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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
72/92

富士子編  72 負は巡る


  シーン72 負はめぐ



 にがにが々しくも要は、関越道パーキングエリアのガソリンスタンドにいた。




 そこにミニクーパーとは直接通信できないほど、先行している宗弥から内耳モニターに[要、ファイターが一度振り切ったが、今高速隊パト5台に囲まれてる。路肩ろかたに強制停車させられた。コロンブスに連絡を入れてくれ]とひそやかな声で入り、要は[どこでだ!!]喰らうように返す。即座そくざの宗弥も[嵐山パーキングエリア2キロ手前!]と吠え返し、その口で[ファイター待て!外に出るな!]と言い、要も[ファイター!!落ち着け!!]と怒鳴りつけると満タンセンサーもった。



 憤怒ふんどで給油ノズルをつかんだ要は[了解した。フレミング!!ファイター押さえとけ!]と野太い声でまたも怒鳴る。一人荒れる語気を巻き散らしている要に、従業員が「あ、あのっ、すみません!」と恐々とした態度で話しかけ、右手のノズルをかまえるように向けた要は「なんでしょうか?」と平坦に問う。



 「おっ、お支払い方法は?」、「交通電子マネーでお願いします」要がそう伝えると、従業員はその場から逃げ出すように走り出して店内へと急ぐ。



 その背を見ながらバイクにまたがるや、センタースタンドを右足のかかとり上げ[送る。イエーガーからターキー、ローバーが嵐山パーキングエリアから4キロ手前の路肩ろかたで高速隊のパト5台に囲まれてる。今にもファイターが起爆きばくしそうだ。至急、コロンブスに一報入れてくれ]激たぎる心情を抑え込んで通信を入れ、ターキーからのピリリとけわしい[了]と言う声を聞きながら、気配を感じた要はフルフェイスのバイザー越しの目を向ける。



 従業員は“訳のわからないことを殺気立って話すあぶない人“と、レッテルが張ってある目で要を見ていた。そそ々とする態度でタッチパネルを差し出され、iPhone watchをタッチさせた要は「すみませんでした」と謝罪する。が、警戒はけなかった。



 混沌とする眼差しを、変える事はもう出来ない

 怒りを受けた心から、不信感をぬぐい去るのは難しい。

 そうさせるのが、人間の自己防衛本能。

 長居は無用だ。



 バイクを離陸させるようにスタートさせて高速道に戻り、スロットを開くが満タンの車体は重く、思うように加速せず、その上、車を追い越す度にグリップが甘くなった後輪タイヤが滑り出す。より車体に身体を密着させて力でねじ伏せながら走行する。



 脳内で“ Sharp Edges“ が聴こえ始め、要は無秩序むちつじょにスロットを開く。張り詰めた精神が狭くとがる視界をスローにする。いて進む風が見えるようだった。



 富士子に何かあったら、自分を許せない。

 いや、自責では甘い。

 がれる情愛を断ち切り、僕は富士子を手放した。



 日の当たる場所に帰すためにあえて傷つけ遠ざけた。どれほど、身を危険にさらす研究をしているか、生み出した物がどう使われてゆくか、忘れないように、冷たく、えぐるように僕は説明した。



 だが、富士子は敵の手に落ちた・・あの時、泣いていた富士子の手を取り、全てを捨てていたら・・・・こうはならなかった・・クソ・・クソッタレだ!!!僕は・・・なんでこうなった・・・。り裂け、心底で散乱している要の心が、横たわりながら痛恨のきわみに血を流す。



 視界がにじむ。

 僕は、泣いている。

 僕は富士子に、何をしたのだろう。

 愛する人を守り切れなかった。



 液体デイバイス完全体が完成していると知れば、富士子を連れ去った略奪者りゃくだつしゃはあらゆる手段を使って、富士子からその工程を聞き出す。製造させ、情報をたあとは、確実に殺す。髪一本でさえ、この世にはなかったと言い張る為に富士子を処理する。



 もう、あの笑顔に会えないのだろうか、

 帰国する度に、会いにいくつもりでいた。

 遠くからでよかった。ひと目・・富士子を見るだけで・・それで満足するつもりだった・・富士子・・今、どこにいるんだ。



 会いたい。



 もう一度、会いたい。今度こそ迷わず抱きしめ、言い訳をして、そして微笑ほほえんで・・・僕を・・許して欲しい。



 富士子の死を知るくらいなら今ここでスロットルを手放てばなし、身体をい上がらせた方がマシだ。血反吐ちへどを吐くようなそんな思いには、えられない。


 

