表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
73/92

富士子編  73 要と宗弥


  シーン73 要と宗弥  


 


 本陣の指令しれいを受けたアルファーは待機任務に入った。要の左隣に座るトーキーは基地内の通信とアルファーが使用するもろもろ々の通信が干渉しないよう、タグ付けして通信環境をととのえている。




 背に革ジャンを掛けた椅子に座る要は腕組みをして目を閉じ、脳中のうちゅうでスパルタンとの図上作戦をしていた。アジトは人通りのある場所を選ぶ。大通りに面した建物に籠り、そこは十字路の交差点近く。最後の切り札となる富士子を必ず自分の側に置いている、クソ!!潜伏場所から500mほど離れた位置に人員を配置はいちして警戒にあたらせ、その人数は4人から6人・・・少数精鋭しょうすうせいえいこのむスパルタン。東西南北に一人ずつだろう。スナイパーはいない。日本では1000mを超える装備品の手配は難しい・・・接近戦に持ち込む気だ・・・だが、こちらにはSVLKー14Sがある。ファイターがいる。ファイターが仕留める為には方角を知る必要がある。強襲をかけて・・・屋上に追い立てるか・・・いや、1人で行こう。僕が押し込んでいる間に・・・・アルファーならばスパルタンの位置を割り出す。




 本陣との打ち合わせ中にコロンブスは言った。「スパルタンは特殊戦群の創立に関わり、お前たちを育て、個々の特性を知り尽くしている」と。「イエーガー、お前の戦闘時の行動心理はスパルタンには手に取る様にわかるだろう」と。ならば、それをトラップにつかってやる。要にとって、スパルタンは前例のない心理戦の敵だった。




 要の右隣に座るファイターは警察無線を聞きながら、机に広げた周辺地図を見て情報を拾っていた。小さなきっかけから、突破口を開こうとファイターは警察無線に耳をかたむける。長机を挟んで要の向かいかわに座るチャンスは、加藤が持ってきた配給衣服や生活用品等々に、厄介な何かがまぎれ込んでいないかチェックしていた。




 特戦群ヘリ特有の飛来ひらい音が響き、徐々に高まって来る。1階の会議室から走り出た要はA2バンカー前のヘリポートへと向かった。ファイターとチャンスも要に続き、3人は炎のような夕暮れにMHー60Mの黒い機影きえいえるのを見た。



 ホバリングするMHー60Mから強襲用きょうしゅうよう戦闘装具が入った大型アーミーバック6、ユーティリティケース5を要たちは迅速じんそくかつ、大胆に運び出す。




 ヘリの操縦士と副操縦士が整列したアルファーに敬礼する。アルファーが返礼する中、舞い上がったヘリはその尾翼びよくを急速に上げて飛び去ってゆく。見送る要の心に郷愁きょうしゅう去来きょらいする。「行きます」と呟いた。ファイター、チャンス、ターキーも何かを呟いていた。



 右肩に黒のコックピットオープン型のリュックサックを掛け、左手に深紅のPC専用・大型ユーティリティケースをげたターキーは、戦闘姿の要たちを見て「男臭いなぁー」といつもの調子で言ったが、その表情には平時の平穏へいおんさはなかった。




              ★




 パソコン前に座るトーキーが「お疲れ、どうだった?久しぶりの特戦群ヘリは?」とA会議室に入ってきたターキーに聞く、ターキーはトーキーが作業している長机に近づきながら「特戦ヘリが快適なはずないだろう、兄さん」固い表情をほっとしたように崩して笑う。



 机に右手をついたターキーはトーキーの耳元で「兄さん、コロンブスの判断の速さには驚いたけど、完璧なフライングだと思う。本陣もひっ迫してて当然だけど、僕らは正式決定を待たずに派遣はけんされてる。そんなニュアンスの会話を聞いた。それからイタリアのSISDEからの情報で、ダンプカーのロシア人ドライバーの話をしてた。かんだけど、本陣はスパルタンが関わっている証拠をつかんだと思う。録音してある。増幅ぞうふくして分析してみようと思うんだけど、どう思う?」と言い、すでにパソコン画面から顔を上げて話を聞いていたトーキーは「イエーガー」と向かいのテーブルで装備品をチェックしている要を呼んだ。




