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ショートショート12月~2回目

共同作業

作者: たかさば

「ねえねえ!お母さんちょっとお願いが!!」


 忙しい師走の晩御飯前、玉ねぎの皮をむき始めた私のもとに娘がやってきた。

 なんだ、今日はやけに早いな、この年の瀬に残業なしか、相変わらずホワイトな会社に勤めていらっしゃる、良い事だ!


「なんだね、いきなり。」


 娘がニコニコしながら何か紙袋を手渡してきた。

 その無言が微妙にうさん臭いな、いったい何を企んでいるのか、……いやいや、疑ってかかっては失礼だ、とりあえず中身を確認せねばなるまい。


 なんかいいもんでも入っているのかと思って覗き込んだら……エビに煮豆に小魚伊達巻かまぼこ……これ!おせちだ!!


「何これ!食べていいの!ヒャッホウ!よーしじゃあお酒飲んじゃお!」


 両手の平の上に乗るサイズの三段重!一段目がこんなにゴージャスならば二段目三段目も期待できよう!!!

 うーん、今日はかつ丼とポテトサラダとアボカドチーズに豚汁だし巻玉子の予定だったけど、これがあるなら全部作らなくても良さそう!

 よーし、調理時間も大幅に短縮できそうだ、一刻も早く作って日本酒を開けて…ぐふふ!!!


「飲んでもいいけどさあ!これ食べて、レビュー書いて欲しくて!!酔っ払う前に書いてね!!」


 うん?レビュー?


「ええー、何それ!!味を書けってこと?」

「うん、食べて、おいしそうなレビューを書いて来いって部長が!あたしこういうの苦手でさあ、聞いたら家族に書いてもらってもいいよって言われたから!お願いします!!」


 ちょっと待て、私だってレビューなんて大それたもん苦手なんですけど?!


 私はどうもこう、言葉選びが一般的でないというか個性的というか常識がないというか着目点がおかしいというか言い訳がましいというか…人様に何かを伝える文章を書くのが苦手でしてね。


 思い起こせば、読書感想文はいつも何言ってんのかわかんないと先生に怒られていたし、コンビニでバイト時代に書いたPOPの文言が実に購買意欲をそぐと話題になり、就職した販売店では店員さんのおすすめコーナーが怖すぎるとクレームが入り、子育てブログで気に入ったベビーグッズを紹介してみれば買うのやめましたとコメント返しされ、旦那に頼まれて書いたPTAの絵本レビューで解釈の間違いを指摘されて近所の国語教師による厳しい添削が入り、めちゃめちゃ感動した物語に感想を送ってみれば勝手に人の物語を捻じ曲げるなと激怒されたりでうん、もうね、ホント才能、ないんだわ……。


「ええー!!君書きなよ、あたしゃこういうの苦手なんだよ、絶対に部長さんの求めてるものはかけないと思うよ……。」

「あたしの作文の腕前知ってるでしょ!!!それよりはまし!!!」


 そうだ…娘も私の血を見事に引いており、実にこう、ヤバイ作文をするタイプだった……。


 あれはたしか、小学校三年生の時。

 自分の好きなものを書くというテーマをもらった娘は、信じられないような文字を残して伝説を作ったのだ。


 わたしはバナナが好きです、とくにおいしいところが好きです。かわをむいて食べると、おいしくてとてもしあわせな気分になります。バナナはとてもおいしいです。おいしいのでいつも買いますが、おいしいのですぐになくなってしまいます。バナナがおいしすぎるから、いっしゅんで食べてしまうのです。どうしてバナナはこんなにおいしいのでしょうか。おいしすぎると思います。バナナはくだもので一番おいしいので、おいしいのだと思います。おいしいバナナはすごいと思います。バナナだったらいつまででも食べられる。私はずっとおいしいバナナを食べていこうと思います。バナナの事を書いたので、バナナがとても食べたくなりました。今からお母さんといっしょにスーパーに行って、おいしいバナナをたくさん買ってこようと思います。


 美味しいとバナナしか書いていないこの作文は、大爆笑を誘ったのだなあ。

 授業参観の日でさあ、他の親御さんたちが大笑いしていて、旦那が大喜びしたんだよ。


 ―――面白いお子さんねえ

 ―――おいしいバナナでよかったねえ…

 ―――お上手ねえ、うちの子なんて普通のことしか書かないのに!