 ならば、今、ここで・・・。

 富士子のそばにける。



 笑う悪魔が、要を魅了する。

 負のメビウスが、要に永遠の愛を約束する。




 そこへ[送る。ターキーから総員。コロンブスより、新潟分屯基地に向かえとの下知げちあり。厳守せよとの事です。なお、衛星使用許可、りました]とターキーから内耳モニターに入り 破綻はたんしかけた要の思考は刺激され、瞬時に[送る!イエーガー!!からターキー、なぜだ!何があった!どうして基地に向かうんだ!]要は鬼気ききあらあら々しさでターキーに対抗する。




 [送る。ターキーからイエーガー、推察すいさつですが、コロンブスは何らかの情報をつかんだようです。自分はこれから本陣に移動します。情報を拾った後、目黒駐屯地から特戦ヘリで新潟分屯基地に向かいます]と返したターキーに、要は[送る!イエーガー!からターキー!その指示には承服しょうふくねる!いきどおりを感じる!]噛み切る勢いで訴え、なおも口を開き掛けた要に、[イエーガー、みんな同じ気持ちだ。一旦いったん、基地に入って立て直そう]ファイターが冷静な口調で切り込む。




 思わず[お前、パンダに取り囲まれてるんじゃないのか?]と要は聞いた。[フレミングがお前に連絡を入れた4分後に、何事も無かったかのように解放された]と答えたファイターは、あらためて[送る。チームアルファー、チーム長のイエーガー。総員で、新潟分屯基地に向かうでいいか?]と要に聞く。




 息を飲んだ要は言い掛けた言葉をファイターに飲まされ、[送る。イエーガーから総員。新潟分屯基地に向かえ]鉛の声で指示をする。クソ!ファイターに任務遂行を知らしめられた。私情は捨て去れというのか。今行かず、いつ取り戻す!!クソ!!歯を食いしばっても、止まらぬ涙と共に要は走りく。




 基地に到着すると正門で待ちかまえていた警備車両に先導せんどうされ、滑走路近くのゲスト用施設に案内された。建物の左手にある駐車場にバイクを停めた要は、先に到着していた宗弥がローバーの車内で呆然ぼうぜんとし、老人のように老け込んでしおれているのを見つけた。




 要は宗弥の八苦はっくを知る。




 それでも、要は宗弥に声をかけなかった。

 今顔を突き合わせれば、何をするかわからない。

 だから、宗弥には近づけない。



 ファイターはバイクから降りた要に走りよって「すまない」しわがれ、後悔のにじむ声で謝った。その顔をしばし見上げていた要はフルフェイスメットを取り、座席に静寂せいじゃくを持って置く、俯いたまま「富士子はどのくらいの時間で居なくなった?」と静かすぎる声で聞いた。



 「ほんの2分だった」と答えたファイターに、要は「2分、、たった2分!お前とフレミングは!!!たったの2分間!!富士子を見てられなかったのか!」神速で沸騰ふっとうした血潮をえ切れず、き立った怒り鋭く、MAXのまま、ファイターにねじ込んでいた。内心でクソ!いかるな!落ち着け!!と自分に言い聞かせるがおさまらない。




 黙るファイターに、要は「それで、現場を見てどう思った?」と聞く。

 



 人の話を聞き逃さないファイターが「えっ」と聞き返し、その顔を怪訝けげんに見上げた要は「富士子が拉致された、本社ビルに居たお前は、その拉致現場と、散らばった富士子の私物!拉致される監視カメラ映像を見て!お前はその状況じょうきょうをどう思った⁈」もう一度、残り少ない忍耐力を浪費して、余計な言葉を付け足し、富士子の名まで出して聞く僕は今誰かを傷つけたいのかと自問じもんする要に、ファイターは「あれはサヤがくわだてた絵じゃない!!他に誰かいる!もう一度サヤの周辺を洗おう」、「ベータが監視体制に入った時、調査した。資料にれは無かった」速攻の要が冷徹れいてつな声で言い返し、ファイターはあきらめず「ベータはどのくらい前からの身辺調査をした?」と聞き返し、「内規ないきにされるが答えてやる。15ヶ月前からだ!」と要は吐き捨てる。落ち着け。みだれるな。今はダメだと要は自己にねんずる。




