富士子編 92 歩行者天国
シーン92 歩行者天国
半年が過ぎ
富士子が生き初めた日々は、毎日の朝食作りを担当している。そんな富士子を見て浮子は「これで、いつでもお嫁にいけますね」と言うが、「そうね」と応じる富士子には全くその気はなく。
国男と浮子とねことで富士子は朝食を摂り、ランニングシューズを履いて自宅を出る。歩きながら空を見上げたり、樹々を眺めては季節の移り変わりを感じ、道端に咲く草花を見つけては足を止めて見入ったり、打ち合わせの内容を考えたりしながら、要と待ち合わせした駅から地下鉄で通勤するようになっていた。
今の私をあの人が見たら目を丸くするだろう。そうよ、人生を楽しんでる。またあなたと会う日が来るまで、そうすると決めたの。その日まで、あなたの隣りを空けておいてください。そして、どうかお願い、私を待っていて。
移動中、私は要さんのスマホにダウンロードしてあった音楽を聴いて過ごす。初めてテレサ・テンさんの“別れの予感“を聴いた時、不意をつかれて号泣してしまった。「チキショウ!」と呟いて泣く私の隣に座っていた男性が、私の顔を見て怪訝な表情で席を立ち、「すみません」と謝ったら周りの乗客に顔を交互に見られた。謝った事で状況を悪化させてしまったといたたまれず、次の駅で電車を降りた。ホームで泣く私の脳裏にあなたの面影が浮かんで泣き笑いしてたら、ふと、あなたに抱きしめられたような気がしたの・・・ありがとう。
曲は“香港“に移り、サビまで聴いてこれ以上はテレサ・テンさんは無理と涙を拭った富士子は、気持ちを代弁する“Can’t Wait “に変えて出勤した。
あなたが聴いていた音楽は情感を歌ったものが多い。あなたの望郷を感じる。海外での生活が長かったのね、きっと。私がそばに居たならばって・・なんの根拠もなく、そう簡単に・・思えてしまう。普通に出会いたかった・・・・でも、普通だと出会える接点なんかなかった・・・。運命はサイコロの目に似て、全ては偶然で必然なのだと心の棘を収めてみても、音楽に情を刺激されて、流されて・・・そして、私は思う。
なぜ!!死んだ!!!・・と。・・どうして、ここに、いない!!!!・・って・・・・・初恋は本物だと・・・・人は言う・・・
そしてまた、私は張り裂けた心を懲りもぜず、引き裂く。きっと、あなたに笑われる、ドMかって。違う、あなたを愛しているだけ。ちきしょう!どうして!!・・・どうして・・・・あなたは・・・・
あなたと知り合うまで、知らなかった感情が張り裂ける。
共に歩く姿を想像してしまう。あなたの横顔に話しかけて笑い声を上げながら、ランチメニューでキノコのクリームソースとボンゴレで迷ったとか、マフラーを新調したいとか、ハイヒールでまたマメが出来たとか言って、しょうがないなって、ガンダムカットバンを貼ってもらいながら言われたいし、あの映画の吹き替えどうなの?とか、ゴツゴツする手に触れながら、痛いからとか、何したらこうなるのとか聞いてあなたを困らせたい。電話して、どこにいるの?とか聞いてもみたいし、あっ、今、どこにいるの?天国⁈まさか地獄ではないでしょう⁈どっちでもいいから教えて!!間違えたら、私はまた一人になっちゃうじゃない!今度のデートは海を見に行きたいなんて言いたいし、その癖やめてだとか、同じ香水使うなとか言われてもみたい。そんなたわいのない会話をあなたとしたかった。あなたと・・・・そう思わずにはいられない。
でも、あなたが残した言葉はスマホに入っている音楽だけで、私の知らないあなたを語り続けるのは音楽で、死にたくなるほどに嬉しくなったり、死にたくなるほどに虚しい一日を過ごしたりしてるのよ。
