表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
74/92

富士子編 74 どこかの国の船籍を持つ貨物船




  シーン74 どこかの国の船籍を持つ貨物船




 富士子は小さく覚醒する。何回目の目覚めなのか、汚泥化おでいかした富士子の脳には何も残っていなかった。



 富士子が無意識に立ち上がろうとすると、左手首から続く手錠の輪がガッチリとはま隔壁かくへきに取り付けられたバーとこすれ、窓ガラスに爪を立てたかのような耳障りな音が響き渡り、脱臼だっきゅうした左肩がグニャリとり返る。だが、痛みはない。



 妙な感覚にれた首をガクガクと上げて肩を見ようとするが、れ上がった左瞼ひだりまぶたが視界をはばんだ。アヒル座りの右膝を立てようと食いしばると、右の奥歯に激痛が走り、富士子の口が開く、と、同時に身じろいだ富士子の右脇腹にくいを打たれたような痛みがズンと走る、「クッ!」と声が出て口から糸を引く唾液だえきが垂れ落ちた。



 気味きみの悪い汗がジワリと全身からみ出し、玉の汗が富士子の額を汚す。



 ここに居てはいけない。不透明な意識でそう思う。どうすれば・・・かすみがかかった脳からは何の答えも返ってこない。ひたすらにただ怖く、・・・“どうなるのだろう“と考える。すべが富士子にはなかった。



 脳がチリチリと音を立てだす。

 髪の隙間から前を見る。

 赤い。何もかもが赤い。


 悲しみが、足先から這い上がってくる。

 抵抗したが意識を失い、目覚めると私はここに居た。

 



 その間、富士子の左手の手錠てじょうは一 度もはずされた事は無く、下半身は汚物まみれで、蒸し風呂のような湿気と汗で富士子は不潔だった。富士子の衛生面など気にかける人間は船内にはおらず、ほんのたまに栄養ドリンクを与え、幻覚を見せ、気力を奪う注射を打つだけで放置されていた。




 それも何時間おきなのか、いつの事だったか、そもそも何を飲まされているのか、富士子にはわからない。富士子が意識を取り戻すと決まってサヤとBが姿をあらわし、決まってサヤはスマホ使って話し始め、富士子を見ようともせず、Bは左手で富士子のあごつかみ上げ、右手に持った栄養ドリンクを与え、注射をほどこして2人はまた赤い闇へと消えてゆく。




 今も2人は、富士子が目覚めたと知ったのであろう。サヤはスマホをいじりながら、Bは己の役割をたす道具を左右の手に持って富士子の前に立った。



 サヤが電話相手に「で、どう?わかってないのね。1つの情報で水1杯か、食事よ。いいえ、違わないわ!どちらかよ。それは私が決める!あなたじゃない。声?何でよ?」サヤがチラリと富士子を見る。Bが富士子のあごを掴み上げ、サヤがスマホを富士子の口元に持ってゆく。



 「どう…し…て」かすれた声で、富士子はサヤに問い掛ける。



 ひるがるようにサッと立ち上がったサヤは「臭い!」と顔をそむけ、「声聞いたでしょう。あんたは私に従うしかないのよ。また、電話するから」と無下むげに切り捨て電話を切った。サヤを見上げたBが「本当、あんたって悪知恵の宝庫ね」とせせら笑う。



 その顔を見たサヤは蔓延まんえんの笑みを浮かべ「あんた、やっぱり、馬鹿ね。生きる為の知恵と言いなさい。役立たず」と言って、グニャリと笑う目を富士子に向け「富士子のせいで、うちの家族はバラバラになったのよ。父さんは掛け麻雀に狂って母さんにDVするようになった。繁盛していた店もつぶれた」、「あんたが石橋さんと付き合うからでしょう」Bが富士子に栄養ドリンクを飲ませながら口をはさむ。「コホ、コホ」と咳き込んだ富士子を見たサヤは、その視線をBに向け「何も知らないくせに。あんたはのうのうと生きてて、私に事情さえ聞こうともしなかったじゃない」と言い返し、富士子に「ほら、こぼすなよ」と言いつつサヤを見上げたBは「私はこの姫が、19歳の頃からちゃんと苦労してるわ」とやり返して富士子に視線を戻した。



 サヤが「そういえばさ、あなた時々、おねえ言葉になるよね?」と言った。Bはよがんだ笑顔でサヤをうっとり見上げ「あら、ホント、そうなの。わたし、自分を取り戻しつつあるのねー」と嬉々とする声を響かせる。



 横目で富士子を見たBは「プチ・トリアノンだってあんたに何の相談もなく、1人で何もかも決めてたもんね、気持ちわかるわ。楽しい事は独り占め。高みの見物決め込んで、犬に骨を投げてよこすように決定事項だけを教えるのよね。そういう子なのよ、この子」富士子を無関心に見ているBの目は、瞳孔が拡大していた。



 サヤとBの言葉一つ一つが、晴れぬ富士子の意識に刺さる。思ってもいなかった2人の憎悪に富士子は虚無感きょむかんに襲われ、涙があふれだす。



 「ああ、泣いちゃった。どうせ、覚えてないのに反省の涙を流す。贖罪しょくざいはいらない。俺らは走り出したのよ、お馬鹿さん」とBが言い、毎回おなじ場所を選んで針を刺す点を探ろうと、富士子の太ももに指先をわせ「あった」と言いながら、ゆっくりと針を差し込んでゆく。そして「あっ、もう。また深く入れすぎちゃったわ、サヤちゃん」と笑い声で言った。



 富士子の頭が、がくりと落ちる。

 サヤは、その姿を見て思う。



 生まれながらの特権階級。何不自由なく育ち、親に研究所まで与えられ、好きな事だけをする生活。無理に笑顔を浮かべて人と話をせずに済み、親に泣かれた事もなく、お金をむしられた事もない。家政婦が作る食事を食べ、洗濯や掃除も家政婦任せで、支払いの全てはプラチナの家族カードで済ませ、社用車がどんな時でも待っている。



産まれる前から人の人生は決まっていた。

富士子は親ガチャに当たっただけだ。

私もそういう家に生まれたかった、と。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。





― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