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守るべき死闘

 


「ま、ま、ま、魔狼っす!」


「エンシェントウルフッ!」


 完全に頭から抜け落ちていた存在。

 例の手記にてもっとも多くのシーンが書かれている十六層の番人。


 魔狼エンシェントウルフは棘の様な体毛を逆毛させ、人の体以上ある太牙を見せ威嚇する。のたりのたりと太い足を持ち上げ歩くが、かなり優雅なもの。 


 ──それは圧倒的強者の歩み。


「これハ絶対絶命だヨ……」



「ワオオォォオォォォォォォォオォォォォォォン!!!!」


 ここまでの喪失感を上塗りしていく絶望感。

 しかしそんな呑気に構えてはいられない。


 突如、エンシェントウルフは疾走する。


「ッ! 吹き荒れロ! 突風刃に化けルヨ! 大風ノ一太刀ウインドスライサー!」


 パーティへと詰め寄る魔狼への一撃。

 この魔術が戦闘の幕開けとなった。風の刃は魔狼に着弾するが魔術抵抗が強い毛皮にいとも簡単に無効化される。


「いくっす! 紡ぐっす! 馬喰の鎧イグニション!」


 魔術物理耐性のある魔術がパーティ全員にかけられる。

 しかし魔狼の一手目は鋭い爪で地面を抉る砂かけだった。太爪により抉れた地面が襲いかかる。これをただの砂かけと評して良いものか。


「水流心一刀流──……荒波ッ!」


 砂かけとは表現にしにくい地面を抉った目潰しのような攻撃を、具現化した水剣を振るい、弾き落とす。


「気をつけろ!アイツ、相当知恵が回るぜ!」

「そのようだな、ジョズ行くぞッ!」


 見た目耐久値の高いクランコとジョズが最前線を張る。

 ここで自分達が前線を張れなくなれば、間違いなく防御の薄い後ろは粉々になるだろう。そんな思いが頭を過る。

 格上、そんな相手にこそ隊列戦術は基本中の基本。

 各々の役割を遂行してこそ勝ちが見える。

 特にアイネはリューズの守りにかかりっきり。

 あの二人は戦力には入らない。

 言うならば普段の自分達の地力、パーティとしての力でこの山を越えなければならない。


「はじめから……ぜんりょくッ!」

「当たり前だッ!」


 守らなければいけない。

 助けてもらった命に、皆んなを。それがリーダーであるクランコと最年長であるジョズの吟示だった。


「大楯の発射台オールマイティガードッ!」

「鬼人化」


 魔狼の飛びかかりを鬼人と化したジョズが受け止める。

 角と牙が生え体が茹であがったかのような赤に染まり蒸気を発し、飛びかかる魔狼の勢いを腕一つで制圧した。


 受け止めた魔狼の大爪が襲いかかるがジョズの裏拳が衝突し、怯ませる。


 ────鬼人化。

 これはジョズ家系正当血統者のみに受け継がれる秘技。

 数刻の間、抑制された体のリミッターを完全に解除し、人を超えうる力を手にする。

 しかし鬼の角が折れた時点で能力は消失し、当分マナすら吸収出来ない赤子レベルまで身体レベルが落ちる。

 形勢逆転突破口に成り得る諸刃の剣。


「フンッ!!」


 純粋な正拳突きは余波を生み魔狼へと襲いかかる。しかしその毛皮は鋼鉄のような硬さを持ち、凄まじい爆音をあげ、拳と衝突。


「ワオオォォオォォォォォォオオ!!」

「フン"ン"ン"ン"ッ!!!」


 その衝突、隙をクランコは見逃さない。

 大楯の発射台オールマイティガードにより周りに具現化された大楯。

 ──総数十八枚をトマホークの要領で投げつけ操る。

 相手の攻撃を耐えゆる構造を持つ盾は使い方一つで凶器となった。次々と襲いかかる大楯の猛攻も狼首を捻り頭をぶつけ無力化する魔狼。

 しかし対峙していたもう一人。小さき鬼が一段階ギアを上げた。


「過熱する力オーバーヒートパワー」


 ジョズは一合目の打ち合い時に感じていた。

 鬼人化したがまだ足りない。

 今の全てを投げうって、ようやく五分五分。

 オーバーヒートは更なる過熱。

 鬼人と化す己の体に赤銅色(しゃくどうしょく)の魔闘気が纏われた。


「ッッウオォォォォッ!!」


 鬼人の乱打──

 点滅するような揺らめきが残像を作り拳を突く。ここまで来てしまうとジョズ自身の意識も遠く、魔狼を滅する攻撃のみを放つ、文字通り"鬼神"と化した。


 その一方、大楯による猛攻も止まる事を知らない。魔狼は払うように凌いでいるが、ほぼ同時の十八方向からの攻撃は幾ら魔狼といえども対処出来ずにいた。


「水流心一刀流──っ鮫突きッ!」


 二人の攻撃を縫うように一筋の水流が流れる。具現化された水が鮫のように暴れ、その水流の波に乗る。

 海の殺し屋が、捌く事で手一杯になっている魔狼の右眼に突き刺さった。


「ワオオォォオッンッ!!」


 激痛に荒れ狂う巨体。それに突き刺さったままの具現化された水の剣。

 さらにナルシアの魔術が拍車をかける。


「──……怒リ嘆キ笑イ驕ル!──火風の合唱歌舞テレシプコレッ」


 現状唱える事の出来るオリジナル魔術。

 それは火と風、極一点集中型の複合上位魔術であった。

 ナルシアの人差し指より放たれたのはレーザーのような細長い照射。

 それは水の剣に追い打ちをかけるかの様に右眼を貫き通す。


 見栄えに関して言えば、下級魔術──火球の方がマシと言えるが、この魔術は魔術師としてAランクに登ったナルシアの生涯をかけたオリジナル魔術。