 微妙な大人のつぶやきが聞こえてきて、若干顔をしかめたという事がですね。


「文章だったらお父さんに書かせた方がいいんじゃないの。あの人そういうの得意じゃん。」


 旦那は見てくれを非常に気にするタイプで、文章の構成から使う言葉の流れ、選ぶ単語に〆の物語まで、ガサツで適当な外見からは想像もできないような洗練された文章を書くのである。

 近所に住む国語の先生もびっくりの美しい文章を書くんだよな……。


 先生には絶賛されてるけどさあ、ぶっちゃけ何書いてあるんだかわかんないという感想を持つ私がここにおりましてですね。

 なんでいい天気の日にみんなでラジオ体操をしましたって話が、わけわかんない難しい四字熟語まみれの黒い文字だらけ(画数が多い漢字)の長ったらしい丁寧語だか謙譲語だかわかんないような言い回し乱発のどこに主語があるんだか探せない複雑怪奇超ロング文になるんだかってさあ。


 でもそれは私個人の感想であり、旦那は多くの人々から絶賛されるような文字を書く人物として名高かったりするんだよね……。執筆依頼もわりと来るしさあ……。


「お父さんはダメだよ!あの人難しい単語ばっか使って結局何言ってんのか意味不明だし!おせち買うのは頭のいい人ばっかじゃないんだよ、子供でも理解できるようなわかりやすい言葉でレビューしてねって部長にも言われた!!」

「グぬぬ…じゃあ弟に頼むとか……。」


「……ただいま?」


 ナイスタイミングで弟が帰ってきたので、事のあらましを告げレビューの依頼をしてみる。


「難しい。」


 そうだ……息子はずいぶん育ったとはいえ、幼い頃は文章を読んだり書いたりすることが苦手だった。

 もともとかなり無口で言葉も少ないからレビューを依頼するのはいささか無理がある……いや、逃げちゃダメだ!いい機会、何事もチャレンジするべき!


「わかりました、では、レビューは三人で書こう。あれだよ、三人寄れば文殊の知恵というでしょう、三人でじたばたしたらわりといいものが書けるんじゃないの。」

「うーん、そうかも!じゃあ食べよう!!」

「食べよう!」


 今日、旦那は市P連の集まりがあるので夕食が不要だ。

 味見をしなければいけない食材を食い散らかされることもないから、安心して文字も書けよう。

 

 かくして私、娘、息子でおせち料理を囲み、レビューを試みることとなった。

 エビの塩焼き、伊達巻、黒豆、たつくり、紅白かまぼこ…その他もろもろ。

 三人で試食しつつ、各々メモを取って発表など。


 ―――洗練されたエビのエキスがここに濃縮!うまい、とにかくうまい!ねえ、エビって本当は、こんな味だったんだー!!真の海鮮の力を知りたい人、ぜひともお召し上がりください!

 ―――美しい黄金色の渦巻き、ここに巻き込まれているのは、魂のこもった匠の出汁、そして甘い、甘い糖分。正月早々、とろけるような卵の吐息を味わいたい人におススメ。

 ―――一粒一粒が、きちんと豆としての魅力を大放出!黒豆の純粋で素朴な、飾らない味わい、それこそが日本のワビサビに通じるとおもうのです。

 ―――ほろりと苦い、干からびた海の生物にこってりと纏わりつくのはこれでもかと煮詰まった砂糖!にがしょっぱ甘い歯ごたえ抜群の珍味!あごの運動にも良き!

