27 言い訳は聞きたくありません
「わかりました。それで条件とは?」
条件は武器の類を一切持ち込まないこと、靴を脱いで正座をすること、後ろ手に手を縛ること。
これが守られないのであれば会わないし、無理に部屋に押し入ろうとすれば、家を出ていくことにすると伝えてもらった。
メルが戻ってくるまでにかなり時間がかかった。
その間に私はある準備を済ませたの。
「お待たせしました、お嬢様。仰せのとおりにいたしましたので、ご安心ください」
「ありがとう。それじゃあ行こう、ブラッキール! ホワイティア!」
私は二匹に声を掛けると、扉を開けてくれているメルに頷いたのだった。
◇◇◇
応接室に入ると昨日会った人たちが床に正座していた。ちゃんと後ろ手に縛られてね。
((マリー、縄が緩いけどいいのー?))
(大丈夫、想定内よ。それよりもこれで話を聞いてくれないようなら、家を出ることを考えないとならないわね)
私は男たちの前に置かれたソファーへと座った。もちろんブラッキールとホワイティアが守るように両脇にお座りをする。
「私から先に言わせていただきます。言い訳は聞きたくありませんから!」
私の宣言に男たちは目を見開いた。それから、口を開こうとしたので言葉を発される前に続けた。
「大体兄とか言っていますけど、顔を合わせたことがない人たちに『会いたかった』と言われて、恐怖以外の何を感じろと?」
「「「「「なっ!」」」」」
なっ! じゃねえよ。
「それに邸に戻ってきた時に、寝ている私のところに来て寝顔を見ていたそうですわね。知りませんでしたわ。私の兄は幼女の寝顔を眺めるのが好きな変態だったなんて」
「「「「「へ、変態?」」」」」
「あら、違いますの? 私が起きている時に顔を合わそうとしなかったのは、寝顔を見るのが好きな変態だからでしょう?」
「「「「「ち、違う」」」」」
「それでしたら、なぜ今まで私と顔を合わせてくださいませんでしたの」
「「「「「そ、それは」」」」」
「私が可愛すぎて会話をしたら離れがたくなるから……なんて馬鹿な理由じゃないですわよね」
「「「「「……」」」」」
気まずい顔をして兄と思しき人たちは黙ったわ。
おっし! 兄たちは黙らせた。
「そちらは私の叔父と従兄弟と聞きましたけど、まさかあなた方もこの人たちと同じ、幼女の寝顔を見るのが好きな変態ですの?」
「「「「「違―う!」」」」」
「まあ、それでしたらなぜ今までお会いすることがなかったのかしら?」
「「「「「それについては……」」」」」
叔父と従兄弟たちも言葉に詰まりましたわね。
なにか後ろ暗いところがあるのかしら?
「それについては私から話させてくださらないかしら」
部屋の隅のほうに居た見慣れない女性が話しかけてきました。
見慣れない女性はもう一人いらっしゃるので、叔父という方の奥様なのでしょう。
「はじめまして、マリーアンヌ嬢。私はそこにいるギルベールの妻でラミリアと申します。私共はふだんこの国より三か国ほど離れた国におります。前回この国に戻ったのはマリーアンヌ嬢が三歳になられた頃でございますの。ですからなかなかお会いすることが出来ないのですわ」
「私からもご挨拶させてくださいまし。私はダルンフォード公爵様のもう一人の弟、ガリオンの妻のミリアムでございます。私共もこの国から離れて暮らしていますので、こちらに参るのは久しぶりでございますのよ」
淑やかに頭を下げる女性たち。
甘いわ。
私……ではなくてこの子たちが気がつかないと思っているなんて。
「そうでしたの。ですが、おかしいですわ。昨年、皆様はダルンフォード家にいらしてますわよね。それもこの子たちを見に。誰が気がついたのか知りませんが、この子たちを殺してその毛皮を売ろうと考えたのではありませんの」
「「滅相もございません」」
そう言いながらも、女性たちの声も体も震えているんだけど?
私は右手を、手のひらを上にして肩の辺りまであげた。その手にメルが棒を乗せてくれた。
扇ではないからね。
棒よ、棒!
それを私は横にあるサイドテーブルへと振り下ろした。
ガッ
ビクリと肩を震わせる大人たち。
「まさか、私を子供と侮っているのではないですわよね。それとも何も知らない子供で居させたいのかしら?」
私は左手の人差し指をたてて頬にあてて、首を傾げた。
「皆さまの望みは私を愛玩動物でいさせようということで、よろしいのかしら?」
「何を言うんだ、マリーアンヌ」
「そうよ。ちゃんとお勉強もしているでしょう」
お父様とお母様が慌てたように言った。
「ええ、そうですわね。家庭教師が雇えないから、お母様や侍女長などが教えてくださいましたわ」
そうでしょうと言うように、笑みを浮かべて頷くお母様。
「ねえ、それならば是非教えていただきたいことがありますの。ラミリアおば様、ミリアムおば様」
「「な、何かしら」」
「私のお父様とお母様の名前ですわ」
私の言葉にお父様たちに視線が集まります。
お父様とお母様はあり得ないことを聞いたというように、私のことを凝視してきました。
「いろいろ……この国の歴史などは教えていただいたのですけど、なぜか家族の名前は教えていただけないの。ねえ、それってダルンフォード公爵家の家訓か何かなのかしら。ああ、そう言えば、昨日はじめて会った、兄と名乗る人たちも、叔父だという方たちも、従兄弟らしい方々も、ご自分の名前を名乗りませんでしたわね。……そう、私に名乗る名はないということなのね」
「「「「「違う! そんなことは思ってない!」」」」」
「うるさいですわ! 声を揃えて叫ばないでくれます?」
冷ややかな視線を兄たちに向ければ皆さん黙りました。
そして二人掛けのソファーに座っていたお父様とお母様が床におりて正座をすると、私へと頭を下げてきました。
「ごめんなさい。まさか名前を教えていないと思わなかったのよ」
「そうだよ。邸では私たちの名前が呼ばれていただろう」
思わず「ハッ!」と低い声が出ました。
「お父様もお母様もバカですの? 常識で考えてくださいます? 自分の邸の主人を名前で呼ぶ使用人が居りまして?」
「いや、その、来客とか」
「へえ~、我が家に来客ですか? この国は貧乏で夜会どころかお茶会ですら、滅多に開かれないというのに? それに来客があったとして、幼女の私がその場に呼ばれるとでも?」
「「うっ」」
お父様たちの顔に冷や汗が浮かんでいます。
……あら? 気がつけば使用人たちも、主であるお父様たちに倣うように正座をしていますわね。