 全魔闘気を人差し指に集め、マナを集中させ、魔力へと転換し、更に逃げぬように火と風色を練りあげる。

 一つ間違えば暴発により自身が大怪我死傷を覆いかねない、根気のいるこの作業を十年以上改良し続けた。


 その魔術は時を置いて、歌い舞う──



「ワォッォオォォォォォォ……ッォオォ……」


 魔狼は体の内部で暴れ狂うマナに生物としての危機感を感じる。害をもって送り込まれたマナが魔狼の中で弾け飛んだ。


「決めるんダヨッ!!」


 あまり時間はかけれない、全力最短で終わらせる。

 合図によりジョズ、クランコが魔狼の残る息の根を止めに猛攻を仕掛ける────

 しかしノキノギを彷彿させる高密度なマナの壁によって阻まれた。



「アガアンォオォォォォォォンッ!!」


 それは長年貯蓄された、魔狼の中に眠るマナの解放だった。


「──この力凄まじいネ!」


「このマナ圧は」


「ジョズさんが!!」


 魔狼エンシェントを包むように展開された高密度のマナ。それはとんでもなく厚い壁となる。

 それすらを破壊し本体を目指す意識の飛んだ鬼人。打開する為の攻撃。

 しかし……鬼神の如く拳の波動を放ち続けたその両の手は勢いが落ち、鬼人化のタイマーでもある角がジョズの頭から折れ────コロリと地面に落ちた。


「アア……」


 ジョズの体が反動により悲鳴をあげ崩れ落ちる。必死に膝を、手をつこうとするが粉々となった関節ら動かない。

 あれほど簡単に吸っていた空気すらも肺に到達する事が叶わない。そんな中ジョズは敵前にて気絶する。


「ジョズゥウ!!」


 マナ圧からジョズを守る為に大楯を展開がするが魔狼から放たれたそれは完全に無効化する事が出来ない高密度なレーザー。

 弱体化しきったジョズの体を焼いていく。


「……」


 決死。汗と焦りながらも大楯を操作し引き寄せる要領で倒れたジョズを救出する事に成功する。しかし安堵など程遠い。


「ジョズ!」

「ジョズさん!」

「──ッ!とりあえず応急処置が先決っす!ヒーリングっす!」


 縮小された体は元々小さい体格から更に退化を重ね、小人のようになっている。

 それに敵意の満ちた高密度のマナ圧を直に受け、火傷の様に皮膚が剥がれ落ちていた。


「俺はこんな時になんで何にもできないんだ!!」


 戦闘職ではないビブルの力無き声が木霊する。


「ビブル! しっかりしロ! 早ク……ノキノギの涙に漬けるゾ! もテ!!」


 ナルシアの一声により瀕死の小人を持ち上げノキノギの沼湖へと全力で運ぶ。そして焼け落ちたトマトのような皮膚などお構いなしと沼湖へと投げいれた。


「やっぱりマナが飛んでやがるな、リューズの時ほどの力がない」


 長年貯められていたであろうノキノギのマナはリューズの瀕死の回復に多くを持っていかれていた。それでも少なからず残るマナ。

 ノキノギの涙は、微量ながらも濃いマナであり、それはジョズの命を繋ぎ止める事に成功する。


「怪我は全く治ってないっすけど……魔臓器がまだ安定してるっす!このまま回復術をかけ続ければ──……」


『ッウォォォォォォォオォォォォォォンッ!!』


 耳が張り裂けそうな遠吠えは二重となり、クランコのパーティをさらなる絶望の淵へと追いやる。


「おいおい、首がニつに分かれてんぞ」


 頭が増えただけではない。その牙がチラつく口から吐き出されるブレス。

 二頭の口から同時に吐き出されるブレスは1つにまとまり、強大な吐息となり襲う。

 大楯とナルシアの魔術がそれを必死に防ぐが、このままではジリ貧どころではない。

 詰み。詰み。詰む。


 それでも戦い続けた小さき仲間を案ずる。


「サミはジョズの手当てするんだヨ!」


 一刻を争う状況にサミは全力で回復術を行使する。魔狼など気に留めている場合ではない。今止めてしまえばせっかくのノキノギの涙、それすら意味がなくなってしまう。それほどに危ういジョズの体。

 しかし状況が悪いのはジョズだけではなかった。


 二頭の口から吐かれる巨大なマナの塊、それに俊敏な動き。守るという、背後に流す事の出来ぬ攻撃。

 鉤爪による打撃にその他の者は翻弄されていた。

 クランコの展開する大楯はオーバヒートぎりぎりのマナによって発現されている。圧倒的に総数が少なくなり、数えてみるとたったの四枚。

 ジュネもマナの練り過ぎにより魔臓器がオーバーヒート。ナルシアに限っては火と風の合唱歌舞伎テレプシコレが最後っ屁。

 ビブルは元より戦闘向きではない。


 ──絶望。


「下がれッ!俺がやる!」


「だめです!クランコさん!無理です……無理しないで!お願い!……手が……腕が!」


 パーティリーダーであるクランコはこの状況においてもリーダーとしての強がりのみで魔狼と対峙していた。


「どおりゃあああああっ!!」


 諦める事は出来ない。ここにいる皆んなの命を背負っている。

 しかし、強き思いと言えど、想像絶した力の前では無力。踏ん張りなど効かず、何かを失いながら現状を維持している状態。

 現実というのは儚い。不幸な現実は特に────


 クランコの腕、左腕は魔狼の鉤爪の一振りによって吹き飛ばされ消失していた。


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