 聞き終えた要が「わかった、分析してくれ。どのくらいで仕上がる?」と聞くと、トーキーはターキーの顔を見て「15分でいけるか?」と問い、揃えた両手を胸の前に上げて自分を指したターキーは「兄さん、なに言ってんだ。そんなにかからないよ。僕らは完璧なTwo pairsなんだよ」と言うや、右眉を上げて不敵に微笑む。その笑みにトーキーは「That's right」と言って頷いた。2人は一卵性双生児だ。要の顔に視線を移したトーキーが「7分下さい」と言い、要は「わかった」と言いながらうなずく。



 ターキーはユーティリティケースを机に上げ、機器を手際よくトーキーのPC機器の左側にセットし始め、そこに宗弥が現れ「要、少し時間を貰えるか?」と憔悴しょうすいしきった顔で言うが、要は宗弥のその表情を目にしても冷静に話す自信がなく「すまない。今、手が離せない」と言って断る。




 充血した目で「どうしても、お前と話さなきゃなんないんだ。時間が出来たらローバーに来てほしい」と切迫した声で宗弥が言い、装備点検しながら「承知した」とおおじた要の声を聞いても、宗弥はうつろな眼差しで要を見続け、やがて会議室から出て行った。チャンスはそんな宗弥を見ていた。




 要は振り返ったが、もうそこには宗弥はおらず、「本陣より!、監視衛星の画像を添付てんぷした緊急メッセージ着信あり!」トーキーがピリリとパソコン画面から目を離さず発す。




 総員がトーキーとターキーの背後に集まり、本陣からの映像には高速艇が2艇、1メートルを切る近さで並走していた。「腕がいいな。普通のレーダーには一艘いっそうに写るだろう」要は普通に言い、要の右隣に立つチャンスは言葉の真意をつかもうと要を見上げた。チャンスのかんは正しく、その表情はめているわけではなく、挑戦的な顔つきだった。



 トーキーはメールの指示通りに進行方向右側の一隻いっそうにズームし、高速艇の後部座席に横たわっている人を拡大する。頭からすっぽりと毛布をかけられていた。




 それを見た要は瞬時にトーキーとターキーの肩をつかみ、素早く視線を左右に走らせ、全員の意思を集めるとそろえた右手の指先を、自分の首に向けて左右に振る。その手信号を見た全員が内耳モニターをOFFにする。



 トーキーが毛布から伸び、風に打たれて揺れる左腕にズームしてゆく。要は「停止」と個性を殺した声で言い、静止画面を見た要は目を固く閉じた。富士子の手首だった。




 「腕時計、国男が富士子の成人祝いに送ったと証言」ターキーが添付てんぷしてあった資料を読みあげる。チャンスは記憶にとどめようと、顔を前に出して画面を凝視し、その形状けいじょうを頭に刻む。




 まぶたを開けた要の目は、完全氷河期の瞳で「死体をわざわざ分乗ぶんじょうしてまで運ぶはずはない。海に投げ捨てれば済むことだ。富士子は立ち上がれないほどに、負傷しているという事なのか?」と誰に聞くわけでも無く言い、その声に若干漂う不安を嗅ぎ取ったファイターは「この映像からは、負傷の有無はわからない。断言できることは、湾岸からむかえの高速艇に乗ったという事だけだ」と答え、チャンスは「加藤さんから海図を借りて来ます」と言って会議室から走り出た。



