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1 私、マリーアンヌ。ただいま五歳よ!

 

「はあ~」


 だれも居ないのをいいことに、私は盛大なため息を吐きだした。

 お嬢様としては、はしたないことだろう。


 うん。

 侍女長にでも見つかったら「お嬢様、淑女というものは……」と、またお説教が始まるわね。

 だけど、いま、ここには誰もいない。


 私は目に入る景色を見回して、もう一度ため息を吐きだすと、一言こぼした。


「しくったなー」


 と。


 ◇◇◇


 私の名前はマリーアンヌ。歳は五歳よ。

 一応公爵家の娘だったりするわ。


 それから……前世の記憶持ちでもあったりするのよね。


 ……いや、なんのこっちゃと思うわよね。

 私だって他の人から「前世の記憶があるんです」なんて言われたら、その人の頭を疑うもの。


 でも私の場合、特殊事情によりこの世界に転生したからね。

 前世の記憶も残してもらえるように、お願いして叶った結果なのだから、別におかしなことではないのよ。


 そう、前世の世界のラノベで流行っていた異世界転生とはわけが違うわ。


 ……違うよね?


 えーと……違う理由を話した方がいいかしら。


 私の前世は当時二十六歳の会社勤めの女性だったんだ。

 それが、ある日ぽっくりと亡くなってしまったのよね。

 うん。

 本当にぽっくりと。


 そして気がつくと私は宙に浮かんでいて、亡くなった自分の姿を見ていたのよ。

 勿論、私が亡くなったことで嘆き悲しんでいる家族が私の姿に……たぶん霊体の私に気がつくことはなかったけど。

 病院に運ばれた自分に……いや、家族にかな? 

 えー、とにかくくっついていくと、医者から最近の異常な暑さにより体が弱っていたことによる、心臓麻痺ではないかと説明された。


 家族が……だけど。


 どれくらい時間が経ったのかわからないけど、家に戻るための手続きをしている家族のそばに居る私。

 ふと、これからどうしたらいいのだろうと思ったところに声が聞こえた。


『あー、こんなところに居た~! 探しましたよ』


 声を掛けてきたのは、黒いローブみたいなものを着て長い柄の先に鎌がついたものを持った人。


 人……なのかな?


 私と同じに宙に浮いていたからね、その人。

 その姿がまるで死神みたいと思ったのよ。


『そうです。私は死神なんですよ』


 口に出していないのに、考えを読み取られてびっくりした。


『えーと、とにかくいろいろ説明しなきゃならないんで、ついてきてもらっていいですか』

『はあ~』

『ご了承ありがとうございます。それでは行きますよ』


 了承したわけではないのよ。気の抜けた相槌だったのよ。


 そう思っている私のことにはお構いなしに、死神は私の手を取って上へと上がっていく。

 咄嗟に振り返った私は、天井をすり抜ける前に憔悴した顔の家族の姿を目に焼き付けたのだった。


 で、連れてこられたのは雲の上だった。


 いやいや。

 雲の上と見せかけて、実は神界らしい。


 ど・こ・が?

 ここが?


 というのも、目の前には自称神様と言われる方々が並んでいたからね。


 そして……その方々が私に正座をして頭を下げているのよ。


「えーと、頭を上げていただけないでしょうか」

「では、我らがしたことを許していただけると?」

「いやいや、その前に訳が分からないから、説明して欲しいんですけど」

「あー、そうじゃった」


 というわけで、顔を上げた神様方から説明されたのは、手違いで私を死亡させてしまったということ。

 なんでも、うちと一つ隣の地区……えー、うちが二丁目でそちらが三丁目で……それ以外の番地が同じ住所に、私と同姓同名の方がいらしたそう。

 本来ならその方が本日あの時間に心臓発作で亡くなるはずだったのが、私と用紙が入れ替わっていたのに気がつかずに、判を押してしまったらしい。

 で、時間になり死亡者リストに沿って魂を引き連れに来たら……本当の死亡者はピンピンしていて、死神さんは驚いたという、ね。

 それでもちゃんと死神さんは仕事をして、その方を連れて行ったはいいけど、死亡時間の誤差が気になって報告をしたところ、用紙の入れ替わりに気がついたんだって。

 これが死後三時間以内ならどうにかなったらしいけど、病院に搬送されて死亡確認をされた後ということで、生き返らせることは叶わなくなったとか。


 ここで、神様たちから三つの提案をされたの。

 一つ目は、このまま元の世界に生まれ直す。ただし記憶はなし。今の家族とは没交渉になる。

 二つ目は、神様の過失によるものだから、好きな世界に転生させる。もちろん、記憶を持ったままでもいい。アンド、特別な加護を(さず)けてくれる。他に条件があれば、可能な限り叶えよう。

 三つ目は、もしよければ神様の世界で働いてみないか。その場合記憶はそのまま。お仕事ということで、給料や休日はちゃんとする。


 というものでした。

 考えた結果、異世界に転生を希望したのよ。


 条件は記憶を持ったままで。ただし、赤ちゃんの間は曖昧に過ごしたいから、はっきり思い出すのは三歳を過ぎてから。

 特別な加護については“動物の言葉がわかること”にしたの。

 前世の私は動物にアレルギーがあって、触ることが出来なかったから、次の世界ではモフモフの動物たちと戯れたかったのよ。

 あっ、そうそう。その、アレルギーはもちろん無しにしてもらうことは忘れなかったわよ。


「ホウホウ。それだけでいいのかのう」

「えーと、他に……って……。じゃあ、逆に勇者や聖女になるのは嫌なので、そういうのは無しでお願いします」

「ええ~、それでいいの~?」

「もう一つ。ゲーム世界に転生とかもあるみたいですけど、それも無しで」

「あらあら。あなた、ヒロインになりたくないの?」

「はい。面倒なことはなしでお願いしたいです。出来れば普通に生きていければ、あとは何も言いません」


 神様たちは顔を突き合わせると、なにやら小声で相談を始めたの。

 そして纏まったのか、女神様が晴れやかな顔をして言ったわ。


「決まったわ。それじゃあ、あなたには〇〇〇〇の世界に行ってもらうわ。あなたが言うように、魔王が現れて勇者や聖女を必要とする、なんてことはなくて、ゲームや本がもとになった世界ではないところよ。まあ、いろいろ大変かもしれないけど、頑張ってね」

「……はっ?」


 ニコリとした女神様の綺麗な笑顔に一瞬見惚れてしまい、言葉が頭の中に入るまで時間がかかった。

 そして、問いただす前に私は輪廻の渦へと投げ込まれたのだった。


 最後に見えたのは神様たちの、嘘くさいくらいにいい笑顔で手を振っている姿だった。


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