41 後始末は……もちろんお任せしますわ
捕縛は騎士に任せて離れると、ご令嬢たちが私を囲んだ。
「お疲れさまです、マリーアンヌ様」
「素敵ですわ、マリーアンヌ様」
彼女たちの称賛の声に笑顔で答えながら、差し出された濡れタオルで手を拭う。
もちろん扇子は他の方が預かってくれているわ。
手を拭き終わったのを見た他のご令嬢が、濡れていないタオルを渡してくれたので、それで水分を拭いとる。
ご令嬢方に労わられていると、顔なじみの令息たちが近づいてきた。
「マリーアンヌ様に持っていかれたよ」
「そうそう。手伝うまでもないんだもんな」
「あら、皆様が来賓の方々を守ってくださったから、私も心置きなく動けたのですわ」
ニコリと返せば、令息たちもニヤリと笑い返してくれた。
「マリーアンヌ嬢、怪我はないか」
「ルイスグーリット様、もちろんないですわ」
ルイスグーリット様もそばに来て気遣わしい視線を向けてきたので、私はニコリと笑顔で答えた。
「よかった」
「あら、ルイスグーリット様は私のことを信じてくださらなかったの」
「もちろんマリーアンヌ嬢のことは信じているとも。だが万が一ということもあるだろう」
私の腕前は信用しているけど、心配することは別ということかしら。
「ご心配いただきありがとうございます」
「……っ!」
作っていない笑みを浮かべてお礼を言えば、ルイスグーリット様は微かに目を瞠り、目線を逸らしてしまわれた。
「そこでもう一言!」
「それが言えていれば、進展しているわよ」
「へたれている場合か?」
「いえ、気がつかないほうも……ですよね」
コソコソとご令嬢とご子息方が小声で何やら話しておりますけど、ルイスグーリット様に聞かれたくないようですわね。
それなら私も気がつかないふりをしておきましょう。
「ところで後のことは上の方々にお任せしてよろしいのよね」
「もちろんだとも。守護精霊殿が手ぐすね引いて待っているからな。他の国の守護精霊方も賛同してくれているというから……良くて賠償程度だが、最悪は国自体が無くなるらしいぞ」
「まあ、国が」
「ああ。なんでもハヴァス帝国の守護精霊殿は、忠告や諫言に耳を貸そうとしない皇帝に愛想をつかしたらしい。賠償を素直に受け入れなければ、守護精霊の座を辞すると言っているそうだからね」
打ち合わせ通りにルイスグーリット様にこの後のことを任せることを話せば、ハヴァス帝国の今後のことについて教えてくれた。
最後に聞いた話よりもう一歩進んでいることに驚いて軽く目を瞠れば、周りから驚愕の声が上がった。
見ればハヴァス帝国の兵士たちだった。まさか今回のことが国を滅ぼすほどのことだとは思っていなかったようね。
「どういうことだ。国が無くなるなどと……。わかったぞ。お前たちは我が国を割譲する気なんだな」
護衛隊長が喚くように言いましたわ。
煩いですわね。
「我らはそのようなことはしないぞ。……というか、其方は帝室に連なるものであろう。なぜ国際法や守護精霊との契約に関わることを知らないのだ」
来賓のロンタール国王が言った。
そうなのよね。あの五百年前のことで、各国が守らなければならない国際法が出来たの。
その国際法はただ一つ。
“他国を攻め滅ぼしたり、属国としてはならない”
つまりいかなる理由においても、戦争をしてはならないのよ。
そしてこれがあったから百年前のハヴァス帝国皇帝も、あのような謀略を仕掛けて穀倉地帯を奪ったの。
これが守られなかった場合……守護精霊は国の守護を辞めることができるそう。
現にこの五百年の間に、守護精霊に見捨てられて滅亡した国が幾つかあるそうなの。
「あ、あれはただの戒めとして伝わっているんじゃ……」
何を自分に都合が良いように解釈しているのかしら?
「愚かだな。まあ、国が無くなったからといって、そこがどこかの国に組み入れられることはないから、そのまま生活は出来るだろう。いろいろ厳しいものにはなるだろうが」
ロンタール国王がそういうと、来賓の方々は冷たい視線をハヴァス帝国の者たちへとの向けながら、頷いていたのだった。
◇◇◇
結果としてハヴァス帝国が賠償金及び百年前に奪った穀倉地帯を返還することで話はつきました。
けど、収まらなかったのはハヴァス帝国内部。
帝位継承権を持つ者たちが、現皇帝に退位を迫ると共に、誰が次期皇帝になるかを掛けて争いを始めたの。
あの護衛隊長も低位ながらも継承権を持っていたけど、我が国での言動で継承権を剥奪されたそうですわ。
ちなみにあの人は、今回の強引な謀略を持って現皇帝を退位させ、それを食い止めた功労で継承権を上にあげるつもりだったらしかった……ですわ。
で、そんな争いに嫌気がさした国民が決起し、皇帝による帝国支配の体制を失くすことになったの。
改めて国の顔になる国王を選び、国の運営は議会で行うことになったそう。
国王も世襲制ではなくて、任期があって国民の投票で決めることにしたとか……。
……いや、それ、王国と名乗る意味ないじゃん。
それでもハヴァス帝国改め、ハヴァス王国の国民が決めたことだもの。よその国の私たちに言えることは何もないわよね。
ああ、そうそう。あのハヴァス帝国皇帝の暴挙だけど、理由がわかったわ。
帝国はこれまでうちとの国境で、高い通行税を掛けていたのよ。
それが我が国の南に港が出来た関係で、通行税が入ってこなくなったのと、いつの間にか我が国が大きく発展していたので、攻め込んで属国にしようと考えたそうなの。
……いえ、その前に王女との婚約を申し入れてきたけど、殿下方より八歳も上で自分が一番という性格をなされた方だったので、丁重にお断りしたのよ。
それも許せなかったみたいね。
というか、百年前と同じ手を使おうって、愚かとしか言いようがないわね。
我が国を馬鹿にし過ぎだわ!
……ああ、これもあったわね。
我が国の装備は皮の鎧という軽装なの。彼らはフル装備……えーと、プレートアーマーとか言ったかしら?
そういう装備なら戦っても負けるわけがないと思ったそうね。
やはりバカね。軽装といっても、ところどころに魔物の素材が使われているのよ。
皮だからってプレートアーマーに負けてないんだから。
◇◇◇
そんなこともあったけど、私、マリーアンヌは今日も元気に学園に通っているわ。
いろいろと辛いことを乗り越えた私たちは、いつか読んだお話みたいな足の引っ張り合いやマウントの取り合いのない、穏やかな日々を送っているの。
でも、そろそろ誰かいい人が現れないかと思っているのよ。
えっ? 王家に嫁ぐんじゃないかって?
嫌だわ。今、我が国は世界中から注目を浴びているのよ。
自国の誰かを王妃に迎えるより、他国のお姫様に来てもらった方がいいじゃない。
まあ、そう言っても、政略的に私が王妃になった方がいいのであれば考えるけどね。
未来はまだ決まっていないのよ
― FIN ―