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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
68/92

富士子編  68 LOST


シーン68 LOST



 深夜当番だった通信・情報分析担当のターキーは3時間ほどの睡眠から目覚めたばかりだった。ショートスリーパーのターキーには充分な睡眠時間だ。ターキーが階段を降りて行くと白板の前に置いたパイプ椅子に座り、右手の中指の爪を切っている要が見え、歩みを止めたターキーは徹夜したなと思う。昨夜を考えれば確かに寝れるはずもない・・・。



 今後の液体デイバイスのり方まで考え、イエーガーは泥を飲んだ。誰のためかは・・・明白だ。定時チェックの監視カメラ映像を見たターキーは、誰も知らないはずの富士子と要が交わした会話の内容を唇を読んで理解していた。もちろん、ほかの日の映像と差し替えて本陣に提出する事を選んだ。要同様、ターキーも内務規定違反を犯した。だが、平和はターキーの願いでもある。イエーガーと富士子の映像を本陣が見ていたら今作戦後、イエーガーをどう処分していただろう・・・普通は・・最悪で懲戒免職、良くて内勤・・・イエーガーは消去指示しなかった。どうなるかは・・わかっていただろうに。



 室内に入ってきたターキーに要は顔を上げ「おはよう、ターキー」と言い、その要の顔つきを見たターキーは落ちくぼんだ暗い目の怜悧れいりさに眉をひそめた。その表情に要は「どうした?」と聞く。「いえ、なんでもありません」と答えたターキーは店内へと進みながら、かなりまいってるなと思う。



 要のスマホが震えた。爪切りを置いた要が黒のカーゴパンツの後ろポケットから、左手でスマホを取り出して画面を見ると宗弥からだった。



 嫌な感触を嗅ぎ取る。すぐに左手の親指で通話をONにする。スマホを左耳に持っていく前に宗弥が「要、富士子が姿を消した!!!本社ビル一階の女子トイレの床に、富士子のコートと荷物が散乱してる!!富士子が拉致された!!!」と絶望的に吠え散らかす。



 馬鹿な!!すでに立ち上っていた要は拉致と聞いた瞬間に、氷のやいばを背後から突き立てられたかのように冷寒の戦慄せんりつが全身をつらぬき、ガクリと両膝が折れて崩れ落ちる身体をどうにかテーブルに右手をついて支えた。



 宗弥の言葉を聞いた左耳が急速に熱を増していく。ドクドクと血の流れる音だけが聞こえ、跳ね上がった心臓は逸脱いつだつした鼓動を打つ。「クソ!!!」



 状況を巻くし立てている宗弥の声が、急速に不明瞭ふめいりょうになってゆく。聞き取れない。「宗弥、待て!」と血の引く思いで言い、「ターキー!!」と怒号を走らせた。人を撃ち殺しても震えぬ左手がピリピリと微震する。その手で握るスマホをテーブルの上に置き、定まらぬ指先でスピーカーフォンにする。



 怒号を聞いたターキーは左手に持っていたペットボトルのキャップを落とし、瞬時に背筋が起立させ「はい!!」と返事しながら金庫室へと走った。



 要の姿を見たターキーはイマージェンシーだと神速で理解して動き、PC機器が載る長机前のパイプ椅子に座るや、インカムを装着してパソコンを操作し始めた。



 その気配を嗅ぎ取った要は「フレミング、もう一度、最初から説明してくれ」と言った。不気味なほど冷静な口調だった。



 慌ただしくキーボードを打つターキーが「待って下さい。フレミングのスマホとリンクさせて録音整えてます」と進言する。数秒後「フレミング、どうぞ」ピリリと言ったターキーは足元の保管ケースから衛星電話を取り出し「イエーガー」と声を掛けて投げ、要の意識を置いてけぼりにした左手が無自覚のままにキャッチする。



 宗弥はガナるような声で時系列を追って説明してゆく。そこに汗まみれのジョギング姿でチャンスとトーキーが金庫室に入って来た。



 衛星電話を使った要が「ファイター、富士子の私物回収、現場を証拠保全してくれ」と指示し、「完了してる。ここの警備員に現場を封鎖させた。本陣鑑識も要請済みだ。ただ、フレミングが汚染した可能性がある」と言ったファイターの声は鉛を思わせた。スピーカーフォンにした衛星電話を要は静かにテーブルに置く。そして「フレミング、ファイター、富士子に装着した発信器を、秘匿衛星回線に経由させて追え」と指示した。




 「了。アドレス求む」とファイターからはすぐに返事がきたが、宗弥は無言だ。要は「フレミング。フレミング!戻ってこい!!衛星回線だ!繋げ!!」と冷静かつ周到な声で問い掛け、その声にファイターの声も重なり、口を開いた宗弥が「ターキー、俺のスマホに、富士子の発信器のアクセスコードを送信してくれ。俺のメールアドレス、あ、そうか、知ってるな」グダグダな宗弥は、いまだショックから立ち直れていなかった。



 宗弥が「要、富士子が、」とトボリとこぼす。「いや!まだだ!!!フレミング!ダメだ!!諦めるな!!!まだ間に合う!!富士子を追え!」要は渾身こんしんの声を振りしぼり、「了!」うるむ声で叫んだ宗弥は電話を切った。



 トーキーとチャンスは緊迫極まる会話に富士子の緊急事態を知る。要が「チャンス、戦闘服に着替えてこい。それから僕の戦闘服をここに持って来てくれ」と言った。チャンスは階段を全力で駆け上がる。



