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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  81 ペットショップ

 


    シーン81  ペットショップ




 中村獣医から商店街のペットショップを紹介された富士子と浮子は、ねこを自宅に迎えるために必要な用具を購入してから帰宅する事にした。



 入店するや富士子が「浮ちゃん、お財布ください」と言い、退院以来、初めて買い物をする富士子を心配した浮子は「一緒に参ります」と固い声で返し、富士子は右手にある喫茶スペースを指差し「あそこにいてよぉー」とねたように言った。



 浮子は「ご一緒いたします」とゆずらず、そんな浮子の態度を目にした富士子は不満げにねこの背をで、ブルーが『浮ちゃんを1人にすると、心配だもん、ふじちゃん』と呟いた。



 浮子には富士子が誰かと会話しているかのように見え、そういえばここ最近、そう感じる事が多々あると心が揺らぐ。定期検診のおり…西浜医師に相談した方がいいだろうか…と心配の種が心を刻む。



 買い物カゴを右手のひじに掛け、バスタオルの内に居るねこを左腕にいだき、中村獣医が記入したメモを見ては目当ての商品をみつけてゆく富士子は、カゴを床に置いて丹念に説明書を読み、手に取る商品のすべてが黒色で、気にいればカゴに入れ、納得がいかなければフックに戻すを繰り返していた。



 そんな富士子に付きう浮子が「ねこちゃん、お抱きします」と言って両手を差し出すと、「迷いねこの本当の飼い主さんが見つかるまで、ふじちゃんが預かったのですから」と言って、浮子に微笑んだ富士子は床からカゴを取り上げる。



 富士子は次の商品も、その次の商品もカゴに縦一列に整然と並べて置き、浮子はそれが偶然ではないと気づいて衝撃を受ける。事件以前の富士子と同じだったからだ。ハラハラと涙があふれ出し、そっと右手で払い退け、先をゆく富士子に追いついた浮子は富士子を見上げた。



 研究資料に目を通している時の顔つきだった。自己の欠片かけら垣間見かいまみたような気がして、取り戻しつつあると希望がく。



 納得できる商品を時間をかけて選びだし、精算を済ませた商品を富士子が頼んで出してもらった段ボールに一つ、また一つと入れながら、富士子は「はいたつ料金がかかっちゃうけど、うきちゃんに持たせるわけには、いかないのです」と言い、手際てぎわよくめてゆく。



 幼い頃から仕舞うの分別に富士子なりのこだわりがあって、どう区別して順序を決めているのかは浮子にはわからず、手伝うと富士子の思い通りではなかったらしく、富士子はひとりやり直していた。



  感慨深く箱詰めする富士子を眺め、浮子は回復のきざしを実感する。



 レジ係が富士子の前に配達伝票を置いた。富士子は「はい、うきちゃん、どうぞ」と言いながらスゥーっと伝票を浮子の前にずらし、「お嬢様、お書きになってみませんか?」とうながした浮子に、富士子は「やだ」と速攻で拒否り、浮子が「お嬢様は旦那様に、ねこちゃんの世話をするとお約束されました 。これもねこちゃんのことでございます。時間が掛かっても構いません。わからないことがあれば浮子に聞いてください。お手伝い致します」ゆったりとした口調で説得すると、伝票とボールペンを富士子の前に戻した。



 「おお、うきちゃん、流石です」と言った富士子はねこに視線を向け「いっぽんとられましたよ。しょうがないのね。ふじちゃんが書かないとね」と話しかけて書き始めた。



 浮子がき見た伝票の文字は、そのすべてがひらがなであった。

 それでも郵便番号、住所、固定電話番号に間違いはない。



 従業員に伝票を「お願いいたします」と手渡した富士子は「うきちゃん、ちょっと来て」と言うや、喫茶スペース へと歩き出す。



 椅子に座ると富士子は右手に持っていた買ったばかりのリードを、隣に座った浮子に差し出して「このしばってある糸と、すうじが書いてあるのとって欲しいの」と言って頼み、受け取った浮子が梱包糸と値札を取るのに老眼の目を細めて苦心していると、富士子が「手伝ってあげたいけど、ふじちゃん、ねこっこしてるから」と言い、浮子の顔のそばに顔を近づけて見守り始め、糸を取りそこねた浮子に「浮子、おしい」と言った富士子を浮子はチラリと見た。



 「うきちゃん、こわい顔しちゃダメ。デイトできませんよ」富士子が大人びた口調でピシリと言う。



 えた浮子がリードを手渡す。「ありがとう」機嫌よく言って受け取った富士子は、抱いていたねこを慎重な手付きでテーブルにのせ、ブカブカのリード用ベストをねこに着せ、背の部分から突起とっきしているフックにリードを掛け、持ち手ループに左手首を通して、バスタオルでねこをくるんで抱き上げる。立ち上がった富士子は「うきちゃん、かいろう」とかし、「そういたしましょう」とおうじた浮子も席を立つ。



 帰り着いた富士子はリビングの絨毯に寝そべり、ねこに離乳食の餌を与えながら【初めての猫】を大きな声でスラスラと読み上げ始め、たまに「浮ちゃん、きいてる?」と声を張る。「聞いております」浮子は夕食の準備をしながらこたえ、読む声が小さくなったと気付いて、血糖値を上げた方が良いだろうと、冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出して、コップと共にお盆に乗せてリビングに入って来た。


 富士子はねこにわれて眠り込んでいた。



 浮子は自室に膝掛けを取りに行き、富士子に掛けていると、ねこが目を覚まし「ニャー」と鳴く。「どう致しまして。久しぶりのお出かけで疲れたのよ。お前もおやすみ」と語りかけて、浮子は夕食の準備をしながら今日の富士子を思い、その一進一退に視界をらす。



 帰宅した国男は眠る富士子にい寝するねこを見て「可愛いなぁ」と呟き、その気配にピクリと目を覚ました富士子は、サッとねこを抱き上げて退しりぞいた。



 国男だとわかった富士子はニコリと笑い「パパ、おかえりなさい」と言うや、合わせた手のひらにのる猫を国男の目の前にかかげ「かわいいでしょ」と言った。「ああ、だが、小さくて華奢だな」、「きゃしゃ?」キョトンとする富士子に、国男が「痩せているということだよ。食事に気をくばること。いいね」とアドバイスすると、富士子は「はい」と返事したものの顔をしかめる。



 その顔を見た国男は「難しく考えるな。猫が催促さいそくする。心配するな。ところで名前は決まったのか?」と聞く。「ねこ!」富士子はイキイキとした声で答え、国男は浮子の顔に視線を走らせた。浮子は「このおニャンコの名前が“ねこ“なのでございます。旦那様」生真面目な表情と真っ直ぐな声でこたえた。



 うつむいた国男は「そうか」と安心したように呟き、なごんだ目を富士子を向ける。そして「猫をねこか。遊び心があっていい名前だ」と富士子に笑いかけ、父に褒められた富士子はキラキラとした目でクスクスと笑う。



 富士子が入浴している間に、日中の様子を国男に話していた浮子が「問診票はダメでしたが、宅配伝票はご自分でお書きになりました。一勝一敗でございます」と締めくくり、国男はコニャックの入ったバカラグラスに右手を添え「そうか、富士子が伝票を書いたか。ひらがなでも大きな進歩だ」とおおらかに笑った。




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