31 魔物の楽園への第一歩
「どうして、嫌だなんて言うんだ、マリーアンヌ」
父は私の返答がお気に召さなかったようね。
……ではなくて!
「お父様、言い間違えましたわ。無理です! ですわ」
「無理って……」
「ですから、我が国の爵位の継承権は男性のみですわよね。例えその家に娘しかいないとしても、養子をとるか、婿に一時爵位がいくはずですわ。婿をとった場合は、娘が男児を生みその子が成人すれば、その子に爵位が移ると教わりました」
「それならば、マリーアンヌが成人するまでにこの国の爵位継承の法を変えることにする」
何を言いだすのでしょうね、この父は。
冷たい視線を向ければ、「ウッ」と呻いて怯む父。
「立派な跡継ぎ(かどうかは知らないけど)のダイアンお兄様がいるのに、わざわざ法を捻じ曲げてまで、私に継がせようとする意味が分かりませんわ」
そう言えば父は情けない顔で私のことを見てきましたし、ダイアン兄は感動したような目を向けてきました。
「それよりも話が逸れていますわよ、お父様」
「……ああ? ああ~」
少し見直しましたのに、またもダメ父に戻ったようなので、私から話を進めさせてもらいます。
「もう、いいですわ。私は勝手に話させていただきます。“伝承者”であるピングドグマから聞いた話なのですけど、もともとこの地は魔物にとって“魔物の楽園”または“最後の棲み処”と呼ばれる土地だそうですわ。それがどういうことかお解りになりますかしら」
父はハッとした顔で私のことを見てきました。
そして真面目な顔で思案しています。
どうやらまともに戻ったようです。
「そういうことか」
「父上、何がそういうことなのでしょうか」
父は質問をしてきた……次兄のことを睨むように見ました。
「お前たちは私の言いつけを守らなかったのだな」
「えーと、何のことでしょうか」
多分三番目の兄……を、ギロッと睨みつける父。
「この国を出る時に、魔物を討伐することを禁じただろう」
「もちろん守っていますよ、兄上」
叔父その一が答えました。
「どこがだ。素材採取の依頼を受けたのだろう」
「そうだけど……それが一番高額な依頼なんだよ」
叔父その二も憮然とした顔で答えます。
「魔物の素材ということは、その魔物をお前たちはどうしたのだ?」
「えー、もちろん倒さないと手に入らないから、倒すよ……って、あれ?」
「気づいたか、馬鹿者。討伐依頼でなくとも、素材を手に入れるために倒すということは、魔物を殺したのだろう」
顔色を失くす兄たちと叔父たちと従兄弟たち。
「このブラッキールとホワイティアも、命の危険が迫ったために、この地に送られてきたのだろう」
そう言って、優しい眼差しで二匹のことを見る父。
「マリーアンヌはピングドグマと会ったのかい」
「ええ、会いました」
「では、その魔物以外にも会っているのかい」
「ハニービーグルという魔物と会いました」
「そうか。こ奴らのせいもあるが、世界各地で魔物の数は減っているようだね。マリーアンヌはそれを知ってどうしたい?」
呆けてない父は話が早いです。
「私はこの地を“魔物の楽園”にしたいと思っています」
私の答えに満足そうに頷く父。
「それならば王宮に話を通さなければならないな」
「王宮……話しても大丈夫でしょうか?」
「そこは私に任せなさい。絶対悪いようにはしないから。……ところでピングドグマというのはどういう魔物だい」
「大きな蛾の魔物ですわ。魔物図鑑にはモモンスラーの名で載っています」
「ということは、ハニービーグルも違う名前かな」
「はい。ビースピアという名前でした」
「ああ、蜂型の魔物か。それではマリーアンヌの前にあるツボの中身は、ハチミツで合っているのかい」
「ええ、そうですの。実は二種類のハチミツをいただいているのですけど、お父様も味を見ますか?」
「いいのかい?」
「もちろんですわ」
私は自分の前に置いてあるツボの横に、もう一つ小さなツボを出した。
心得たようにメルがスプーンと小皿を用意してくれた。
「これは……こちらはすっきりとした味で、そちらは味が濃い気がする。それにすっきりした方は……これはバラの香りかい」
「当たりですわ、お父様。こちらは野ばらの蜜を集めたばかりで、あまり味が錬成されていないと言っていましたけど、私もすっきりとして好きな味ですの。もう一つは百花……というのは言い過ぎだそうですが、いろいろな花の蜜を集めたものだそうです」
「ほう。ここまで味に違いが出るものなのか」
味見をした父の感想に、私も笑顔を返した。
離れた席から母がうらやましそうに私たちのことを見ている。
「ところでマリーアンヌ、このハチミツを、ハニービーグルから分けてもらうことは出来ないのかな」
「それは難しいと思います。先ほど言いましたように、ピングドグマもハニービーグルも絶滅の危機に瀕しています。ピングドグマはこの地に来て六年になるので、少し増えたと言っていましたけど、まだ種族として安泰とは言えない数だそうです」
「そうか。それでは無理は言えないか」
「でも、外の国に売り出すほどは用意できないけど、少しならこちらに融通してくれると言ってくれているの」
「それは……大丈夫かい。ハチミツは幼虫を育てるために必要だろう」
「ええ。でも今の時期は野ばらがすごく咲いているから、蜜がたくさん採れるのですって。それにここに来てから順調に働き蜂も増えているから、採取する量も日に日に増えているとも言っていたわ」
「それは嬉しいね。この辺では甘味は貴重だからね」
そう言うと父は椅子から立ち上がった。
「それでは私は王宮へ手紙を送るとしよう。マリーアンヌは好きに過ごしなさい。邸の外に行くのなら、ブラッキールとホワイティアを必ず連れて行くことと、離れないこと」
「いいの、お父様」
「ああ、もちろんだとも。お前たちもマリーアンヌが無茶をしないように見張ってくれよ」
「ミャー」
「ワン」
二匹の返事に父は破顔した。とってもいい笑顔ですわ。
二匹から視線を移した父の目は氷のように冷たいです。
見られた兄たちと叔父たち、従兄弟たちは顔色が悪いですわ。
「お前達には詳しく話を聞かなければならないようだな。このあと、執務室に来るように。ああ、そうそう、お前たちがマリーアンヌに近づくことを禁じるからな。またも破る様なら、マリーアンヌの好きなようにしていいから」
「分かったわ、お父様」
つまり先ほどと同じことをしてもOKということね。
私はニコリと笑みを返したのでした。