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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  78 富士子とブルーと猫



  シーン78 富士子とブルーと猫



 富士子と富士子の心にある宮殿に住むブルーは、奇妙きみょう均衡(きんこうのバランスを保ちつつ、日常生活を送っていたが、生活の中でじょじょ々にブルーは幼さをくしてゆく。意思にはんして意識をたもてず、富士子の時間が長くなり、ブルーはもうあまり、自分には時がないとわかり、それでも富士子を一人にしたくないと、そばに居ようと、賢明けんめいに生きていける。



 今日も昼食の支度に取かかった浮子を見て、富士子への注意がれたとわかるや、ブルーは富士子が一度してみたいと言っていた、裸足で芝庭を歩くをして欲しくて庭先に飛び出す。



 芝の新緑を富士子と共に面白がってあちこち歩き回っていると、へいがわ右手の角にある大鉢の方から「ニャー」と聞こえた。振り返ってみるが姿が見えない。ブルーは怖かった。富士子を驚かせるかもと思えば怖かった。猫がまた鳴く。小さな、とても小さな声だった。ブルーは大鉢の影をおそる恐るのぞいてみる。うずくまった全身グレーの子猫が、アカシア色の目でブルーを見上げる。



 『なんて、キレイな目なの!』とブルーは声を上げ、富士子は『可愛いね』と言い、『そうだね、ふじちゃん』と言ったブルーは『どうしょう⁈ふじちゃん』と聞く。

 

 『一緒にいたい。あの人みたいだから』と富士子がつぶやく。その顔をみたブルーが「浮ちゃん!浮ちゃん!」と大きな声で浮子を呼ぶ。



 台所でキノコとほうれん草、ベーコンのカルボ ナーラを作っていた浮子は、富士子の声に何事かと慌て、コンロの火を落として庭に出た。



 富士子の元に駆け寄った浮子に、富士子は子猫から目を離さず「うきちゃん、この猫、うちに連れて入っていいですか?」と静かな小声で聞き、富士子に寄り添った浮子は「嬢ちゃま、旦那様にお聞きしてみないと、浮子には決めねます」と同じような小声で答え、ジッーと子猫を見たままの富士子が「スマホかしてほしいです」と言い、浮子は緑と白のチェックがらのエプロンの前ポケットから、スマホを取り出して「どうぞ」と手渡した。



 スマホを受け取った富士子は「ありがとう。だってさ」と言って、国男の携帯番号を打ち込み始め、それを見た浮子はスマホの使い方と、国男の携帯番号を記憶していたと知り、涙があふれ落ちそうになる。



 2コールで出た国男に、富士子は「パパ、世界のフジヤマの富士子です。お仕事中にごめんね。庭に、お庭にね、猫がいるのね。痩せていてよごれているの。だからおうちに入れてあげたいなぁーと思って、いいかな?って、パパに電話したのよ」と言い、国男の話を聞いていた富士子が浮子の前にスマホを突き出した。



 受け取った浮子は「お忙しいところ、申し訳ございません」と断りを入れ、「 いいんだ。それで浮子はどう思う?」と国男に聞かれた浮子が「動物を飼うのは、今のお嬢様にとって良い事だと浮子は思います。今のこのお電話も旦那様の携帯番号を覚えてらして、ご自分でお掛けになりました」と伝えると、「そ、そうか。番号を覚えていたのか 」と言って、しばらく沈黙していた国男は「 そうだな。これまで、動物を飼いたいというのを許してこなかったが・・・、富士子に変わってくれないか」と感極かんきわまったような声で言い、国男と浮子の会話を、警戒心をあらわにした目でジィーと見て、聞いていた富士子に、浮子は「旦那様からお話があるそうです。どうぞ」と言って、富士子の前にスマホを差し出す。



 富士子は「 はい」と浮子に応えつつスマホを受け取り、すぐには話し出さず「うぅん」と小さく声をあらためてから、スマホを左耳に持っていき「富士子です」と慎重しんちょうな声で言った。国男に「富士子、自分でその猫の世話を出来るか?」と聞かれた富士子は「はい」と緊張した声で即答する。



 その声の強さに自立心を感じた国男は「わかった。富士子、猫を家に入れる前にまず、獣医に診察してもらうこと。出来るか?」と問いかけ、富士子が「パパ、じゅういさんてどなた?」と聞く。



 “あぁ、神よ“ 狼狽ろうばいしそうになる気持ちをおさえて国男が「動物のお医者さんだよ」と教えると、富士子は「パパ、猫をじゅういさんとこ、連れていったら、うちでかってもいいの?」と念押しする。



