15 話せることが知られていました?
さすがに口には出せないけど、心の中でそう思ったらブラッキールが「グフッ」と変な風に息を吐き出した。
((ブハッ! だめだよー、マリー。おもしろすぎる~))
(ちょっとブラッキール、馬鹿笑いしないでよ~)
((だから、マリーが面白いことを考えるのが悪いんだよ))
どうやら守護契約のせいで、ブラッキールに私が思ったことが伝わってしまうみたいだ。
これではヘタなことを考えられないじゃない。
無言でブラッキールを睨むと、ブラッキールはクウ~ンと甘えた鳴き声を出して、私へと体を擦り付けた。
途端に体が傾いで倒れ掛かる私。
待ち構えていたかのように支えてくれるホワイティア。
普段ならブラッキールに擦り寄られても、倒れかかることはなかったから驚いてしまった。
「大丈夫か、マリーアンヌ」
お父様が慌ててそばに来て私のことを抱き上げた。
私は大丈夫だからと言おうとして、お父様の肩に手を置いた手が震えていることに気がついた。
『やっぱりね。いくら仮契約をしていたからといって、魔物の中でも上位に入るクアールと契約して、影響が出ないわけがないだろうさ』
耳元で囁くようなピングドグマの声が聞こえた。
思わず辺りを見回そうとした私の耳に続けて声が届いた。
『安心おし。魔法でこの声はあんたとそいつらにしか聞こえてないさ。先ほどまでは気が張っていたから平気だと思ったんだろうけど、マナをごっそり持っていかれているんだから、立っているのも辛いくらいだろうさね。まあ、それを見越して契約を急いだんだろうさ』
『ウム。あの家の者たちはマリーに何かあれば、追及をするより休ませることを第一に考えるからな』
『そうなのー。難しいことはわかんなかったけど、おれっちの勘が“今だ”って、言ったのー』
ホワイティアとブラッキールもウンウンと頷いた。
「もしかして転んだ時にどこかをぶつけたのか」
私の体を視認して怪我がないか見ているけど、血が滲んでいるようなところが見つからないようで、オロオロとしているお父様。
「お屋形様、ここでは何も出来ませんので、戻りましょう」
「そ、そうだな。マリーアンヌ、なるべく急いで戻るからな」
そう言うとお父様は早足で歩きだした。
本当なら走り出したいところだろうけど、邸までは距離があり過ぎる。
「なぜこのような時に馬が使えないのか」
騎士の誰かがこぼした言葉に、並走するブラッキールとホワイティアはビクリと体を震わせた。
『ああ、そうだったねえ。クアール。あんた、契約によって風魔法が使えるようになっただろ。馬たちに言ってこいつらを迎えにこさせるといいよ』
『おれっちが風魔法? わかった。やってみるー』
ブラッキールは歩きながら魔法を使ったようで、唸り声を少しだしたと思ったらすぐに聞こえなくなった。
しばらくすると邸のほうから、から馬を引いた騎士たちがこちらへと来た。
短い遣り取りのあと、お父様に抱かれたまま馬に乗り、邸へと戻ったのでした。
ぐったりとした様子の私に、邸中が上を下への大騒ぎとなった。
私はすぐに部屋に連れていかれて、体を綺麗してもらってからベッドへと寝かされた。
この間の私は意識ははっきりしているのだけど、体を動かすのがすごく億劫になってしまっていたの。
どうやらマナ……魔力を持っていかれたことで、疲労困憊となったみたいだ。
邸に戻るまでにピングドグマが話してくれたことによると、こうなるのは普通のことみたいだった。
というよりも、契約直後に普通にしていた私がおかしかったらしい。
で、疲れからか私は熱を出して翌日も寝込むことになった。
熱が下がった翌々日もベッドから出してもらえなかった。
心配したみんなが、交代で張り付いて……じゃなくて、看病してくれたことは嬉しかったけど、鬱陶しくもあったわね。
で、実は私はホワイティアとも守護契約をしちゃいました。
だって、どうせベッドで寝ているだけなら、契約しちゃっても大丈夫かなって思ったからね。
それにホワイティアの言葉は私以外にはわからないもの。
でも念のため、メルが私についている時に契約をしたわ。
ワウワウとホワイティアがしゃべるように鳴いていたら、不審に思う人がいるかもしれないから。
メルは「ホワイティアは何て言ってるんですか」とのんきに聞いてきたから「荒野の風で体を冷やして体力を奪われたんじゃないか」と言っていると答えたら「ああ。そうですよね。マリーアンヌ様はお小さいですからね。すみません。もう少し風よけになるものをご用意すればよかったです」と、落ち込ませてしまった。
こちらこそ、ごめんなさいだよ。
◇◇◇
もう一日様子を見るためにおとなしく部屋にいたから、今日はあの日から四日後です。
私は今、家族用の応接間に居ます。
この前のようにお父様、お母様、執事長、侍女長がいて、他に我が家の騎士長もいます。
私の椅子の左右にはブラッキールとホワイティアがお座りしていて、メルも一歩後ろに控えているのよね。
「マリーアンヌ、大事が無くてよかったわ」
「ご心配をおかけしました、お母様」
まずはお母様が優しく語りかけてきた。
「ええ。本当に心配したのよ」
そう言うとお母様は手に持っていたハンカチを目元に当てた。
「私はあなたが一人で荒野に置き去りにされたこともだけど、その子たちがあなたのもとへと行かせまいとしたことも、すごくショックで……」
ヨヨッと声をあげて泣き出したお母様。
……いや、泣きまねですよね。
涙出てないですもの。
「それなのにあなたが転んだのを見て、いち早く駆けつけて。……私たちは馬が使えずに徒歩で向かうしかなかったというのに……」
あれ?
なんか、風向きがおかしい気がする……。
「ねえ、おかしいと思わないかしら、マリーアンヌ。我が家の馬たちはとても優秀で誇り高い子たちなの。今まで私たちの言うことを聞かないなどということはなかったのよね」
お母様は意味深にそういうと、ハンカチから顔を上げた。
……やっぱり泣いてないじゃん。
……ではなくてー!
やばい、やーばーいー!
バレているよね、これは。
「ねえ、いくらブラッキールとホワイティアが賢い子たちだとしても、まるで人の言葉がわかっているように、行動できるのかしら?」
お母様は首をゆっくりと傾けた。
「ねえ、マリーアンヌ。あなたはその子たちとお話ができるのではなくって?」
私は言い訳をしようとして……言い訳と考えた時点でもう駄目だと気がついた。
ははっ。
バレてーら!