 ―――ぶりんぶりんの歯ごたえがいい!縁起のいい紅白かまぼこ、ワサビ醤油でパクリもよし、そのままガブリもよし!アーン、もっと食べたーい!


「ちょ…!!なに、レビューってこんな感じ?!思ってたんと…ちゃう!!!」

「ああもううるさいな!!私が書くとこんなんなっちゃうんだよ!!!」

「わりといい。」


 ―――大好物のえび!かじったらうまい!おいしい海老だから安心して食べられる!エビって本当においしいですよね!

 ―――玉子っておいしいですよね!グルグル模様が食欲をそそる!食べておいしい伊達巻!本当においしい!

 ―――豆っておいしいんですよ、素朴な味がやめられない!甘いけどしつこくない、ホント美味しい豆です!

 ―――歯ごたえがおいしいカルシウム満点の甘い小魚!甘くておいしいですよ!おいしいから気が付くと全部ペロリ!

 ―――おいしいかまぼこって食べると幸せになるんです!こんなにおいしいかまぼこ食べた事ない、全部食べちゃいたい!


「ちょ…!!!おいしいしか言ってない!!!」

「だっておいしいじゃん!」

「けっこういい。」


 ―――エビの風味がいいです。焼いただけなので出汁の匂いはしません。

 ―――焼き目がきれいな伊達巻、すり身を使っているから風味が豊かでずっしりしている。

 ―――しわのない黒豆は柔らかすぎず素材の味が残っており、箸休めにいい。

 ―――頭の残っているカタクチイワシ。クルミ入りで少し洋風。

 ―――昆布だしが少し利いている、そのまま食べてもおいしい。ワサビに合う。


「料理人目線になってる!」

「なんか堅苦しくない?」

「これでいい。」


 どうにもなあ…三人が三人とも微妙に問題ありなのがなんとも言えない。


「よし…じゃあ、これらをミックスして仕上げるよ!!!」

「難しすぎる!!洗い物するからおかあさんお願い!!!」

「デザート作ってくる。」


 一人テーブルに残された私はへっぽこレビューを一つにまとめ上げてですね。


 ―――エビのおいしさが一番よくわかるのはやっぱり塩焼きです!まるかじりしたらおいしすぎてたまらない!

 ―――グルグル模様がきれいな伊達巻にはすり身のおいしさがたっぷり巻かれているんです!吐息が出るほど甘くておいしい!

 ―――素朴だからこそわかる、丁寧に煮込まれた艶のある黒豆のおいしさ!一粒一粒噛みしめて味わいたい!

 ―――丁寧に炒ったカタクチイワシをゴマとクルミと砂糖でオシャレにコーティングしてあります!ちょっぴり洋風でおいしい!

 ―――歯ごたえ抜群のお出汁の香る上品なかまぼこです!ワサビともよく合う!気がついたら全部食べちゃってました!


「どうよ…まとめたったわ……!!!」

「ちょ!!なかなか良くない?!」

「これはいい!」


 かくして出来上がったおせちレビューは、無事次の日部長さんに届けられた模様。


 さて、おせちのチラシにどんなレビューが載ることやら……。


 載るのかなあ、採用されないパターンもあるよなあ……。


 どうなるかはわからないけれども、いただいたおせちはかなりおいしかったので、社販価格で予約を入れました、そういうお話です。


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― 新着の感想 ―
[一言] めっちゃ笑いました。 このバナナ作文のクオリティー(笑。 とても素人では書けない、センスを感じますね。 全体的に面白いレビューですよね。センスの塊ですね、ほんと。
[良い点] 抱腹絶倒ですた♪wwwwwwお腹痛い♪wwwwww 〉思い起こせば、読書感想文はいつも何言ってんのかわかんないと先生に怒られていたし、コンビニでバイト時代に書いたPOPの文言が実に購…
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