そっちに行ってもいい?・・・って、思う日も正直ある。
でも、生きなくては。
残酷で、甘美な日々を生き続けなければ・・
あなたは、私と息づいている。
投げ出しては、いけない。
あなたを、2度殺すことになるから。
毎日、踏ん張ってる。
朝の出勤を除いては変わりなく、中田さんが運転する社用車を使っている私に父は3日前「電車通勤はやはり心配だ。電車を使うならボディーガードをつける」と言った。そろそろ電車通勤を、1人の時間を、諦めなくてはならない時期なのかもしれない。
父は知っている、私の想いを。
会社の正面玄関を通るたびに、閉鎖されているプチ・トリアノンが目する度に、再開させよう思っていた。会社の公式ホームページに募集を出した。キッチンカーで曜日ごとに国を決め、各国の料理を提供している日本人オーナーからの応募があった。浮子と食べに行き、身元調査を経て、プチ・トリアノンを任せる事にした。そうやってまた一つ、心の節目を紡いだ。
たまの日、父と浮子の3人で待ち合わせをして、外食に出かけるようにもなった。昨日もそうだった。「お嬢様、今夜いただくステーキのタレを自宅で再現しとうございます。味を覚えておいてくださいまし」と言ってニコリと笑う浮子に、「確か商品化されてて、ネットで買えたはずよ」と言うと、浮子は「風情のないことをおっしゃらないでくださいまし」と言ってツンとした。前を歩く父が私たちの会話を聞いて振り返り「店で出しているのは秘伝のタレだ。女将に分けてもらえるか尋ねてみるか?」と言った。「それでは面白味に欠けてしまいます」と応えた浮子は3人で出かける時、洋装のどこかに流行のトレンドを取り入れて、とてもお洒落して来る。
私は本棚にハンガー掛けしてある革ジャケットに日々の生活を話し、たまに愚痴を言い、たまに抱きしめて泣く。日々の生活の中で先のことは考えず、今の瞬間を大事に、自分が抱く興味を大切にしながら、時を慈しんで生きている。
ある日曜日、富士子は宗弥に誘われて原宿のフリーマーケットの催しに出掛けた。
ぶっ飛ばし笑顔の宗弥が「あとでなんか買ってやる。まずはなんか食べよう。何がいい?」と言った。「ホットドッグが食べたい」と答える。宗弥はバーガーショップを探しながら「飲み物は0で、ハラペーニョは無しでいいか?」と私に聞いた。
宗弥も元気になった。体格も以前のようになって、昔のように笑う。だけど、瞳に影を宿している。宗弥も・・・要さんを亡くして寂しいのだろう。それでも私たちは要さんの話はしない。2人とも分かち合えるほど、要さんを思う気持ちは枯れていないから。ただ、いたわり合って、より添って、相手の心が割れないように支え合っている。
店を見つけた宗弥が足早に歩き出し、私は「今日は、ハラペーニョに挑戦してみたい!」と大声で言う。振り返った宗弥はチラリと私を見て、前を向きながら右手を上げ「おお!いいね。俺も付き合う」大きな声で叫んだ。店の前のフリースペースに置いてある、4人掛け丸テーブルの椅子に腰掛けて宗弥を待つ。何気なく見上げた青空に一筋の飛行機雲を見つけた。
自然と笑みがこぼれ、あの日を思い出しながら見ているとスマホが鳴った。
ホワイトジーンズの後ろポケットから取り出して画面を見ると、知らない番号からの着信だった。気にせずONにして「尾長です」と名乗る。
了
『国守の愛、富士子編』は以上で完結となります。拙く、表現方法は乏しく、読みづらいであったろう文章を、最後まで読んで頂きましたこと感謝いたします。ありがとうごさいます。なお、この作品はフィクションです。なんらかの政治団体と、この作品と筆者は一切関係ありません。宜しくお願い致します。




