30 嘘……だけど嘘じゃない話
大人たちは困ったように顔を見合わせた後、ダイアン兄へと視線を集中させました。
「マリーアンヌは、どこでそのことを知ったんだい」
「去年の誕生日に頂いた魔物図鑑からですわ」
「よく覚えたね」
「それは当然ですわ。ブラッキールとホワイティアに似た魔物が書かれていたから興味を引かれたのよ。ですが、まさか生息地が違うのに、この子たちがその魔物だと思うわけないでしょう」
「うぐっ」
と、言葉を詰まらせるダイアン兄。
「やはり都合が悪いことは隠す……もしくはわざと後世に残さなかったのね。それどころか魔物たちを絶滅させれば、知るものはいなくなると考えて、そう動いているのよ。本当に人というものは度し難いわ」
私はため息を吐きながら呟いた。
ガタッ
突然立ち上がった父は、私の前まで来ると声を潜めるように話しかけてきた。
「マリーアンヌ、その話をどこで知ったのだい」
「ピングドグマに教えていただきましたわ」
「ピングドグマとは?」
「魔物ですわ」
父は目を見開いて驚くと「すぐに戻る」と言って、食堂を出て行きました。
さほど待たずに戻ってきた父は、また私の前に立ちました。
「ここに座っていいかい」
「ええ、どうぞ」
父は持ってきたものを私の前へと置きました。
「これは?」
「この国が出来る前から、代々我が家に伝わっているものだ。栞が挟んであるところを読んでみなさい」
私は本を開き栞が挟まれている部分を読んでいった。必要な部分に糸が張り付けられていて区切られているので、そこだけを読んだ。
栞は何か所かに挟まれていた。そこには同じように糸で区切りがしてあった。
読み終わった私は顔を上げて父を見つめた。
「これは事実ですの」
「もちろんだ。だが、私が言うまでもなく、マリーアンヌは知っているのだろう」
「ええ。“伝承者”から、直接教えていただきましたから」
「そうか。ではマリーアンヌは、私たちに嘘を言ったのだね」
「私も嘘は言っていませんわ」
そう言うと、私はスカートの隠しから文庫本サイズの本を取り出した。
「それは、王都の邸にある物だろう。……持ち出したのか」
「違いますわ。気がついたら手元にありましたの」
父と睨むように見つめ合う。しばらく見つめ合って……根負けしたのは父だった。
「マリーアンヌ、それならば話して欲しい」
「もちろんですわ。というより、もともとお話しするつもりでおりましたのよ」
◇◇◇
私が父に話したのは次の通りよ。
前回領地に来る前の三か月の間に、私は家の図書室だけでなく書庫の本も読み漁っていた。
その時にこの本を見つけたのよ。この本は不思議な本だった。
先ずは大きさ。こんなに小さな本は他に見たことがなかった。
そして内容だけど……中に何も書かれていなかったの。
あと、表紙に石が埋め込まれていることも、他と違っていた。
とても気になったから、領地に行く前日まで、眺めていたのよね。
領地に来てしばらくはこちらの図書室で本を読み漁ったわ。
そして荒野に行ったあの日。私は知らないうちに魔物と接触していたらしいの。
それは、邸に帰って部屋に戻った時に、ポケットから野ばらの実が転がり出てきたから分かったの。
野ばらの実だと思わなくて、なんなのかを調べていたら、野ばらの実だと分かったわ。
そしてバラの実入りのお茶があることも知って、翌日も荒野に行ったのよ。
もちろん、この時も魔物には会っていなかった。
それから七日後。今度は邸の者総出で荒野に行ったでしょ。
そのあと二週間、私は毎日ブラッキールとホワイティアと一緒に荒野に行っていたわよね。
この時に、魔物のほうから接触してきたのよ。
危害を加えるつもりがないことが分かったから、魔物と対面したのだけど、その時にこの本が現れて、その表紙の石に魔物が触れたことによって言葉が分かるようになったわ。
簡単にだけど、だいたいこんな感じに話したの。
◇◇◇
父はため息を吐きだした。
「それでは、その本のおかげで魔物と話せるようになったというのだな」
「ええ、そうです。それに今はこの本に何が書かれているのか分かりますし」
「わかるのか!」
父は身を乗りだすようにして聞いてきた。
私には書かれた文字が見えるのだけど、どうやら父には見えていないようね。
「はい」
「なんと書かれているのだ」
「そちらに書かれていたことと同じ様なことが。人が魔法を使えなくなる理由についてです。違うことは、この本に真実を閉じ込める為に封印をしたこと。その鍵にするために“魔物の中の伝承者”と守護契約をしたこと。その魔物と出会い、信頼を得て、この本の封印を解く者が現れてくれることを切に願っていることが、書かれていましたね」
父は言葉もなく本を凝視しています。
えーと、先ほど父に話したことは、本当のことよ。
本来なら先ほど話した手順でピングドグマと出会い、本の封印を解くことになったのでしょう。
本に書かれていましたからね。
私が神様に“動物の言葉がわかること”というスキルをもらっていなければ、実際に起こっていたことだわ。
「あの、父上、先ほどから何を話していらっしゃるのでしょうか」
ダイアン兄が、皆を代表して聞いてきました。
「お前たちも噂には聞いているだろう。遥か昔……というほどではないが、昔は人も魔法を使えて、魔物と会話をすることが出来たのだと」
「はい。聞いたことはありますが、今では廃れたものですよね」
「そうではない。そうではなかったのだ。魔法は取り戻せないかもしれないが、魔物とはまた共存できる可能性があるのだよ」
父は静かにそういった。胸に手を当てて溢れそうになる感情を押さえているように見える。
「皆も聞きなさい。我がダルンフォード家は“継承者”という特別な家系なのだ。人の世に忘れさられたことも、後世に残す役目をいただいている。このことは家を継ぐ者が二十歳になった時に教えることになっていたのだよ」
つまりそれは家長と跡継ぎしか知らないことなのでは?
「お父様、話してしまってよろしいのですか」
「ああ、もう構わないだろう。私の次はマリーアンヌに決まったことだし」
「……はい?」
「跡継ぎを決める時に伝えられている重要なことが一つあるのだ」
なんか……嫌な予感がするんだけど……。
「魔物の言葉を解する者が現れたら、その者に次代を譲るべし」
父はそう言うと期待を込めて私のことを見つめてきました。
「嫌ですわ」
私は即、断りの言葉を言いました。
……じゃなかった。
拒否したのでした。