「コロンブスより、衛星通話入ります」とターキーがピリッと言い、「つなげ」要が即座に発する。




 「こちらコロンブス、送った映像の背景をまず話す。本日12:47(ヒトニーヨンナナ)に高速艇がカゴあみなわを切ったと、港湾事務所に連絡する無線を傍受した。状況をかんがみ、我々は直ちに監視衛星を使って高速艇の捜索を開始し、富士子発見にいたった。現在、富士子とサヤ、操舵そうだしていた男は高速艇から貨物船に乗りえている。しかし、もう一艇いっていに乗船していたスパルタンとB、他3名の男は姿を消した。現在捜索中。なお、この3人の男も顔認証システムで、身元が判明するのは時間の問題だ。情報が入り次第お前た」、「お話の途中、申し訳ありません。貨物船を監視している衛星のアクセス権を、アルファーにも頂けないでしょうか?」きよく要は申請を出す。要がコロンブスの話をさえぎったのは入隊以来、初である。




 押し黙り、思案していたコロンブスは「わかった。米国と共同運用している軍事衛星だ。機密事項も含まれてる。取り扱いは慎重に頼む」と注意喚起ちゅういかんきして許可する。要は「感謝します」と意思ある声で発し、コロンブスは寸秒黙り「いや、お前たちに機密などとすまなかった。ただちにアクセスコードを送らせる。スパルタンが編成した男4人の情報も入り次第しだい随時ずいじそちらに入れさせる。以上だ」と言って通信を遮断しゃだんした。



 白目に鮮明な青筋をのぼらせた要が「地上戦ではなく、海洋での奪還作戦に変更だ。富士子が自力歩行できないと想定して作戦を立案する。トーキー、貨物船の行動監視と船体の弱点を探れ。ターキー、貨物船の型を本陣に問い合わせ、図面を紙に出してくれ。それから救出後の撤収てっしゅうは、ステルスヘリでおこなうと本陣に要請ようせいしてくれ。承諾しょうだくられるよう尽力して欲しい」と言うと、ファイターが「貨物船にヘリポートがなかったら、どうする?」と要に聞く。




 口元が耳から耳まで届きそうな笑顔を浮かべた要は「なかったら、頭上でヘリをホバリングさせてバスケットで救出すればいい。切迫状況下におちいっていたら、へリからサバイバースリングを投下とうかさせ、フレミングが富士子をかかえて離脱りだつすればいい話じゃないか、完璧だろう」低く耳障みみざわりのよい声でなんなく答え、ファイターは要がキレているとその口調と声色からわかり、血のオースティン以来だと眉をひそめた。そのファイターの表情を、音もなく戻ってきていたチャンスは見ていた。チャンスが「どうしました?」とファイターに聞く。ファイターはチャンスを見もせず首を振る。要の口調とファイターの表情をチャンスは記憶する。




 血のオースティンとは、アルファーの初期メンバーの1人が殉職じゅんしょくした交戦の通り名で、アンダーボディスーツがまだなかった頃の話で、敵を返り討ちにしたメンバーのほとんどが被弾するという激戦で、要とファイターは瀕死ひんしの傷をい、ヘリで緊急搬送され、死のふち数日彷徨さまよった。



 机上にある要のスマホが、振動する。

 手に取って画面を見ると、宗弥からだった。




 ONにしたスマホを左耳にあて「どうした?宗弥」要は慎重しんちょうに問う。「要、今話さないとならないんだ。ローバーにいる」宗弥の切羽詰せっぱつまった声に、要は「わかった。話そう」とおおじて通話をOFFにする。



 要を見上げていたターキーは「何か出来る事があったら、言ってください」ターキーの瞳がらぐ。



 その目を見た要は「大丈夫だ、心配するな。しばらく内耳モニターを切る。この高速艇の出所を探せ」と言って、PC画面に映る高速艇の後部を右手の人差し指でトントンと叩き「1艇に250馬力のエンジンを四機搭載よんきとうさいしてる。おそらく特注だ。まずはここから手繰たぐれ。本陣にこの事、一報入れてくれ」と指示する。




 そして要はトーキーとターキーの目を交互に見つめ「いいか、この映像は絶対にフレミングには見せるな」と視線でも語る。2人は口元を引き締めて深くうなずき、うなずき返した要は会議室を後にした。




