人間。
体から流されたであろう血の海は地面に溶け込み、渇き、色だけを残し、残匂を漂わせる。
廃坑が故に電力はなく、その本人が立てたであろう蝋燭は洞窟の空間を照らすのをやめる。
蝋の寿命──
白い蝋が地面にへばりつく。先程まで風前の灯火のように揺らいでいた赤い焔は灯す事を終えた。
蝋燭の使用期間は十六日。
それはリューズがこの洞窟に入り半月である事を示した。
その人だったモノの手先、指がピクリと跳ねた。
抜け落ちたはずの髪は新品同様に艶を増し、まるで抜けていなかったかのように生え変わり、元の黒髪に少し青みがかったような濃藍を感じさせた。
「ゴボッ……」
先程まで完全に止まっていた呼吸が、咳と共に稼働を始めた。
喉に張りついた血の塊を咳で剥がし息の通り道を作る。
一つ二つと指の動く本数は増え、腕が動き、血によって固まった瞼のカサブタを剥がしだす。
まるで目ヤニでも取るかの様に瘡蓋を剥ぎ取ったリューズは両眼を約半月振りに開けた。
「………いきて……る……?」
それは自分に対する確認。
死と現実の狭間で耐えた自分への確認。
【マイマスター………よく耐えました】
もっとも近くでリューズを感じていたクリエイトはリューズの惨たらしい姿に自分の出した提案に後悔していた。また早かった、やはり早かった。
インドラルコードの完全適合、それは生半可なモノではない。
しかしリューズは超えてきた。類い稀ない想いを精神力に変えて。
「……みたいだな?助かった、やけに身体が軽い?」
起こした体は羽根の様に軽く、苦痛であった半月の時間が嘘の様に動いた。
【マスター完全適合しています】
クリエイトの言葉にリューズは笑う。
「感じるよインドラルの力を」
リューズから純粋に滲み出る雷色の魔闘気が全てを物語っている。
完全適合、インドラルコードの力。
「クリエイト、インドラル、ありがとう。ユーナを、アイネを助けよう」
時間はそこまで残されていない──……
「姫様!出国時間です!」
遂に来てしまった護送の時間。
ライダス砦までハーバスから三日の路。
帝国は国境に向け進軍を開始したとお父様が仰っていた。
「すまない、ユーナよ。私が守ってやれんばかりに」
「大丈夫ですよ! お父様! 帝国からの手紙に悪いようにはしないって書いてましたし! どんな風になるかはわかないけど、けど、うん。……お父様とお母様の子供に産まれて、ほんとに、ほんとによかったと思います!」
もう泣かないと決めたのに、泣き腫らした目がとても痛い。
少し力を抜いたらドバッと涙が溢れそうになる。
泣いちゃダメ泣いちゃダメ、何回も心で復唱する。
わたしはまだ十四歳、恋人だって出来た事ないし、したい事だっていっぱいある。
「ユーナ"………」
お父様の涙の伝う頬を見たら、唇が震えてきた。
ああ泣きそう。
「すま"ない、ずま"ない、すま"ない……」
お父様の泣顔。
お母様が亡くなった時以来に見せた泣き顔。
最近寝れていないようで目の下にクマを作り、げっそりと頬こけていた。
ここは、わたしが強くならなくちゃ。
「お父様っ! 泣かないで下さい! 謝らないで下さい! 帝国に嫁ぐようなものです! また許可が下りれば国に帰って来れるかもしれませんし、お父様、皆様に会いに来れるかも知れません!」
「────ッ」
わかってる、そんな都合の良い話はないこと。
アイネも帝国側に拐われたらしいし、何か企みがあるのは間違いないと話をしていた。
一度帝国領を跨げば、二度とハーバスの地を踏む事なんて出来ないだろうと。
でもこれが王女として生まれたわたしの使命。
いざとなれば政治的な判断で自分の意思関係なく遂げなければいけない事柄が生まれる。
帝国との小競り合いは昔からあったと学んだし、はるか昔は帝国領から奴隷を連れてきたりしてた事もあった事実もある。
そう、時代次第でどちらがどう転ぶのかなんてわからないもの。
今回は最近勢力を増した帝国に屈服する王国なだけ。
お互いに戦争を始めれば、凄い沢山の人が死ぬし、国としての国力は下がる。
解決策としての最後通牒を守るしかない。
この三国。王国、帝国、聖国の間に交わされた三国密約条約規定によって宣言された最後通牒を守れば、その期日より一年は武力行使を行う事を禁止される。
昔、王室教師に習った。
だからわたしとアルガモ魔石さえ期日以内に帝国側に渡れば、一年は武力による衝突を避けられるということ。
──お父様は昔から民が好きで、わたしもそんなお父様を見て育った。
だからわたしもこの王国の為に生きたいと思う。
お母様、この王国を御守り下さい。
そしてハーバスの地に加護を。
「……お"父様、そろそろ行きま"すっ……」
◇
帝国が王国に行った宣言布告における最後通牒。
その内容は何処からかハーバス王国民へと広がっていた。
中には戦えと豪語する者もいれば、戦争なんかするもんじゃないという人もいる。
王女を犠牲にする王室への支持もただ下がり、王国民はそれぞれの価値観を声に出して広め、噂する。
それは帝国への憎悪かもしれない。
それは国王への哀れみかもしれない。
それは王国軍への、貴族の、王室の、自分達の不甲斐無さかもしれない。
そんな千言万語を費やしても表現し得ない王国の空気を一変させる一つの出来事が起こる
それはハーバストラ=ユーナ王女、直筆手紙の公開であった。
王室によって読み上げられた民に向けられた手紙の内容は、国民を納得させるものではなかった。
帝国への憎悪、自分の置かれた状況、悲観する言葉、それらが何一つ書かれておらず、蓋を開けて見ると約五千文字で綴られた"民"への愛言葉。
自分の愛した土地、国民、国王、貴族──
それらに対しての慈愛と加護を綴る文字達。
民の中に納得出来る者などいなかった。
自分達の不満以上に王女は辛いはず。
──なのに、なのにだ。
なに一つマイナスが書かれていない十四歳王女の手紙。
国民は手紙に仁愛を感じた。
それと同時にとんでもなく大きな存在を失う事に涙するのである。
◇
「お祖父様、ハーバス王国へ援軍を送らなくてよろしいのですか?」
「まだ全面戦争になる事が決まった訳ではあるまい。それに……帝国側の条件を飲むという報告を受けておる」
「王女を引き渡すのですか!?そんな……」
「ここで我等が介入する事はない、あくまでも聖国は中立を守らねばならん。それに帝国側の流れも読めん」
「ただの人質ではないのですか?」
「うむ。ユーナ王女の母方は聖女の血を引いておる、それが狙いかも知れぬな。だからこそ我々も警戒を強めなならん」
「わたくし、巫女としての血筋を欲するという事ですか?」
「そうじゃ、今回の件。ただの人身取引で終わらぬはずじゃ、必ず裏で何かしらが糸を引いておる──」
ストック切れです、もしよかったらブクマしていってください!




