様々な幕開け
「みんナッ! ナミダだヨ! リューズを運ぶんだヨ!」
ナルシアのとんでもない大声によってアイネ以外の目が集まる。当の本人は息を切らし、地面に膝と手を着き肩で息をしていた。
「おい、ナルシア? そんな慌ててどうしたんだよ!?」
ビブルの言葉に返答はない。皆もナルシアの呼吸が落ち着くのを固唾と待つ。
ナルシアは心臓がバクバク鳴るなか、何度も唾を飲み込み口を開いた。
「ノ……ノキノギの涙ダ! と、とんでもない高密度なマナなんだヨ!」
その言葉を聞いたクランコとビブルが驚愕し、未だ満身創痍である少年へと駆け寄る。
ナルシアの言葉の意味を一瞬で理解する。
ハーバス領で活動している冒険者なら誰もが知っているAAA冒険者ライザ=ジャック。
その者の手記は有名であり、内容が二人の頭を駆け巡った。
「もし、もしだ! 落ちてきたここが十六層なら、頼みの綱はあるぞ!」
「サミ! アイネ! リューズを地底湖まで運ぶ! 回復術を弱めないでくれ!」
リューズを持ち上げ、サミとアイネが追従し回復術を唱え続ける。先導を行くナルシアが先程見た光景までの案内する。
「りゅーず……たすかるから……」
「アイネちゃん……」
アイネの心境はもはや、縋すがる想いだけであり、ジュネもその想いに少なからず共感できた。
自分の兄が目を覚ます事が無くなったあの日、自分もアイネのように縋るように喚いたのだろう。
被さる影が心臓をぎゅっと掴む。
「大丈夫だよ! アイネちゃん! ノキノギの涙なら助かるからっ」
間も無くして、全員の前にナルシアが見た光景が広がった。
◇
◇
◇
「はぁ…………ホンマここまで……エラい疲れたでぇ」
ハットを被る男はダルそうに手持ちのステッキを回す。手品師のような服装に、時計の長針に似た体格がトレードマークの男。
嫌みたらしく歩く男の前にハーバス紋の刺繍を施した軍服姿の門番が立ちふさがる。
「これより先はハーバス管轄ノキノギのダンジョンだ。すまないが。冒険者許可証の提示を」
「ほんま、うるさいわ、許可なんていらんやろ?」
「許可がないのなら進ませる訳にはいかない」
ハット男は考える仕草と同時にステッキを振るう。
そのステッキは瞬時に反応した門番の軍服を切り裂いた。
「ええ反応やん?」
「──貴様ッ! ハーバス法により武力排除に移るッ!」
門番は具現化した大剣を大きく左に振りかぶり、
────右に振り抜く。
「えらい物騒やん」
門番よりも重量がある大剣で振りぬかれた渾身の一撃はハット男のステッキによってピタリと停止させられる。
木の枝でも止めたかのような余裕ある態度に、門番は逃げ出したい程の恐怖に襲われた。
「ブロンクス(まやかし)」
その門番が感じた恐怖は、次の瞬間この世から消え去った。
人とは分からぬほど粉々の肉塊となった今、ハット男の歩みを止める事は叶わぬ仕事。
「犬っころ捕まえてさっさと帰ろか」
看板を軽く蹴飛ばし、鼻歌混じりに目的地へと歩みを進めるのであった。
◇
◇
◇
「すご、い……」
「なんてマナだ……」
クランコとビブルの手によって沼湖へと漬けられたリューズは、あれほどあった外傷を全て完治させていた。
「うん、かなり安定してるっす」
検診結果に悲壮感しかなかった空間に安堵が訪れた。
「ほんと? ……助かるの? ……」
「助かるどころか、いつ立ち上がってきてもおかしくないっすよ! 呼吸も安定してるし、潰れてた臓器も修復されて、あれほど傷ついていた魔臓器だって綺麗っす!」
サミの言葉に各々の緊張が緩む。
「みんな、みんな、ありがとっ、助けてくれて、ありがとうっ……」
「逆だヨ、アイネ……」
「おれたちが、助けられた」
必死に頭を下げ、感謝の言葉を述べるアイネにナルシアとジョズが頭を下げる。それに続き、クランコも、ビブルもサミも、ジュネも。
「わたしたち、皆んなリューズくんがいなければ死んでました。結果的に見て良かっただけかも知れないけど……」
「ホントに助かったぜ」
「パーティのリーダーとして感謝する」
「助かったっす!」
みんなの感謝は今は聞こえないであろう、黒髪少年には。
「ありがとう、ありがとう......っ」
アイネもまた命の恩人リューズに、そして皆んなに。
『ワオォォ"ォ"オ"ン"!!!』
それでもダンジョンの困難は終わらない。
十六層にはノキノギの地底湖。
それに────魔狼がいる。
"一人"に守られた者達がその"一人"を守る闘いに。その幕開けは近い。