 ファイターは「その前からサヤの周辺に作業員の男は潜入していたって事か⁈」と驚き、聞いた要は「クソッ」と呟いたのち[送る。イエーガーからターキー、設計図ではプチ・トリアノンの出入り口正面には監視カメラが設置されていたよな?]と入れ、[図面出します、お待ちを]と言ったターキーに、要はかまわず[もう一度本社ビルのスパコンにもぐって、その監視カメラ映像を引き抜け。目的は作業服の男と酷似こくじした体格の男全員を割り出す事、まずは15ヶ月前からさかのぼって半年間]と指示した。



 [了。スパコンにバックドアを構築してあります。2分ください。映像はトーキーとシェアします]とターキーから迅速じんそくな返信が入り、要は[了。送る。イエーガーからチャンス、今どこだ?]と通信を入れ、ミニを運転しているチャンスは[送る。チャンスからイエーガー、あと4分以内で到着します]と返した。



 ゲスト施設の玄関ドアが開き、4人の男が出て来た。その内の一人が「責任者の方はどなたでしょうか?」と声を張る。「自分です」とこたえた要に男は頷いた。




 好青年の笑顔を顔に貼り付けた要に男は走り寄り「基地内警備主任の加藤と言います」と言ってニコリと笑う。笑顔の要も「世話になります」と愛想よく会釈してとファイターを見上げた。案の定、ファイターもいかつい顔に満面の笑みを貼り付けていた。




 ファイターを見上げている要の視界のはしにミニクーパーが入って来る。要はファイターに「加藤さんと打ち合わせしてくれ」と言ってみ出すが、天然なのか、加藤は「1階にあるA、B会議室を使用して下さい。食事は私たちが配膳はいぜんします。就寝と風呂は2階です。我々以外、この施設に出入りしません」と話続けた。「承知しました」と言って加藤を一瞥いちべつした要は、ファイターに「頼む」と声をかけ、ローバーの左横に駐車したミニクーパーへと向かう。




 トランクから荷を下ろしているトーキーに、要は「ターキーからプチ・トリアノンの監視カメラ映像が届いているはずだ。それを見たい」と頼み、「はい」と答えながらのトーキーが助手席へと行き、座面に置いたパソコンを取り上げ、自分の右側に立った要に、 トーキーは受信していた映像を2倍速で再生し始めて見せる。



 2人はそれを見ながら、施設に向かって歩き出す。

 チャンスとファイター、加藤チームの面々は荷物を施設内に運び入れ始める。





                        ★




 刻々と時が刻まれる中、座ったトーキーの後ろに立つ要はパソコン画面を見続けていた。



 プチ・トリアノンに右手で頭をかきながら入店してきた男の手の仕草に要の脳は何かが引っ掛かり、画面を指差した要は「この男の手にズームしてくれ」と言い、トーキーはゆっくりと映像を戻し、コマを選んで男の手をアップにしてゆく。



 要は凝視する。この男はプチ・トリアノン常連の石橋。初日に本社ビル周辺を徒歩で見回っていた時、この男の歩き方が気になって・・・ターキーが身元を探り、ビルへの立ち入り申請しんせい書の内容を調べた・・・サヤが・・保証人になって・・・あっ!!!!




 「クソ!!こいつだ!!!この手は、電車で強襲してきた男の手だ!!」と要が特定とくていする。




 その声を聞いたファイターとチャンスは要の元に走り、パソコン画面を見る。男の姿を見たファイターは“ どこかで“ と思い、画面をき込んだが、その記憶の糸口が掴めないまま「この男、プチトリアノン以外で、いや、もっと前にどこかで見た気がする」と口にした。トーキーがファイターの顔を見て「プチ・トリアノンに出入りしていた石橋は、イエーガーを電車で襲撃してきた男で、我々が知っている男かもしれないって⁈ て事ですか!」と聞く。




 内耳モニターでその会話を聞いた宗弥はのそりとローバーから下車し、緩慢かんまんな動作で施設内に入って行く。



 念の為、トーキーは監視カメラ映像の石橋の顔にズームし、その不鮮明な画像をスキャンすると同時に、本陣に今の内容を暗号打電で送信する。



 鮮明になっていく映像を食い入る様に見ながら・・・かりのないターキーの身元調査をパスしているこの石橋という男は・・一体何者なんだと考察を深める要にトーキーが「イエーガー、刺された時の記憶を辿たどってみませんか」と語りかけるが、要は反応をみせず、トーキーは椅子から立ち上がって要の左隣に立ち「イエーガー、記憶再生してみましょう」と再度言い、要は画面から視線を引きがして蒼き目で“わかった“と返事する。




