富士子編 64 オリジン0
シーン64 オリジン0
いつのまにかに、富士子は完食していた。富士子の前にある盆を両手で取り上げた宗弥に、赤い目を向けた富士子が「豚骨ラーメン 、久しぶりだった」と笑う。子供みたいだと、その顔を見て思った宗弥は「美味かったよな」と言いながら、盆をテーブルにおいて自分の食器をのせて隣りの部屋へと歩き出すや、両手を口に添えた富士子が大きなあくびをする。宗弥は気づいたが何も言わず、口元を綻ばせ、盆を運び入れた手順を逆に繰り返して廊下へと出した。
戻った宗弥はTVボードの隣にあるガラス棚の扉を開け、ウェルカムボトル水とクリスタルグラスを取り出してベットに歩みより、窓側のサイドテーブルの上にグラスをおいて水を注ぎ入れて満たすと、ボトルをテーブルに置きながら「大丈夫か?」と聞く。富士子は「睡魔って凄いね」と眠そうな声で答え、宗弥は持ち歩いているブラックのボディーショルダーから青い半透明のピルケースを取り出して、中に入っている数種類の内からオレンジの薬を選ぶ。
あいつの言った通りになった、クソ。パッケージを外して「これを」というと、富士子が俺を見上げて手のひらを差し出す。幼女のような仕草で・・・なんて初々しいんだろう。
手の平にのった薬を見た富士子はその視線を宗弥に向け、宗弥は「鎮静剤だ。それ飲んでゆっくり休め、安心しろ。俺がここで寝ずの番しているから 」と言った。目蓋が落ちそうになるのを我慢しつつの富士子が「わかったわ。宗弥も、寝ないと、ダメだよ。明日は、長距離運転だし」間延びする口調でそう言い、錠剤を口の中に入れ、宗弥が差し出したコップを受け取ってコクリと飲む。
コップを受け取った宗弥はベットサイドの灯を落としながら「俺はさ、徹夜しても変わりなく動けるから」と言って椅子をベットに近づけて座り、富士子はモゾモゾとベットに入りながら「 わたしだって・・そうだよ」と応えて、宗弥が見えるように横たわる。
富士子に心を注いでいる宗弥にとって、横たわる富士子の姿を目にするのは地獄であり、天国でもあったが、富士子に対する自制なんぞ、宗弥にとっては甘い棘をはらんだデザートにしか過ぎず、富士子が小さく首を振り、枕に頭を押し付けるのを見た宗弥は足を組み、背もたれに上半身を預けて、静かに寝物語を始めた。
「国防大を卒業する年、棒倒しの決勝戦で敗退したあと、俺とあいつに、ある人が声をかけてきたんだ。一緒に働かないか?って。俺もあいつも、その人の話を聞く内にその仕事に興味が湧いた。その話の内容は機密に関わるから省略するけど、とにかく興味を持ったんだ。それから俺たちは大学卒業後、創設される部隊の選抜訓練を受けた。あるところで、ある限られた人数で、体力テスト的なことや、究極の、これも機密だな。そうだな、なんていうか、そう、いろんな戦い方の訓練をした。様々な座学も受けたよ。繰り返される筆記試験に合格して、自己の思想探究や、思考回路の選択教育も受けた。昨日まで隣にいたやつが負傷したり、精神的なダメージで脱落者となって去って行く。そんな殺伐とした選抜訓練だった。ある日、俺とあいつに入隊許可が下りた。だが俺は悩んで、保留にしてもらったんだ。当時の、俺は、、考え得る任務内容の過酷さに、ついていけなかったんだよ。卵とはいえ、俺の精神構造は医師だ。それは今でも変わっていないけど‥‥ あっ、眠たか‥‥ゆっくり休むんだよ、富士子」
背後のテーブルの上にあるスマホを宗弥は上半身を捻って取り上げ、メッセージを打ち始める。
★
要に片恋か・・・頼むよ、富士子。無邪気さにもほどがある。あいつの恋人は国家だ。
時刻は日付が変わって、2時08分。
氷が張ったような静けさの中、宗弥は富士子の寝顔を見つめている。
無垢な心を俺以外に向け、危うく他人のものになるところだった。
ホルモン過多な思春期の頃、1度、富士子に告白したことがある。
だが、富士子は幼馴染の枠を出ようとはしなかった。
富士子と離れることの方が恐怖で、俺は富士子の距離感を甘んじて受け入れた。
だか、常に気持ちを掻き乱され、伸ばせば手の届く関係に悶々とした。
強制的な距離が必要だった。夢に邁進するためにも国防大を選び、俺は今日まで生きてきた。
そろそろ、潮時だ。
傷心につけ込むようで歯がゆいが、軽井沢でプロポーズしょう。
配置転換を願い出よう。
チームを離れる事になる…が。
それでも‥‥‥構わない。
富士子が欲しい。
俺は、富士子と安穏と暮らしたい。




