22 ピングドグマと守護契約
二匹はそれ以上成長しないように……じゃなくて、成長していることを気づかれないように擬態をしたのだった。
……いや、それよりも逆に周りに違和感を感じさせないように、少しずつ体を小さくしていたから、二匹の仮の姿は前より一回りは小さくなっているのよ。
『それよりどうしたの~。姉さんがおれっちっちを呼ぶなんて』
『あんたはー! 前も言ったけど、あねさんと呼ぶんじゃないよ!』
『エエッ~? でも、姉さんはおれっちより長く生きてるし、頼りになるじゃんよー。姉さんを姉さんと呼んで何が悪いんだようー』
秋のやり取りでピングドグマに尊敬の念を抱いたらしいブラッキールは、ピングドグマに懐いた。
懐いたといっても会えるわけじゃなかったから、会話上でだったけど。
いろいろ試行錯誤(ブラッキールなりだったけど)をした結果、“姉さん”呼びに落ち着いたのよね。
……ピングドグマは嫌がっているけど……。
私からしたら、お姉さんというよりお母さんに近いけどね。
……もちろん、そんなことは口に出さないよ。
出さないほうがいいよね?
『嫌がっているのにそれを続けるというのは、あたしに対する嫌がらせだよ』
『そんなー。嫌がらせなんてしてないよ~、おれっちは~』
『あたしが嫌だって言っている時点で、嫌がらせになるんだよ』
ピングドグマは少し疲れたような声で言った。
聞かないブラッキールが悪いとは思うけど、“姉さん”呼びくらい認めてくれてもいいのに、と私は思っている。
『さてと、会った途端に疲れさせられてしまったけど、時間もないことだし本題に入らせてもらうよ』
『ウーーー』
バッサリと言ったピングドグマに、ブラッキールは不満そうな唸り声をあげた。
『お嬢ちゃんがこっちに戻って直ぐに呼び出したのは、あたしからお願いがあるからなのさ』
「ピングドグマからのお願い? 私に出来ることなら何でもするよ」
私が食い気味にそういうと、ピングドグマから苦笑をしたような雰囲気が漂ってきた。
『こらこら。相手が何を言うのかわからない状態で、口約束をするんじゃないよ。人は紙に書いた契約が重んじられるようだけど、あたしら魔物は口約束でも、十分重んじられるのだからね』
「軽い気持ちで言ったんじゃないよ。ピングドグマにはいろいろ教えてもらって、助けてもらったもの。お礼をしたいと思っていたから、私で出来ることならなんでもしたいと思ったのよ」
『あんたは……あたしゃ、たいしたことは教えてないんだけどねえ。というより、あんたの親があんたに教えなければいけないことを、教えてなかったのが悪いだろうさ』
はい。そこは至極ごもっともだと思います。
でも、うちの国が貧乏なせいで、優秀な家庭教師というものは引く手あまたで、私みたいな幼女には家庭教師はまだ早いと、世間一般の常識だそうで……。
なのでこれまでお母様やうちの侍女長や侍女たちが、いろいろ教えてくれていたのよ。
でも、あちこち穴だらけで……私は、私が知っていなければいけないことを知らないことがあると、ピングドグマと話して知ってしまったわ。
まあ、そのことはそのうちに、指摘させてもらおうと思っているけど。(黒い笑いを浮かべながら考えた……)
『マリー、怖い思考が駄々洩れだぞ』
『そうだよー。ちょっち、怖いよー』
「えー。それはちょっと、ひどくない」
にっこり笑顔で二匹へと目を向ければ、なぜか目を合わそうとしてくれない。
『そのやり取りのことは聞かないことにするよ。……それでだね……お願い……しても、その……嫌なら断ってくれていい話なんだけど……』
珍しく言いにくそうに話すピングドグマの様子に私は首を傾げた。
今まで、言えないことについては教えられないときっぱり断るピングドグマが、ここまで切り出しにくい話なのだ。
私は背筋を伸ばして真っ直ぐピングドグマのことを見つめた。
「お話しして。そうでないと、私は判断できないから」
私の言葉にピングドグマの動きが止まった。
けどすぐに覚悟を決めたような声で言ってきた。
『それじゃあ、言わせてもらうよ。マリーアンヌ・ダルンフォード。あたしはあんたと守護契約がしたい』
「えっ? それって……前に出来ないって言っていなかった?」
『条件がクリアされたのさ』
「……ということは、次代の“見届け役”が誕生したの?」
『ああ。まだまだ引き継ぎは済まないけど、あたしが縛られる理由はなくなったのさ』
私は驚いて前に聞いていたピングドグマの事情を訊いてみたら、懸念事項がクリアされたと知った。
◇◇◇
ピングドグマという種族は一年のうちに二度卵を産んで成体となるそうだ。
春に蛹から成体になると、移動をしてそこで新しく卵を産む。
その卵がかえり成長して蛹の状態で夏を超える。
そして秋に成体となり卵を産み、冬を越すための力を蓄えて蛹となる。
つまりピングドグマの寿命は約半年ということだった。
そんなピングドグマだけど、その中で数体数年生きるものが居るそうなの。
それらは特別な役目を持っている。
“見届け役”と彼らは言うけど、それは記憶の“伝承者”でもあるそう。
それでも全季節を超えるのは三度……つまり三年が限度だったらしい。
なのに、このピングドグマはもう五年も生きている。
……ううん。もうすぐ六年になると言っていた。
普通に考えておかしいのだけど、それもこの地に来たことが関係しているのかもと、ピングドグマはそうも言っていたのよね。
でも、昨年まで次代の“見届け役”が生まれないことは、ピングドグマにとって不安であったそうなの。
というのも、本来なら”見届け役”は一体ということはなかったそうなのよ。
だけど、なぜかこの地に来て生まれた“見届け役”は彼女一体だけだったそうだから。
まあ、絶滅寸前までに個体数を減らしたことにより”見届け役”も生まれなかったのかもしれないとも、ピングドグマは言っていたけどね。
◇◇◇
ということは、今回生まれた“見届け役”は一体だけということはないようだ。
よかった~。
「よかったね、ピングドグマ。それならば、契約をしよう」
私がそう言うとピングドグマは『ちょっと待った』と言った。
『その前に聞いておきたいことがあるんだけど、あんたが前に言った“モモマル”というのは何から思いついたんだい』
「えっ? それは羽の模様からだよ。ピンク色の丸い模様が可愛くて」
『それならなんでピンクを入れなかったんだい』
「ピンクマルより、モモマルのほうが可愛くない?」
私の答えにピングドグマは暫し黙った。