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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  83 散歩



   シーン83  散歩



 翌朝、富士子は薄化粧をほどこして髪はポニーテールにまとめ、水色に紺のアポニアの花びらがうロング丈・ワンピースというよそおいで、右肩に赤いエコバッグをかけてリビング キッチンへと降りてゆく。



 華やかな富士子を見た浮子は嬉しさをまぶたに浮かべ「おはようございます」とまろやかな声で言い、水の入ったガラスコップを富士子に差し出した。



 浮子の視線に富士子はなんだか恥ずかしくなり、ぎこちない手でコップを受け取り「ありがとう、浮子。おはようございます。昨夜は遅くまで、ありがとうございました」と言って頭を下げた。浮子は富士子の瞳を見つめ「とんでもありません。お休みになれましたか?何か召し上がれますか?穣ちゃまのお好きなお味噌汁をお作りしょうと思います、あっ、その前に野菜ジュースを作りましょうか?」と質問攻めにする。誰の目にも嬉しさが見て取れる浮子のはなやぎだった。



 心配したのだ。毎日、浮子は不安だったのだ。富士子はそう感じ「宇垣屋さんの昆布おにぎりとじゃがいもと玉ねぎのお味噌汁が食べたいです。九条葱の白いとこ多めでそれから、浮子特製のだし巻き玉子も食べたい」具体的に答える事で、わがままを言うことで浮子にむくいようとする。



 会社を休みアイランドテーブルに座る国男はスマホを検索していた手を止め、富士子に見入り「おはよう。調子はどうだ?」と聞く。国男の隣りに座りながらの富士子は「おはようごさいます。ご心配をおかけしました。よく休めたの。こんなに頭の中がスッキリしているのは多分、久しぶりだと思います」不謹慎だとは思いながらも、ユー モラスな調子で言ってみる。「私もだ」国男は気楽さを感じる声でおおじた。



 父の表情は晴れていた。私が「このあと、買い物に行ってきます」と伝えると、父は「私も一緒に行こう 。2人で散歩でもどうだ。浮子、何か買ってくるものはあるかい?」と言った。「佐伯さんのほうじ茶がほしゅうございます」と浮子が珍しく父に買い物を頼んだ。私の体調を思って、父が付き添いをかって出でくれたと感じ、私は「お父さま、ありがとうございます」と 頭を下げる。父は私のありがとうの真意がわかったようだが、素知らぬ顔をつらぬき「佐伯さんだな、わかった」と浮子に言った。



 その父の顔はどこか照れているようにも見え、私は微笑んだ。先にリビングに降りてゆき、テーブル近くに寝そべっているねこに私は「ねこ、お前も一緒に行く?」と声をかける。ねこは顔を上げないまましっぽでゆっくりとパタリ、パタリと床を打つだけの返事をかえし、その仕草は愛らしく、「わかったよー」と言いながらそばに座ってポッコリ体型のお腹をでてやると、“さわらせてあげるよ“とでも言うかのようにねこがへそ天をする。



 ぽにょぽにょとするお腹に両手をえ、指先を軽く立てて揉むように下から上にマッサージしていく。で上げていき、最後は耳の付け根を親指と人差し指で軽くつまんで、コリコリとむ。ねこが目を細めてゴロゴロとのどを鳴らす。「お嬢様、お食事にいたしましょう」浮子の明るい声が私を呼んだ。


                    ★




 先に出て庭を見ていた国男に富士子が「お待たせしました」と言いながら駆け寄ると、薔薇を見ていた国男が「今年の薔薇は小ぶりだな」と呑気に言って歩き出した。



 散歩しながら育った町を、新鮮な気持ちで富士子は眺める。



 老舗しにせの店が暖簾のれんを新しくしていたり、バームクーヘンのお店が開店していたり、蕎麦屋だったところが平地になっていた。月日の色合いを感じ、長かったのだと実感する。



 空には綿雲がぽっかりと浮かび、時に風に吹かれて形を変えて去っていく。木々の葉先には新緑の彩色さいしょくが残って深緑色になりきれってはおらず 、富士子に芽吹きを知らせる。



 何もかもが新鮮で父も晴々とした表情をほころばせ、私の歩調に合わせて歩いてくれている。その父のなごみに父の苦悩の日々を感じ、感謝の念を抱かずには居られなかった。



 目当ての文房具店の前で「ここに寄りたいです」と言うと、父は「ああ、私も入るよ」と言って一緒に入店した。父はペン、マジック、蛍光ペンが並ぶコーナーに足を向け、私はレジに立つ店員に「大判の画用紙ブックはどちらにありますか?」と尋ね、「こちらです」と言った店員に、画用紙ブックが並ぶ コーナーに案内してもらう。



 何種類もあるブックを全て手に取り、好みに合う物を吟味きんみする。同じものを3冊手にする。足りるだろうか・・・。



 隣に立った富士子に見せるように国男は持っていたペンで、試し書きをして消し「このペンは消せるんだが、書いてこうして消さない限り、永久的に消えないのか?」と問いかけ、「発売されて13、4年経っていると思うけど、永久とはまだ立証されていなかったはずよ。あっ、私、ここ最近の情報にはうとかった」富士子は笑顔混えがおまじりで答え、その笑顔を見た国男は一瞬、口を真一文字にした。そして「富士子、無理して笑うな。簡単な言い方もするな。1番辛かったのはお前だった」といさめた。父の言葉が富士子の心にみ「はい」と答えて父の顔を見る。