 要と宗弥はmapであらそって以来、私的な話をしていない。要はただひたすらに富士子を追い続け、宗弥はただひたすら後悔する一日を送り、要の心はある意味、内包ないほうには無い一日で、宗弥に向き合えば自分は乱れ何をするかわからないと、宗弥をけていたが、やはり宗弥は大人でこうして機会を作り、話をしようと自分に語り掛けてくると思いながら、要がローバーの助手席に乗り込むと苦しげに、運転席に座っている宗弥が「要、富士子は生きているかな?」といきなり言い、要が聞いた宗弥の声はヤスリでも飲みこんだかのように枯れ、要は視線を前に向けて宗弥の顔を見ないようにした。




 そんな言葉を口から出した宗弥と向き合えば、要はどうしてそんなことを聞くと、なぜ富士子のそばから離れたと、こうならないためにお前を富士子に付きわせたと、さいなむ言葉を激情のままに吐きそうで、要は宗弥の問いに沈黙を深め、内心の鬼がふつふつと沸騰ふっとうさせている怒りをなだめながら殴りかからないよう、両ひざの上に置いた両の手を拳にして握りめて耐えた。そうしながら考える。どうして、宗弥は・・わざわざ富士子の命を・・・疑問視ぎもんしするような言葉を・・・言ったかと。



 そうか、鉄拳を望んで・・僕に声をかけた・・そうはいかない、宗弥。それは卑怯だ。要は怒りのトリガーが暴発せぬよう、話そうとするが言葉が上手く出てこず、唾液を飲んだが喉に引っかかり、あきらめて「スパルタンは、富士子さんの頭脳が欲しくて拉致をはかった。殺すはずがない。富士子さんは無事でいる」言葉のはしばし々が、れる北風のような冷たい声だった。



  みるみる間に、宗弥の表情がになってゆく。



 その変化を感知した要は聞いておいて、僕の口調で現実を再認識したかと、今更ながらに無事でいるという言葉を欲しがった宗弥に、押さえ込んでいる要の怒気は過敏かびんに反応し、やすやすと、簡単に、感情調整のわくを乗り越えた。



 2人はしばらく己がために無言でいた。



 たが、しかし、と考えた要は私情など今はどうでもいいと、今は宗弥をフレミングにしなければと思う。



 宗弥に身体を向けた要は「宗弥、アルファーが今やらなければならないのは、富士子さんを取り戻す為に集中する事だ。体調を整え、食事を摂り、よく眠り、常に頭をクリアにしておくを最優先にして欲しい」噛んでふくむように話す。



 「俺、後悔しているんだ。あの時、富士子が何を言っても軽井沢へ移動べきだった」宗弥は今まで口に出せず、内心で腐臭ふしゅうを放ち始めた後悔の念を吐く。



 要は運転席の側面に右拳を叩き込んでいた。そう、起爆したのだ。ダサい!!!言葉を吐くな!!!!!!自己反省なぞ!!!!!自分で!!!処理しろ!!!!!!お前は!!!!特戦に選ばれし!!!男だろうが!!!!!



 普段の要は若竹のように伸びやかに時の風に吹かれ、意思決定はチーム総員に任せ切りでされど作戦行動に入り、いざ標的が定まるとアルファーメンバーに対して意識、姿勢、備え、戦闘への完璧を求めた。その要求ようきゅうは極めて高く、厳しい。



 敵の居所が判明した今、要のスイッチは本人が気付かぬうちにONになっていた。



 彫刻刀で切り出したような鋭い視線を宗弥に向けた要は「確かにそうだ、フレミング。お前はそうすべきだったんだ」もし、要が発した言葉に触れる事が出来たなら、血がき出していただろう。熟知した要の声色に宗弥は言葉を失う。



 宗弥の身体から力が抜け、ズゥズッと腰が座席の前へと滑る。要はその様子を見ていた。自分が取った凄然せいぜんたる態度の鏡がそこにあった。



 要の怒りが急速に冷めてゆく。自分の冷酷さにさいなまれる。顔を背けた要は「だが、宗弥。お前が取った行動は優しさなんだと僕は思う。僕にはそなわっていない優しさだ。そう出来るお前が羨ましい」自責が、要に本音を語らせる。