 国男はその用心深さに従来の富士子らしさを感じ、嬉しくもあったが、これまでの自分に対する疑念ぎねんから出た言葉だとさっして、やまれる自省の中「いいよ。それから猫に名前をつけてあげなさい」と言った。すると富士子は「わかったわ!名前をつけるのね。パパ、ありがとう!」と輝くように言い、浮子にスマホを返しながら「うきちゃん!パパ、いいって!猫がどこにも行かないように見ていて!!それから私をーじゅういさんとこ連れてってーー!」と言いつつもう走り出していた。富士子が家の中に駆け込んで行く。その走りは大人のものだった。



 浮子は富士子を見送ながら「ありがとうございます。旦那様」と感謝する。



 「猫を飼うとなると、浮子の負担を増やすようで申し訳ない。私も協力する。宜しく頼む。それから猫に関して、富士子の行動に制限をかけずに自由にさせてみて欲しい。動物病院での診療手続きも、出来る限り富士子自身にやらせてくれ」と言った国男に、浮子は「承知致しました。ご帰宅されましたら、その時のご様子もご報告させて頂きます。それでは失礼致します」と言って電話を切った。



 浮子は自分を見上げている猫に微笑ほほえみ「良かったね」と話しかける。



 戻って来た富士子はパーカーを羽織はおり、ランニングシューズを履いて、手には大判のバスタオルを持っていた。浮子に笑いかけると猫を怖がらせないよう、慎重な足取りで近づいてゆき、箱座りしている猫と2メートルほどの距離を取った所で胡座あぐらんで座った。両太ももの上にバスタオルを広げた富士子は「こんにちは、猫。私は富士子っていうの。こっちにおいでよ」と柔らかな声で話し掛けながら、右の太ももをトントンと右手で叩く。猫は大鉢の影で、黒目を大きくして富士子を見ていた。



 時間を掛けた再三の呼びかけに猫はお座りしたり、よそ見をしたり、 あくびをしてみたりしながらも、警戒心はゆるめず、段々と富士子に近づき、首だけをキューっと伸ばして富士子のひざを嗅ぎはじめ、ふと富士子の顔を見るや、ビョ ーンとしなやかな跳躍ちょうやくを見せ、広げたバスタオルの上に飛び乗った。富士子は猫を見つめ、頭を撫でながら「良い子、良い子」と言葉を掛けてバスタオルでそっとくるむ。



 猫を胸元に抱き寄せた富士子は立ち上がりながら「浮子、行きましょう」とそくした。浮子は「待っていてください。支度して参ります」と返事をしてから家内に入り、作りかけのカルボナーラにラップをかけ、ガスを再度確認して、財布が入ったエコバッグを右肩に掛け、窓の施錠せじょうませて玄関へと急ぐ。



 その間、富士子は庭をゆっくりと歩きながら「どっからきたの?」とか、「お腹空いてない?」とか、「おうちはどこ?」と猫に話しかけて浮子を待ち、駆け寄った浮子が富士子を見上げると、おだやかな笑みを浮かべ「ありがとう、浮子さん」と言った。



 歩き出した富士子は「うきちゃんさ、エプロンとりましょうねー」と猫に話しかけ、「ああ、そうでございました」と言って立ち止まった浮子はエプロンを取り始め、エプロンをエコバックに入れる浮子を見ていた富士子が「時間はたっぷりあります。浮子さん」と男性的な口調で言い、浮子はその言い方をどこかで聞いた気がして、ハッとする。浮子の脳裏に要の顔が浮かぶ。今もなお、お嬢様の心に尾長さんは・・生きている。浮子がその想いに気持ちをせていると、富士子が「僕でよければお供します」と言った。



 わびしくも、言われたのであろう言葉を、無意識のままに口にする富士子を見上げ、記憶に残っているがままに、切なくも、自然にそうなる富士子の純情に、浮子は哀憐あいれんを感じずにはおれず、微笑む富士子は何を見ているのだろうと、その目を見てはかなくも、つらく、咲き誇る時期を過ぎしおれた一輪の白バラのようだと思う。尾長さんはどんな男性だったのだろう。・・・混濁こんだくした記憶の中にあっても、富士子の内心にその輪郭りんかくを正確に残す男性は、旦那様の話を聞く限り・・・生きてはいない。浮子はうつむいてひかえめに歩き出す。

 


 を進める富士子のあゆみは、浮子の歩調を気にかけるものだった。



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