12 守護契約って……ええ~!
『さて、その守護契約なんだけど、先ほどあたしが怒ったことでわかっただろう』
「はい。名前を付けることが、契約になるんですね」
私はピングドグマの言葉に体を縮こまらせるようにして俯いた。
知らなかったこととはいえ、私はピングドグマに無理矢理契約を強要してしまったようだ。
『ああ、そうさ。だけど安心おし。あたしとあんたの間には契約は結ばれちゃいないからさ』
「……はいっ?」
私はパチパチパチと三回瞬きをしてから顔を上げた。
『あのさ、よーく考えてごらんよ。名前をつけたくらいで、簡単に契約が結ばれるんだったら、魔物を連れた人がたくさん歩き回っているだろうさ』
「あっ、確かに」
言われてみればその通りだった。
魔物を従えることが出来る守護契約というものがあるだなんて、私が読んだ書物には書いてなかった。
『つまり守護契約には条件があるのさね』
「条件……ですか」
私はゴクリと唾をのみ込んだ。
どんな厳しい条件があるのだろう。
『それは魔物のほうも契約を受け入れる気がある。というのが必須条件なのさ』
「……はいぃーーー?」
私はひきつった声をあげた。
えっ?
そんなものなの?
『あのねえ、よーく考えてみてごらん。そいつらと契約をした時のことを』
「えーと、ふたりを助けた時は、まだ小さくて……」
ということは、小さかった二匹に名前があった方がいいとつけたのが……守護契約だったと?
えっ?
猫と犬だと思って名前をつけたそれが??
『まあ、守護契約と言っているけど、そこの二匹は小さかったことから、仮契約をしたことになったんだろうさね』
「仮契約ですか」
『そうだとも。あたしが聞いている話では、守護契約を結んでいれば遠く離れていても心話で話ができるはずだからさ』
あー、だから、私が二匹を呼べないと言ったんですねー。
『それにさ、下手な相手と守護契約を結んだりすると、人はマナをごっそり持っていかれるからねえ。自分の身が可愛いのなら、あんな手軽にホイホイと契約を結ぼうとするんじゃないよ』
「えっ? マナ……って?」
『マナは魔力のことさ。この世界に生きるものなら、どんな生き物でも持っているのさね』
「そ、それじゃあ」
私はワクワクとしながら聞いた。
「私も魔法が使えるようになるの?」
『あーーーー』
ピングドグマは気まずそうに目を逸らした。
『そうか、あんたは知らないんだったね。人は……魔法を使うことが出来ないんだよ』
「えっ? ど、どうして?」
『昔、やらかしたものが居たとかで、神が怒って、人から魔法の才を取り上げたのさ』
あんまりな話に私は目の前が暗くなった気がした。
あの王太子のせいで、魔法がある世界なのに魔法が使えなくなったなんて。
そんなことを思っていたらピングドグマの話の続きが聞こえてきた。
『もう……五百年くらい経つのかねえ。人が魔法を取り上げられてから。そうそう、守護契約がなされなくなったのも、そこからだね。あれかねえ。魔法が使えなくなった人は、守護契約も出来なくなったとでも思ったのかねえ~』
のんきにそんなことを言うピングドグマのことを、思わず凝視してしまった。
……の前に、やらかした王太子さん。
あらぬ疑いをかけてごめんなさい。
魔法が使えなくなったのは、もっと昔の人がやらかしたせいだったようです。
でも……そうかー。
もし転生の条件に“魔法を使えるように”としていたら、ここではない世界に行っていたのかー。
『おっと、いけないねえ。また余計なことを言っちまったい。時間もないことだし守護契約のことを説明しちまわないとねえ』
ピングドグマは視線を一度邸のほうへと向けてから、私のことを見つめてきた。
『さっき説明が途中になったのはマナのことだったね。守護契約を結んだ魔物は契約主のことを守るんだけど、もちろん代償はもらっているのさ。それがマナ……魔力というやつさね』
「えーと、魔法を使えなくされた時に、人から魔力を失くさなかったんですか」
『あたしは神じゃないからわからないけど……それをすると不都合があったんじゃないのかい』
「不都合ですか?」
『そうさ。この世界はマナで満ちているからね。人のマナを奪ってしまうと、生きていけなくなる……とかじゃないのかね』
ピングドグマも詳しいことは知らないようね。
『だけど、そのおかげで守護契約が出来ると思えば、人にとってはいいことではないのかい』
「そうかもしれないです……けど、でも守護契約についてはうちにある書物にも書いてなかったんですけど」
『ああ、それは仕方がないことさ。魔法が使えた時に守護契約は頻繁に行われたのさ。けど、魔法が使えなくなってからは……守護契約が出来なくなったと思ったんだろうね』
「どうして出来なくなったんですか」
『それはあれさ。言葉がわからないんじゃ、契約が出来たのかどうかわからないだろう。そんな不確かな状態じゃ安心はできないだろ』
ピングドグマに言われて私は納得した。
たぶん魔法には他の生き物と意思疎通を図ることが出来るものがあったのでしょう。
それが魔法を使えなくなったことで、失われてしまったのだろう。
『ということで、あんたたち。ちゃんと守護契約を結ぶのかい』
ピングドグマはブラッキールとホワイティアへと目を向けて言った。
二匹は顔を見合わせてから、渋々という感じに口を開いた。
『別に我は、このままでも困らないが』
『そうだよ。マリーとは仲良しだから、今のままで十分さ』
『やれやれ。そんなんじゃ、肝心な時にこの子を守れないじゃないか』
ピングドグマは前足を持ち上げると、肩の高さに持ち上げて……えーと、人が手のひらを上に向けてヤレヤレという動作……みたいなことをした。
……最初から思っていたけど、このピングドグマは何となく人間ッポイ仕草をするのよね。
『ナッ! 我がマリーを守れないというのか!』
『ひどい! 侮辱だ!』
『あたしは事実を述べただけだよ。そんな不完全な契約じゃ、この子のピンチがわからないだろうさ。現に心話は出来ないじゃないか』
二匹はグッと息を詰まらせた。
お互いの顔を見て、暫し見つめあっていた。
『で、では聞くが、守護契約をすることで、我らに何か利点はあるのか』
『もちろんだとも。主からマナを供給されることにより、主と同じ感覚を味わうことが出来るのさ。あと、能力が飛躍的にアップするね。それから、あんたらのマナも安定するから擬態をしたとしても、他のものから簡単には見破られないようになるだろうさ』