 トーキーは右手だけでは身体を支え切れず、前傾ぜんけいしてゆく要に手を差し伸べた。



 その手をとらえた要は「トーキー、アルファーはこれから富士子の追尾に出る。お前も戦闘服に着替えてこい。ミニに積む装備は、フレミングとファイターの戦闘装備、衛星とアクセス可能なパソコン3、各自に持たせる衛星電話5、予備2、各種マシンガン、グロック6、各予備弾倉5、各種弾丸全て、手榴弾10、ファイターのSVLK−14S、ドローン一式、金庫からはアルファ総員の各種パスポート、現金全て、C4も積み込め。チャンスにも伝えろ。上着を忘れるな」と言った要はテーブルに左手も付き、うなだれた首を支えている背中は丸まり、テーブルにおおいかぶさるような体勢になりながらも明瞭めいりょうな口調で指示していた。



 トーキーが2階に駆け上がる。



 「ターキー」と打って変わって大蛇が地をうように発した要を見たターキーは、その私怨しえんまみれたの顔にピクリと肩を跳ね上げる。要は「富士子の発信機電波を絶対に途絶えさせるな!盾石本社ビルのスパコンをハッキングしろ!痕跡こんせきが残って構わん!!やれ!!監視カメラの位置は一階女子トイレ付近」世界中の不協和音を凝縮したような声だった。



 すぐさまターキーはキーパットをすさまじい速度で打ち始め、階段を駆け降りて来たチャンスは右肩に掛けたパンパンの大型バックを、両手に抱え直して入り口付近へと滑らせる。



 テーブルの上に要の戦闘服と革ジャンを置いたチャンスは、からの大型バックの口を広げながらガンラックへと駆け寄り、戦闘服を目にした要は服を脱ぎ捨て、裸体にアンダーボディースーツを着用しながら「チャンス、積み込みが終わったらバイクを外に出して、エンジン掛けておいてくれ」と言い、チャンスは床に置いたユーティリティケースに弾丸箱を入れながら「はい!!」と返事する。



 TVモニターに映る富士子の追尾信号を時々凝視しながら要は装備を次から次へと着用していき、精神は装備を整えてゆく度に戦闘へと目覚めていく。手の震えも、白くぼやけていた視界も、えんに腐りかけていた脳も、通常を取り戻してゆく。



 地域地図と重ねた富士子の発信器の信号は、北に向かっていた。



 キーボードを打つターキーの左隣に要は立ち、インカムをつけてキーパッドを操作する。本陣へと通信を繋ぎ、迅速に歩きながら「こちらアルファーチーム長、イエーガー。認識番号00110、コロンブスとの緊急通話願う」と呼びかけ、ガンラックの前に立つとグロッグを右手に取り、太もものホルダーに装着する。隣に立つチャンスは大型バック2つを左右の肩に掛け、左手にユーティリティケースを下げて金庫室から走り出る。



 「コロンブスからイエーガー、鑑識要請とは何があった⁈」と入り、要は掴み取った弾倉を防弾ベストの前ポケットに入れながら「監視対象者、盾石富士子を本社ビル内でロストしました。申し訳ございません。これからアルファーは追尾に入ります。富士子に装着した発信器は今、」TVモニターに視線を走らせ、「外環自動車道大泉JCT通過、走行中。盾石本社ビル内のスパコンをターキーがハッキングして、監視カメラ映像を取り出しています。なお、富士子についていたフレミングとファイターはすでに捜索の任についています」と報告する。



 瞬間、絶句した様子のコロンブスは瞬時に立て直し「了解した。全力で奪取されたし。こちらもモニターする。ターキー、この通信はこのまま繋いでおけ。富士子の発信器データ、監視カメラ映像を本陣にも送ってくれ」と指示し、受けたターキーは「承知しました」ピリリとこたえた。



 戦闘服の上から黒のアーミージャンバーを羽織ったトーキーは装備品の入ったバックを両肩に掛け、チャンスが滑らせたバックを右手で素早く回収して走り抜けていく。



 コロンブスは「イエーガー、のちの事は気にするな。存分にやれ」と要に呼びかけ、「承知しました。あとの事よろしくお願い致します」要は感情を殺した声でこたえる。



 「イエーガー、監視カメラ映像入手!」と言うや、ターキーは壁掛けされたTVモニター画面に監視カメラ映像を展開させ、要が神速で見上げたTVモニターに、1階女子トイレからサヤを先頭にして帽子をかぶった作業着姿の男が絨毯じゅうたんを肩に担ぎ、そのあとを追う白衣姿のBが写し出されてゆく。



 その一部始終を目にした要は右手で口を押さえ、店内トイレに駆け込んで胃の中の物を全てぶちまけた。それでもえずき、胃液を吐き、吐く。右腕で口をぬぐう。気配に振り返ると開け放たれたドア前に、チャンスが要の革ジャンを持って立っていた。



 立ち上がった要は「ありがとう」と言って革ジャンを受け取り、心配そうに見ているチャンスに「大丈夫だ」と言いながら羽織り、「迎えに行こう」と言った。「はい!!!」と応えたチャンスに要はうなずく。そして「ターキー、あとは頼んだぞ!」キリリと言い切った。



 要の脳内で、戦いのシンフォニーが鳴り始める。




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