3 地利が悪いのよ!
つまりね!
「「「可愛い我が家の天使(兄たち談)に不自由な暮らしをさせないために、お金を稼いでくるね!」」」
と、張り切って出て行ったそうなのよ。
ちなみに四番目と五番目の兄は、成人の十五歳になるまでに体を鍛えるためと称して、騎士学校に入っているそうなの。
たしか十四歳と十三歳と言ったかしら?
◇◇◇
「はあ~」
またもため息を吐きだす私。家族に愛されているのは分かったけど、せめて顔ぐらいは見たかったわ。
お兄様たちはいつも突然戻ってきて、一泊するとすぐに出て行ってしまうそうなの。
私と顔を合わせることはなく、ね。
でもお兄様たちは寝ている私の顔をしっかり見て「可愛いマリーアンヌのために頑張るぞ!」と言って、私が起きる前に出て行ってしまうらしいのよ。
ずるいわ。
私もお兄様たちのお顔を見たいのに。
……えーと、そうじゃないわね。つい脱線してしまったわ。
それで……何だったかしら?
……あ~、そうそう。この国が貧乏の理由を思い出していたのだったわ。
それで、帝国に取られなかった我が国の国土だけど……めちゃめちゃ住みにくいところだったのよ。
私は目の前の景色にもう一度目をやって、またも吐きそうになったため息を飲み込んだ。
目の前に広がるのは、我が公爵家の領地と言われるところ。
そこは……荒野だった。
見渡す限り棘のついた細い茎を伸ばす、野ばらの群生地だったのよ。
その中に黒い大きな岩がところどころ顔を出しているの。
これじゃあ、開拓をしようなんて気は起きなくても仕方がないよね。
それから……と、視線を遥か彼方へと向けて周囲をぐるっと一周見回した。
遠くに見えるのは高い山々。それが三方に連なっている。
それほど高くない山があるのは……件の帝国がある西の方角。
つまり比較的隣国へと通りやすい地形を持っているのがこの国の西……つまり首根っこを帝国に抑えられているようなものなの。
「はあ~」
堪えきれなかったため息を再度吐きだした私。
本当に地の利が悪すぎる。せめて西以外に出国しやすいところがあれば、帝国に大きな顔をさせないで済んだのに。
それに……。
私は諦めきれない視線を東のほうへと向けた。
そちらの高い山の向こうに見える煙へと、半眼で睨むように見据える。
どうみてもあの煙は火山活動の証よね。
ということは、上手くすれば温泉なんかが湧いてくれて、一大観光地へ……なんて、考えたりもしたわよ。
けど、やはり地の利が悪すぎる。
その、山脈の手前には湿地帯があるの。
……いや、湿地帯だなんて言葉で濁してもしょうがないわね。
素直に底なし沼と言ってしまおう。
はい。
そうなんです。
その沼に邪魔されて、温泉を掘り当てるなんて無理な状態でした。
どれだけの深さがあるかわからないけど、ずぶずぶと沈んでいく恐ろしさは、我が国の開拓史の体験談として残っていたわ。
それから……と、私は視線を北へと向けた。
其方は本当に壁を思わせる高い山々の連なりが幾重にも見えている。少なくとも三連はあるよね。
真冬にはその山の上に雪が積もるのが見えるから。
そこから川が流れているけど……何が悪いのか魚が住むことが出来ない仕様となっているんだよ。
ふ・ざ・け・ん・な!
なんで死の川なんてものがあるのさ。
えっ?
本当に人が住むなと言いたいのか、この土地は!
いや、そんな土地だから最後の希望と、他の国から逃げ出した人たちが集まったのだったわね。
そうよ。そんな大変な思いをして開墾した穀倉地帯を奪った、帝国が悪いのよ。
きっとあれよね。帝国はもともと我が国の穀倉地帯を狙っていたのよ。
だから、自国の姫をこの国の王太子の婚約者としたのだわ。
そして男爵令嬢を操って、王太子に婚約破棄をさせたのよ。
で、計画通りとほくそ笑んで、穀倉地帯を奪ったんだわ。
……って、今更こんなことを言っても仕方がないか。なんといっても九十年前のことだもの。
それにやらかしたのはこちらの国なのは、変わりないしね。
ああ、そうそう。
なんで帝国の陰謀だと思っているかと不思議に思うよね。
私はあのお茶会の日に母から聞いたことを、その後に調べたのよ。
幸いにも我が家の書庫は充実していたから。
というか、なんでか我が国の貴族たちの日記……いえ、その、貴族方の記録ね。
それが我が家に保管されているのよ。
もしかして我が家ってこの国の第二の書庫扱いされているのかしら?
……じゃなくて……いけないわね。
すぐに脱線してしまうわ。
で、えーと、そう。書かれていたの。うん。
それに驚いたことにやらかした王太子(この件のあと廃嫡されて国のために冒険者となり多大な貢献をしたそう)と男爵令嬢(こちらも廃嫡された王太子と同じに冒険者となり外貨を稼いだという)の手記も残されていたわ。
で、学園時代の回想部分で怪しい記述があったのよ。
やはり誰かにそそのかされたらしいわ。……ということと、顔は覚えていないが信頼してそばに置いていた者のことがね。
でも事件後、その者の姿は見えなくなり、顔どころか名前も思い出せなかった、というわ。
それを信じるのならやはり帝国の陰謀しかないじゃない。
そんなことを思いながらキッと西の方角を睨んだ。
でも悲しいかな、そちらのほうを見ても、少し低いけど山々の連なりしか見えない。
そこから南へと視線を向けた私は……またも「はあ~」とため息を吐きだした。
南の山々は……赤茶けた色をしていて、年々隆起をしているのだった。
……って、なんのことだと思うでしょう。
でも事実なの。
その昔、この地に辿り着いた人たちは、南の小高い丘から海が望めることを喜んだそうよ。
そこに港を開いてよその国と貿易をしようと考えた。
なので、いい場所を選んで港をつくり始めたそう。
が、ひと月ほど経ったところで、港の建設を諦めざる得なかったんだって。
というのも、その場所は隆起するのが異常に早いからでした。
ええ、そうなの。まさかさ、たったひと月で一メートル以上も隆起するなんて思わないじゃない。
一年にしたら二十メートルよ。
……いや、違ったわ。どうやら隆起の速度は一定ではなくて、年によっては百メートルも隆起した年もあったんじゃないかな。
この国が出来て二百五十年くらい経つらしいけど、その間に小高い丘は立派な山脈になっているのよ。
二千メートルは軽く超えているのも知れないわね。
本当にため息しか出てこないわ。
あと、何の因果か南の山はとても脆くて崩れやすいの。
だから山々を超えて海に出ようなんて、考えるだけ無駄なのよーーー!