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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
89/92

富士子編  89 墨色の紙袋



   シーン89 墨色の紙袋



 自室に入るとカギを閉めてベットにねこをろす。ねこは私の顔を見て「ニャー、ニャ」と鳴き、「ねこ、どうしたの?今日は朝からよく鳴くわね」とかたり掛けた。



 ベットに座ってねこのあごの下を、くすぐるようにでてやる。ねこはあごを伸ばしてグルグルとのどを鳴らした。そうしているうちに、目のふちに悲しみの影が落ちて来る。



 思い立ってクローゼットに入り、左側の衣装ダンスの上に置いたトートバッグを手にして、ベットの窓際側に腰掛ける。バックの中から木細工きざいくの小物入れを取り出す。ふたをとり、内に入っている物を一つずつ、ベットの上に置いてゆく。興味をしめしたねこが身を寄せて私の行動を見ていた。ねこの背中を右手で3度なでて「お前も一緒にね」と言った声はかすれていた。



 ペットボトルのふた。差し出してくれた手はゴツゴツとしていて大きく、てのひらふしぶし々に硬くなったマメがあった。元は綺麗で伸びやかな指と手をしていただろう。どれほどの修練しゅうれんんだのか・・・



 電子マネーカード。誠実な言葉に、素直に受け取れることが出来た。



 梱包こんぽうされたままの戦車のスマホストラップを見て「あっ」と小さな声が出る。タンスからビニール袋に入ったままのTシャツを取り出してベットに並べる。カレーライスのお礼だと晴れやかに笑った。“男は黙って痩せ我慢“ の意味を私は今になって理解した。



 なぜ、戦車だったのだろう。



 思い出は当然なにも教えてはくれず、落胆が果てない喪失そうしつに変わる。



 本棚の前に立ち、求めるように墨色の紙袋を引き寄せて抱きしめる。



 トボリ、トボリとベットの窓際がわに戻って腰掛ける。ねこは膝の上にある紙袋の角を嗅ぎ始め 「気になるの?」と話しかけたらズンと心が落ちぶれた。



 喪失は今や、私の一部だ。



 窓越しに見上げた空は私とは裏腹にどこまでも清く、青く、遠く、無心で見つめているとねこがまた「ミャー」と鳴き、頭をクシャリとでてやる。



 墨色の紙袋を抱えたまま、ズルズルとベットから下りて横座りする。紙袋の左右をふさぐ、2つの黒のダブルクリップをはずす。



 アーバンノートの香りに心臓がドキリとねた。

 首をうなだれ、香りにもれて、滂沱ぼうだの涙を流す。



 このんで着ていた黒革のライダースジャケットを取り出した。最後になった日、肩にそっと掛けてくれた。私は傷心の怒りと共に投げ捨てた。



 あの時が、脳裏によみがえる。

 あれが最後になったとは無念すぎる。

 慚愧ざんきには遅い。



 ジャケットを抱きしめる。

 香りが私を包んだ。枯れるまで泣き尽くす。


 涙をいた指先で、紙袋の中にある物を取り出す。



 同じ戦車のストラップが下がった黒カバーのスマホ。恥ずかしさが先立ち、番号すら聞こうとしなかった。馬鹿。



 白い封筒を手にとる。



 封筒の表には万年筆の青で、かどを几帳面にとった男性的な字が並ぶ。盾石富士子様と。裏返す。左下に尾長要と書いてあった。あぁ・・本当に・・・死んでしまったのだ。これは手紙ではなく、遺書だ。



 「クッ」と出た声を噛み殺す。



 枯れたはずの涙が封筒に落ち、文字は幾重もの青い波紋はもんになった。





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