28 ちゃんと事実を認識してもらいましょう
「筆頭公爵家とあろう家なのに、教育もまともに出来ないだなんて」
「そのようなことは」
「あら~? まだお気づきになりませんの? 息子たちを変態になるように育てておきながら、それでも教育はちゃんとしたとおっしゃると?」
「ぐう……」
冷たい視線をお父様に向けてから、まだ立っているお二人へと目を向ける。
「ああ、違いますわね。そちらも教育は出来てないようですから、やはり離れて暮らしていても血筋というのは恐ろしいものですのね」
「「ええっ?」」
「あら、そうでしょう。人の物を勝手に処分しようだなんて考えるのは、そういう教育をなさっているのでしょう?」
「「あ、あの」」
私はすっくとソファーから降り、足を開いて床を踏みしめた。
そして両手を伸ばしてブラッキールとホワイティアに触れる。
「この子たちは私が見つけて助けたのよ。その子たちを魔物だからという理由だけで、私から取り上げて殺そうとするなんて。他の人の所有物であっても、奪い取っていいという考えを教えたのでしょう?」
「「申し訳ありませんでした!」」
おばと名乗った女性たちも、床に座ると手をついて頭を下げた。
……やっとかよ。
◇◇◇
床に座っている大人たちはブルブルと震えている。
顔色も白くなってきているみたい。
……まあ、そうなるようにしたのは私だけどね。
私はブラッキールとホワイティアに、この部屋に入ったらあることをするようにお願いしていたの。
それは……ホワイティアに冷気を出してもらい、ブラッキールには部屋の中にその冷気を広げて貰ったの。
少しずつ室温を下げていったからね。
みんなは気がついてないと思うけどさ。
「メル。なんであなたまで正座してるの?」
部屋を見回した私は、後ろを見て違和感に首を捻り、それに気がついて声をあげた。
「申しわけございませんでした。お嬢様にご家族のお名前をお教えしていなかったとは思っておりませんでした」
「やだ。メルは悪くないでしょう。そう言うことは家族である、両親が教えるべきでしょう。主の怠惰をメルが気に病むことはないわ」
そう言いながらメルの手を引いて立たせた。
「ねえ、メル。いっぱい話して喉が渇いちゃったわ」
「そうですね、お嬢様。すぐに果実水をご用意いたします」
「マリーアンヌ~」
そのままメルの手を引いて歩きだせば、お父様が情けない声を出した。
「なんですの?」
冷たい視線を向ければ、お父様は怯んだように目を逸らした。
「えーと、いつまで座っていなければ、ならないのかな~、って」
「はあ~?」
低い声で言えば、ビクリと体を震わす大人たち。
「なんで私に聞きますの?」
「それならもう、許してくれるのかい」
「謝罪をされていないのに、なぜ許さなければいけないんですの?」
そう答えてから私は思い出した。
「お母様と使用人の皆さんは立ち上がっていいですわ」
「なんで私は駄目なんだ?」
「お父様からは謝罪の言葉をいただいていませんもの」
私の言葉に愕然とした顔をするお父様。
「すまなかった、マリーアンヌ」
慌てて謝罪しましたけど、遅いですわよ、お父様。
「ねえ、お父様。それは何に対しての謝罪ですの?」
「何って、それは……」
そこで言葉に詰まるようでは駄目ですわね。
私は正座している人たちへと目を向けた。
「皆さまも先にきちんと謝ってくださったのなら、私もお話し合いをするつもりでいましたのに」
「それは、謝罪の言葉を言わせてくれなかったのは、マリーアンヌだろう」
呟くように言えば、これですか?
「あなたは、多分、私のお兄様ですわよね。私が最初に言ったのは、言い訳は聞きたくないですわ。その後に言ったことに対しても、驚き、茫然とし、否定の言葉を言われただけでしたわよね。叔父様方と従兄弟にしても同じようなものでしたわ。そしておばさま方に至っては、私を侮って舌先で丸め込もうとなさいましたわ。ねえ、そんな方たちと何を話し合えますの?」
正座している大人たちの顔色は蒼白くなっていますけど、知らないわ。
「行きましょう、メル。ブラッキール。ホワイティア」
私は座っている大人たちを避けて廊下へ出ました。ブラッキールとホワイティアも廊下に出てきたことで、肩の力を抜きました。
「お嬢様、お部屋に戻られますか」
「ううん。食堂に行くわ」
「承知いたしました」
歩き出そうとして、戸惑ったように私のことを見つめている使用人に気がついたので、とりあえずの指示を出すことにします。
「みんなは普段の仕事に戻ってください。その部屋のことは忘れてくれていいから」
「「は、はい。お嬢様」」
戸惑いながらもみんなはそれぞれの作業をするために散っていきました。
◇◇◇
私は食堂へと移動し、まずはメルローの果実水を頂いた。
それから貴重な塩味のビスケットと果物が目の前に置かれている。
塩味のビスケットと強調したのは……甘味はとても貴重だからなの。
砂糖……なるものは、この世界にはないんだよね。
なんでかな?
探せばある様な気がするけど、多分この辺りにはないのだろう。
そうなると甘味は樹液から作ったシロップか花の蜜を集めるかでしか、手に入らないんだって。
まあ、もう一つ手はあるんだけど、それは普通の人には難しいだろうね。
「あの、マリーアンヌ」
「なんでございましょうか、お母様」
思案することに没頭していたら、ためらいがちにお母様が声を掛けてきた。
普通に返事を返しただけなのに、なぜか傷ついた顔をするお母様。
意味がわからないわ?
「マリーアンヌ、その、普通に話して欲しいのだけど」
「普通? 私はいつも通りに話しておりましてよ」
「そんなー」
尚更ショックを受けたような顔をするお母様。
意味がわかんないってば!
「なぜ? 私たちが悪かったと、謝ったじゃない。なのに、なぜ、そんな他人行儀な話し方をするの?」
「はっ?」
私は口を開けてお母様の顔を凝視してしまいました。
「そこまで、嫌わなくてもいいでしょう?」
そう言ってハラハラと涙を流すお母様。
……なんだけど、何を言ってるのかな、この人は?
「お言葉ですがお母様、公爵家令嬢である私は、いついかなる時も、例え家族の前でも言葉使いに気をつけるようにお教えになったのはお母様ですわ。侍女長も賛同していましたから、これが普通ですわよね?」
そう言ってやれば、茫然とした顔で動きを止めるおか……母でいいか。
どうやら母はいろいろと夢を見ていたみたいね。
私がどういう子であるのか、今まで認識なさってなかったようだわ。