 宗弥は、自嘲するように笑う。



 「要、本当の意味で、それは優しさなんかじゃないよ。俺の弱さから出た勝手だ。その身勝手が今回の失態をまねいた。俺はこれからの自分の行動に自信が持てなくなった」と告白した声はとても小さく、要は宗弥の姿をまじまじと見る。



 面と向かって話さない内に、宗弥は散々たる顔つきになっていた。



 後退あとずさりりするような表情の目は落ちくぼんで大きくなり、頬は頭蓋骨を想像させ、大きく笑えば唇は裂けて血を流すだろう。食事も摂っていないはずだ。



 「宗弥、自分を疑うな。自己否定の上で判断すれば、自己信頼のじくがブレるのは当たり前だ。ブレとうたい、恐れとでくだす判断は着地点を狂わせるぞ。そうなったら思考は迷走し始め、ああでもない、こうでもないと最悪が脳を支配するようになる。支配された脳は誰かに、何かに、理由と原因を押し付けて、もっとも楽な敗走を選択するようになる。理由をさがすな!かてにしろ!迷いなんざ、黙って飲み込んでしまえ!」要は自己を支えてきた意力の源を口にした。



 宗弥は額を固くして、うつむく。その姿を見て要は思う。お前はヤワな男ではない。自分のもろさなど、簡単にねじ伏せられる高潔さを持っているはずだと。

 



 「漠然とした言い方しかできないが、必ず生きたまま富士子さんを救出する。宗弥、この約束は絶対だ」灰汁あくのない声だった。



 顔を上げた宗弥の瞳が泣いていた。要は控えめな笑顔で涙する宗弥の目をのぞき「だから宗弥、身体をいたわり、睡眠を取って、体調を整えるんだ。そうすると約束しろ」と語り、宗弥は何度もうなずきながら男泣きする。



 宗弥がポロポロと涙をこぼし、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。張り詰めていたものが薄皮をぐようにはずれていく。誰もが今作戦のこの結末に・・己の無力さを感じ・・・強引に軽井沢へ連れて行っていたらと・・・後悔していた。



 だが、その強引さはモノとして人をあつかう時、人が取る態度だ。




 任務にあたる時、アルファーは献身、誠実、勇気、知力を、誰もが駆使くししてここまで来た。今まで自分達がくだしてきた決断を裏切ってはならない。それゆえに・・尊重した。当たり前の事として。



 今の宗弥の姿は、要が押し隠している内情の姿だった。



 なんと愛は身勝手で、人をもろくするのだろう。

 


 愛は弱点を作る。

 愛は人の心にはびこる。

 愛は心に甘い落とし穴を掘る。

 人は愛を欲し、自ら、その穴に身をとおじてちる。

 全方向が愛する人になって、やっと心が満たされる。



 愛は自死に等しい行為を

 いとも簡単に選択させ

 1人では生きていけなくする。


 むごい。



 鼻をすすり上げた宗弥は赤く腫れた目を要に向け「すまん」と弱々しく言った。要は微笑し「シャワーをゆっくり浴びて、立て直してこい」と言い、「そうする」と言ってドアを開けた宗弥は要に振り向き、「要、ありがとうな」と言って車から降りた。



 要はしっかりと歩く宗弥の背を、振り返るようにしながら見送っていた。視界の片隅にハイヒールが見え、要が気がついた瞬間、しのんでいた情動じょうどうが破裂する。・・ここへ・・・帰ってくるつもりだったのか・・・富士子。要は泣きながら、左片方ひだりかたほうのヒールを右手ですくうように取り上げる。



 ・・昨日・・病院の前で待ち合わせをして・・チョコレートケーキを一緒に食べた・・・・昨日・・富士子がでていたハイヒール。



 逃避行とうひこうの話をした。

 僕は「お供します」と言った。

 心のままに富士子と逃避行していたら、こんな事にはならなかった。



 昨日・・僕は・・・富士子ではなく・・任務を選んだ。



 ひとり、富士子にはじかれた要は号泣した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。





― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