14 さて、まずは誤魔化しから
ホワイティアにまで言われてしまい、私は困惑をした。
『お願いだよー、マリー』
ブラッキールは真剣な顔で私のことを見つめてきた。
「わ、わかったわ」
私は覚悟を決めると立ち上がった。
ブラッキールも立ち上がり私と向かい合う。
「ピングドグマ、確認よ。契約の言葉を言うのはブラッキールだけでいいのね」
『ああ、そうさ。さっきの説明では省いたけど、本来は魔物と心を通わせてから、名前を贈りたいと人が言うのさ。それを了承することで契約となるんだよ。あんたたちはそいつらが幼かったこともあり、名付けの受け入れをしているだけになっているんだろうね。だから、あとはそいつらが“言葉”で了承すれば契約は完了するだろうさ』
「ありがとう。じゃあ、ブラッキール、あなたの言葉を言って」
私がもう一度確認のためにピングドグマに問うと、分かり易く教えてくれた。
『おれっち……いや、我、は、マリーアンヌ・ダルンフォードの名付けし“ブラッキール”を我が名とし、マリーアンヌとの守護契約を結ぶことを願う。我の命尽きるまでマリーアンヌを守り抜くことを誓う』
ブラッキールが低い声で契約を高らかに叫んだ。
「これからもよろしくね」
私はそっとブラッキールの鼻先に触れて目を閉じた。
その時、私の中から何かが抜けて行くのを感じた。
ヨロリと体が傾いだ。
すかさず、ホワイティアが私を支えるように受け止めてくれた。
『す、すごい。これが守護契約?』
ブラッキールが左の前足を持ち上げて足先を見ている。
私にはわからないけど、何か変化があったのだろう。
『あんたは大丈夫かい』
「あー、はい。少し、驚いたけど、大丈夫、です」
ピングドグマに言われ、私はホワイティアに体を預けながら、両手両足を順番に動かし、最後に立ちあがった。
何かが抜けた時にはふらついた体も、今はもう大丈夫だ。
『そうかい。あんたは思ったよりもマナが多いのかもしれないねえ。……それで、もうすぐ人が着くよ。言い訳は考えたのかい』
視線を邸のほうへと向けた私は、かなり人が近づいてきたのを見た。
「多分、何とかなると思うの」
『そうかい。それじゃあ、あたしはもう何もしゃべらないからね』
そう言ってピングドグマが黙ると本当にそこに居るのかわからなくなった。
それとも、ゆっくりとまだ動いているのだろうか?
『それでマリー、どうするんだ』
『そ、そうだった。おれっちっちがここにすっ飛んできたから、人も何事かあったと思ったよね』
「あー、そうだよ。ふたりが門のところでみんなを足止めしていたのに、いきなりこっちに来ちゃったからね。そう思われたよねえ」
私はそう返答しながら頭の中ではフル回転で考えた。
「えーと、ふたりの目でなら、門のところからここにいた私の様子ってわかった?」
『ムッ。姿は見えていたな』
『おれっちも見えていたよ』
「それなら、私が転んだのが見えたから、飛んできたでどうかしら」
私の言葉に二匹は暫し考えた。
ホワイティアが右前足を上げてちょいと私の胸の辺りに触れた。
『これなら転んで汚れたように見えるであろう』
『いや、もう少し汚した方がいいよね』
ブラッキールも前足をスカートへと当てて汚れをつけた。
「って、ブラッキールの足跡が着いちゃったんだけど?」
『それぐらい誤魔化せるであろう』
『そうそう。きれいにしようとして逆に汚すってのは、あるもんね』
「そうかな~?」
ブラッキールの長いしっぽが私の頬に触れた。
『フム。それはいい具合の汚れであるな』
ホワイティアが満足そうに頷いた。
どうやら毛の先に土をつけて頬を汚してくれたようだ。
私はチラリと近づいてくる人たちのことを見てから、服の汚れを落とそうとしているように、パタパタと服を叩いた。
ブラッキールが私に近づくと頬を舐めた。
ザラリとした舌触りがくすぐったくて、クスクスと笑った。
「マリーアンヌ!」
大きな声で呼びかけられて、私は驚いた顔をした。
「お父様! ……どうして歩いてこられましたの?」
近づいてきた大人たちは……全員歩いてきていた。
「それが……馬が言うことを聞かなくてな」
騎士の皆様は憮然とした顔をしていますね。
……というか、知ってるし。
ブラッキールとホワイティアが威嚇したからよね。
((それは違うよ。馬たちはマリーのためだと話したら、協力してくれただけだよ))
(あれ? ブラッキール、なんで私が考えたことが分かったの?)
((それこそ、あれだよ。心話ってやつ~))
(おー、これがー)
こっそりブラッキールと話していたら、辺りを警戒していたお父様たちが私へと聞いてきた。
「ここで何があったんだ、マリーアンヌ。ブラッキールとホワイティアが突然走り出したから、お前に何かあったのではないかと、心配したんだ」
「それはすみませんでした、お父様。どうやらふたりは私が転んだのが見えたらしくて、心配して駆けつけたようです」
もう一度胸の辺りをパンパンと払う私を見て、何とも言えない表情をする大人たち。
「だ、だが、その、大きな魔物が、お前のそばに居たという者があってだな」
お父様はあたりを見回しながらそう言った。
どうやらこの中に目が素晴らしくいい人がいるようだ。
「魔物? ですか? えっ? そんなものは見ていないですけど」
勿論、私はとぼけますとも。
「いや、そんなはずは……」
「そうです。遠目ではっきりしませんでしたが、あれはモモンスラーという魔物でした」
うおーい!
分かったのかーい!
……じゃなくて、しらばっくれますとも。
「えー。そんな魔物が居たのなら、この子たちが黙ってないと思うんだけど?」
「そう、なんだよなー」
お父様も困ったように相槌を打った。
けど、ハッとした顔をしてから、私へと怖い顔を向けてきた。
「こら、マリーアンヌ。勝手に邸を抜け出しちゃ駄目じゃないか。昨日に引き続き今日もだなんて」
「それはお父様たちが私の話を聞いてくれないからでしょう。責任を転嫁しないでください」
「一人で出るのは危ないだろう。何かあったらどうするつもりだったんだ」
「そこはブラッキールとホワイティアが駆けつけてくれますから、大丈夫ですわ。げ・ん・に! 先ほどもあっという間に目の前に来てくれましたもの」
「お前は、いつからああ言えばこう言う子になったんだ!」
お父様が嘆くように言って天を振り仰いだ。
「失礼しちゃうわ。私の言葉を聞いてくださらないのに。私がとても悪い子みたいに言うなんて」
「だから、そんな減らず口をどこで覚えたんだ!」
前世の知識からですけど?
なにか?