 その目を一直線に見たトーキーは「集中してください」と言い、「してる」と反発した要に、「いいえ、してません。並では上手くいきません。わかっているでしょう。戦闘時並みでお願いします。時を引き伸ばすんです。いいですか?」とトーキーが辛抱強く言葉を重ね、「わかった」と答えた要に、トーキーは「刺される20秒前から記憶をコマ落とししましょう。カウントします。その音で再生開始です」はたるような一定のリズムを保って要に語りかけ、すでに目を閉じていた要はうなずき、呼吸を深くする。



 無になったとみたトーキーは要の顔前で2度指を鳴らし、要の記憶をみちびく。




 加藤たち4人は粛々(しゅくしゅく)と作業を続けていた。




 トーキーが聞く。「アーミーナイフを握っていた右手に、何か特徴はありませんか?」と、「関節がゴツゴツしている。手入れの行き届いた爪だ」と答えた要が、「この手をどこかで見たことがある」とおぼろげに口にする。




 途端とたんに、要の脳に閃光せんこうが走った。

「あ!」と声を上げた要はまさかと自分をうたがい、黙り込み、考え、だが、間違いはなく、しかしと信じられず、脳で再生している対戦時のナイフを握る男の手に集中する。トーキーは黙って要の様子を観察していた。



 「スパルタンの手だ」要が抑揚よくようなく口にする。



 その名に、火のように反応したのは加藤だった。

 左手からぼんを落とす。



 一点を見つめているトーキーに、曇りなき瞳の要は「コロンブスに、秘匿通信開け」と指示して、プラスチックコップを拾い集めている加藤に振り返る。



 ドア外で聞いていた宗弥は固く結んだ口元に左手の親指をあて、きびすを返して歩き出す。



 要は加藤と目を合わせる。

 その眼を見た瞬間、要の本能が警告音をらす。



 要にニコリと笑いかけた加藤はコップ拾いを始め、要はなぜこの男が気に掛かったと加藤を見続け、動きを追い、理由を探す。トーキーが「通信許可下りました」と要に声をかけた。




 視線を戻した要は「こちらイエーガー。コロンブス、スパルタンを発見しました。電車内で強襲してきた男並びに、富士子を拉致した作業着の男はスパルタンです」ピリリとした声でりんと報告する。




 どんな時も感情をあらわにしないコロンブスが「あのスパルタンか!間違いないか!」驚愕きょうがくを丸出しにした。要は「間違いありません。以前、報告いたしました。サヤが営業していたプチ・トリアノンの常連客、石橋将生がスパルタンです」と断言する。要は解析かいせきが進んでいく画像に視線を流し「画像スキャンを進めていますが、あごのラインも、目も、ほほの高さも、人相の何もかもが全くの別人です。ですが、整形したという情報をベータ長から聞いています」と言いえる。



 「そうだ。香港からの情報だ。トーキー、スキャン途中でも構わん。その画像を本陣に送ってくれ。香港で拘束されている医師に確認させる。スパルタンが姿を消したのは3年前だ。サヤの身辺調査を3年前からやり直す」そう決断したコロンブスは通信を遮断しゃだんした。




 その情報を知らなかったファイターは「整形」とつぶやながら見る見る間に顔を朱に染め、トーキーは怒りが吹き上がる表情で要を見上げる。




 初期の特戦群に入隊した隊員の心には選抜訓練の教官だったスパルタンに対して、それぞれ、何らかの、理不尽りふじん宿怨しゅくえんがあり、その身体にはスパルタンから受けた切創せっそうが刻まれている。




 ピチャ、水滴が落ちる音で覚醒かくせいした富士子はまぶたを上げようとするが、重く、思い通りにはならず、赤いライトが点在てんざいする中、身じろぎする。熱を持った肋骨がうずく。富士子が顔をしかめると今度はあごにズキリと痛みが走り、富士子の口がく。




 カツ、カツと不揃ふぞろいの足音が聞こえ始め、サヤとBが富士子の元にやって来る。





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