 何もなかったように視線をペンに移した国男は「ボールペンが消せるか、試してみよう」と言って全色の購入を決め、富士子も同じペンの黒色を手に取り、黄色の蛍光ペンを加えて2人はレジに向かう。会計を一緒にしようとする国男に富士子は「自分で使う物ですから」と首を振り、国男は「いいから」と言って共に精算した。




 浮子のお使いを済ませ、帰路の道を辿たどる富士子に国男が「ペットショップに行く」と告げ、「どうして?」と聞く富士子に、国男は「ねこが成長して、トイレの大きさが身体のサイズに合っていない。買いえてやらないと」と言った。富士子が「ありがとうございます」と口にすると、国男は「ねこへの感謝の気持ちもあるんだよ」そう言ってペットショップへと歩き出す。



 右横を歩く父の白髪が増えていた。私は心苦しくなる。丸くなった父の背を見て申し訳ないと内心で謝り、時折ときおりかかとを引きずるような足音に唇を噛んだ。



 猫用トイレの展示品の前に並んで立ち、相談して一つの商品を選ぶ。国男が近くの店員に購入を知らせ、店員に「何色にしますか?」と聞かれ国男は富士子の顔を見て、富士子は「黒をお願いします」と答えた。




 国男は明るい色合いを好んでいた富士子が黒色を選んで、そういえば退院してから選ぶ物が黒一色になったと、何か理由があるのだろうか・・と考え・・思い当たる事は数知れず。



 清算しようと国男がクレジットカードを出す。配達伝票を書いていた富士子はそれに気づいて肩から下げているエコバッグに手を伸ばし、それを見た国男は「ねこも、うちの家族だ」余計な言葉を使わずに端的たんてきに表現する。その顔は久しぶりに見た会長の顔で、富士子は「ありがとうございます」と頭を下げ、国男は「そういちいち頭を下げるな」としかるように言い、「少し歩こう」と富士子を誘う。



 ゆるやかな勾配こうばいを2人は上がって行く。左隣を歩く国男に富士子は「今後の液体デイバイスをどう考ていますか?」とさりげなく聞いた。歩調をゆるめ、不可解ふかかいに富士子の顔を見た国男に、富士子は「すでに運用に踏み切っていると聞きました」と告白した。「そうか」思案顔になった国男は歩き続ける。



 そして国男は「あの技術はこの国を守る。だから提供した。日本国の資源はとぼしい。世界に出て行こうとすればいつも、そこを交渉材料に使われる。知的財産で対抗しようと考えての事だった。お前があんな目にうとは、夢にも思ってもいなかった」と言った国男は、富士子の横顔を見て立ち止まり「すまなかった。相談するべきだった」と言った。



 立ち止まった富士子は「あの事件は、お父様のせいではありません。私は液体デイバイスの良い面ばかりしか、考えていませんでした。私の視野の狭さです。ある人が私に、科学技術は諸刃の剣だと 、そう教えてくれました。私は、私はね、お父様、今回の事でお父様や浮子・・・サヤの気持ちを自分の尺度しゃくどでしか、理解していなかったと気づかされたんです。これまで私は、聞くという事をしてこなかった。いい歳をしてです」富士子の心の中で失意と後悔がもつれ合う。



 それでも富士子は「でもね、お父様。私はこれから どう生きて行くかに、興味を持つことができるようになったの」喜びを大きくして語る。国男が「どんな風にだ?」と聞く。



 富士子は空を見上げ「感情など不条理だと思っていた私です。 これからは、これまでしてこなかった事を、経験したいと考えています。そうしているうちに 、液体デイバイスが指し示す未来が見えて来る気がするんです」明敏めいびんさのにじむ声だった。



 富士子の横顔を、いつくしむような眼差しで見ていた国男は前を向き、歩き出して「そうか。お前は液体デイバイスの開発者だ。デイバイスのゆく末を見定めるのもお前でいいのかもしれないな。そうだな」さっぱりとした口調で言った。



 歩きながら父の横顔に視線を向けた富士子は「勝手なことを言って、ごめんなさい。私は、これまでお父様の庇護ひごの元で何の不自由も無く、やりたい事だけをなりふりかまわず、邁進してこれました。ありがとうございます。感謝しています」、その顔をまぶしげに見ていた国男は「私が、それを望んだんだ」実直に眼差しでそうえた。右に曲がり、二人が神社の正面が見える道に入ると、蒼天そうてんに真紅を際立きわだたせた鳥居とりいが見えた。



 見上げた国男は「久美子が好きだった場所だ」と言い、「えっ !」と声を上げて国男の横顔を見た富士子に、国男は視線を向けてうなずき「いつまでも、私1人の思い出にはしていられないからな 」と照れ臭そうに言い、「私も不慣ふなれだ。まずは・・こういうことからで、いいか?」と富士子に言った。



「はい」と答えてこぼれた富士子の笑顔に、国男は「お前は本当に、久美子によく似ている」と言った。笑みを大きくした富士子と、深く、濃い霧からはなたれた国男は、一礼して境内けいだいに入って行く。




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