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人の声

 




「ヤバズよ、よく見よ。美しいだろう?」


「えぇ陛下、さすが龍石ですな」


「早くアルガモの心魔石が欲しいものだ。あれは禍々しいながらも、とても力強い美しさだった……それにハーバストラ=ユーナが手に入れば、彼奴らからまた新たな魔石が──」


 ラバリズバ帝国十六代皇帝ヘルベザァ=サバン


 腰まで伸ばされた艶のある黒髪に、黒と黄金色のオッドアイ。

 首元のアクセサリーとして飾られた魔石の数々。


 美しい物には目がない彼は、いつの間にか度を超えた物欲の皇帝となった。

 そんなサバンは自らの手元で光る金色と輝く石を撫で、頬を緩ます。


「陛下、彼奴ら三人……….不義を働かないでしょうか?」


「ああ?……なに、構わん。サギュバルスの魔石さえ私に渡すというのならば、後はどうなろうと知った事ではない。不義なんぞ起こる前提だ。そうだな、突然、私の前で斬り伏せられ死ぬかもしれん、なぁ、リバイズよ?」


「……約束さえ守るのであれば、俺がアンタを守り、アンタの敵を切り伏せる事を誓おう」


 リバイズと呼ばれた男はまるで親の仇を見るような目つきでサバンの前に跪く。


「勿論約束は守ろう、守るとも。私とて悪魔や鬼じゃない。それに今回は収穫が良い。事が終わり次第お主の望みを聞き届けようではないか」


「……その口から吐いた言葉、絶対に誓え」


「ふ、ふはははははは!! 気分が良いゆえ、言動の不敬不問とするが……ふむ、口の聞き方には少々気を払えよ?」


 サバスはニヤリと笑い目線を外した。


「────哀れなランザルク=リバイズよ」





 ◇◇◇




 ハーバスより少し南西にある廃坑。

 人の手がもう何年も加わっていない白塵舞う洞穴、その中で暴れ狂う一人の少年がいた。


 ──それは痛みによるもの。

 生きたまま到達出来るであろう、痛みの極限。


 極地。


「ああああぁ"ぁイイィア"あい"ァッ!!」


 身体の中を暴れ狂う異物。

 それはリューズの魔臓器から解凍され血中に排出されるインドラルの力だった。


「ハハァハァぁぁあああ"あ"あ"あ"アガッ! あああ"ぁああ"ッ!」


 発作のような痛みの波。


 痛みの波が訪れる度に視界が閃光のように散らつき、体が痛みの反射によって跳ね上がる。


 叫びによって喉はとうの昔に切れ、鼻血が垂れ、至る所の血管が裂け血が吹き溢れた。


 何百回を超えた痛みの極致にリューズの髪の毛は全て抜け切り、乾き切った血の海の上で死んだ様に痙攣し吐血。


 何度思ったか、いっそ殺してくれと。


 リューズは何十回目の発作で口の中に溜まる血の味がわからなくなった。

 味覚を失った。


 何百回目で自分の叫ぶ声が聞こえなくなり、血の匂いすらわからなくなる。

 聴覚と嗅覚が消え失せた。


 いつからだろう?痛みに耐えるために握っていた石の感覚が分からなくなったのは。

 何千回を超えたある時からチラつきすら見えなくなった。


 リューズは五感全てを失う──



「…………………」




 ◇◇





「マザーバックよ、我の選択はやはり間違いであったか?」


「ん……父親として、男としての選択肢としては最悪じゃ。フェルメが生きていれば逆に殺されておるかもしれんな? ただ、国としての選択肢としては間違ってはおらぬ。帝国の暴挙──これに対立するとなれば民も血を流さなければならんからな。ワシが一人で何とか出来るならしてやりたいが」


「ここに来てまで老兵であるお主を酷使出来ん。昔から良くやってくれた方じゃ。それに三万を超える兵......さすがに英雄といえど分が悪すぎるじゃろ」


「さすがにな、ワシも歳をとってしもうた。人の海には勝てん」


「失うものが多すぎたか………だが国と民は失わぬ」


「民がいれば国はまた栄える。だが、国の始まりと歴史を二つも失うのはあまりにも辛い」


「始祖の勇者ビオント=アグリオーニの末裔であるランザルク一族も、聖女の御霊を継ぐ我が娘も……国の王でありながら、何一つ守れん生涯じゃ」


「そう卑下するでない。昔のような正義感だけでは国は守れん。犠牲のない世界はこの世にはない。お前は守ってる方じゃ」




「────っ少し昔話をしよう。涙が止まらん」


「──ああ、付きおうてやる」





 ◇





「リューズくん大丈夫かなぁ」


 青髪をもつ女性はギルドの酒場にて仲間と過ごしていた。


 その輪の中にはナルシアやビブル、ジョズ、サミ、そしてクランコという最近までリューズとアイネと共に波乱と戦い続けた顔ぶれが揃っている。


「ランザルクが連れて行かれてから……」


 毎回の集まり、話題は基本的にこれであった。

 あの十八層の事件後、ハーバスに帰って来てリューズと顔を合わせたのは一度きり。


 ジュネが求めたノキノギの涙の受け渡し時だけ。


 その際も殆ど言葉を発する事がなく空気が淀んでいたのを思い出す。


「ランザルクだネ、あの子が戻って来ないとリューズに笑顔は戻らないト思うヨ」


「そうっすね、帝国とも戦争になりそうだし、ここからどうなる事やらっす」


「そーいや、アルスの調子はどうなんだ?」


「お兄ちゃんは無事意識を取り戻しました。まだリハビリがかなり必要だけど、普通の生活には戻れるってっ!お礼がしたいってお兄ちゃんも言うんだけど、最近リューズくんが何処にいるかも分からなくて……」


 ジュネの言葉にもう無き左腕の肩を撫でながらクランコは麦酒を口に運ぶ。


「俺に、俺達にアイツ等を守ってやれるだけの力があれば──」


 暗い話と明るい話と後悔、それにこの国の未来、色々なモノを混ぜながら月明かりは空を満ちていく────






 ◇────



 ベーリズ商会の私室にてロゼッタは一人紅茶を嗜む。

 手元にある資料はリューズの話によってもたらされた情報をより数値化したもの。


 それはノキノギの涙を汲み、保存するにあたっての流動的なマナ量だった。


「うーん」


 ノキノギの涙を受け取った際に十八層で起こった悲運については本人より聞いていた。


 積み重なるような不幸、それは聞いていただけのロゼッタでさえ頭を抱える程であった。


「うんうん。ツイてないとかそんなレベルじゃないのよねぇ、それにランザルクちゃんを攫っていった男も魔人化くさい事してるし、一体どうなってるのかしら」


 資料に目を通しながら紅茶を口に流す。

 口から出る言葉は誰も聞いてはいない独り言。


「はぁ」


 ため息が漏れる。それはリューズの見せた顔。

 ノキノギの涙の報酬として渡した一枚の地図とネックレス。

 そのネックレスに込められた想いと意味を依頼時に説明していた。

 それが、彼の顔を痙攣らせひきつ涙が浮かぶ痛々しい表情を作ってしまったのかも知れない。

 渡すはずだったネックレス、しかし彼女はもういない。


 そのネックレスの先で輝く赤白い宝石。

 雫鉱石アママダイル

 ────石言葉は、貴女を守り、愛を誓う。


「はぁ、なんとかしてあげたいわ」


 紅茶の湯気はもう無く、底に残った数滴が少しの香りを蒔くのであった。


 

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