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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  62 アリスの如く



  シーン62 アリスの如く



 ファイターが運転する車は環状線に出ると右折や左折を繰り返し、1時間ほど都内をぐるぐると走行した。富士子が完全に方向感覚を無くした頃、地下鉄の駅が併設へいせつされている地下駐車場に入り、ファイターは本陣が手配済みの従業員・専用駐車場4番に車を駐車する。



 「富士子、行くぞ」宗弥はピリリと発し、ビクリとした富士子がドアを開けようとすると、宗弥が「そっちじゃない、俺の方から」と言って、「ごめん」と小さく謝った富士子は宗弥のそばにった。



 宗弥が富士子を見つめる。富士子が見上げた鳶色とびいろの瞳は瞳孔どうこうが拡大していた。微笑んだ宗弥が「いいか、富士子。どんな時も必ず、ファイターの後ろにいろ。ファイターの足元を見て歩くんだ」と言うと、富士子は不安をにした顔を曇らせ「なんだか、怖いわ、宗弥。見たことがない顔で、そんなこと言わないで」とたどたどしく伝えた。



 微笑んだつもりでいた宗弥はすでに自分は戦闘モードだったかと、富士子に言われて気づき、そうくな富士子を怖がらせてどうすると内心に語りかけ、「ごめん。ファイターの足元だけ見て歩く。それだけでいい。出来るか、富士子」と柔らかく言い、伏し目がちの富士子はコクリとうなずく。そんな富士子に「俺がそばにいる。心配するな、何があっても俺が盾になる。ただ、ファイターについてゆけばいいから」と宗弥は励ますように言った。『ファイターさんの足を見て歩く』と富士子の心の友ブルーが富士子に代わって答え、「そうだ、俺とファイターは最強だ。信じろ」微笑びしょうした宗弥はドアを開けた。



 富士子は宗弥に続いて車から降りる。右膝みぎひざがガクリと折れ、宗弥は「おい!」と発しながら、とっさに富士子の右肘みぎひじつかんで支え「大丈夫か!ファイターゆっくりで頼む。体温が低い、貧血かもしれん」、「わかった」とおうじたファイターはチラリと富士子を見て前に進み出た。なんて顔色だ。



 宗弥は富士子から半歩下がった右斜め後ろに付く。宗弥とファイターは従業員専用出入り口からビルの内部に入り、複雑な裏通路を2人は迷わず歩き、時折り左右に視線を走らせ、たまに立ち止まり、無人のエレベーターを選んで一階に上がった。



 二人はエレベーターが一階に着くと、複雑な通路をワザと選んでいるかのように歩く。たどり着いた従業員専用ドアをファイターが開け、そこで初めて富士子は、今いる場所が数時間前に要と訪れたホテルのロビーだと気づく。



 足を止めた富士子に宗弥が「止まるな」と声をかけ、「あっ、あ、ごめん」と謝った富士子は立ち止まって待っていたファイターの影に入る。『ファイターさん、あんがとね』と言った富士子の口調に宗弥とファイターが顔を見合わせた。



 心ここにあらずの富士子は・・・心の宮殿に左半身を入れ・・こくな偶然だと考え・・・ゆっくりとその思いを打ち消して・・・今のこの状況をも計算のうちに入れて・・・・あの人は・・・私を映画に誘った。



 周到しゅうとうな準備の影に要の気配を感じる。



・・・やりきれない・・・苦しい・・足だけを見て歩く・・他の物は一切見たくない。



 中層階専用エレベーターで24階に着く。宗弥は赤い絨毯じゅうたんがまばゆい廊下を歩きながら、上着の左内ポケットに右手を入れて2428室のカードキーを取り出す。廊下の角に置いてある目印の消火器そばで、立ち止まったファイターは左右を確認したが、今度はすぐに歩き出そうとはしなかった。ファイターの背中がギュッと引き締まる。



 その後ろ姿を見ていた富士子は振り返る。宗弥が立てた人差し指を鼻先にかざす。その仕草を見た富士子の不安と緊張が一気に高まった。



 3人は向かい側に非常階段がある部屋の前に行き着き、鍵を解除した宗弥はドアをわずかに開けて室内の様子をうかがい、静かにドアを3分の1あけると身体を横にスライドさせるようにして入っていく。



 音もなく、ドアが閉まる。

 富士子は宗弥の華麗な動きに目を見張った。

 知らない宗弥が、また1人増えた。



 富士子に背を向けて左斜め後ろに立つファイターは歩いて来た長い廊下や、前後左右のドアに視線を走らせていた。警戒をかないファイターの背中に富士子は「あの宗弥は、何しているんですか?」と小さく聞く。



 背を向けたままのファイターが「室内の安全確認をしています。あの、富士子さん。規定上、説明できない事が多くて不信感をお持ちでしょう。申し訳ありません。それからイ」そこまで言ったがその先は続けず、自分の横顔を見上げた富士子の気配にファイターは顔を向け、かすかな笑みを返して顔を戻した。



 「あの、何かおっしゃりたい事があるのでしょうか?」富士子は遠慮がちに問いかける。ファイターは「いえ、なんでもありません」きっぱりと返す。



 宗弥がドアを開け「入れ」とえた低い声で言い、ファイターは自分を見上げている富士子に「どうぞ、入って下さい」丁寧な口調でうながした。部屋に入った富士子がドア横の壁沿いに立つと、ファイターはドアを閉めはじめ、富士子は「あっ、送って頂いて、ありがとうございます」最後は尻つぼみの声になった。



 宗弥に「ファイターさんは?」と富士子が聞くと、「向いに部屋を取ってある。そこに居る」と言いながら、 宗弥はドアを施錠してUの字チェーンを掛け、左手に持っていた細長く角をとって畳んだバスタオルを、ドアの下にある隙間すきまに押し込んでゆく。その様子を見ている富士子を見上げた宗弥は「心配するな。用心してるだけだ」と控えめな笑顔でそう言い、タオルを詰めてゆく指先を見つめ「家に返してやれなくて、ごめんな」と小さく言った。



 富士子が立ち上がった宗弥を見上げる。目があった宗弥はいきなり左側にあるドアの前まで行き「このドアは、隣部屋の2427室とつながってる」ドアを開けて隣部屋の室内を見せた。




 その部屋は今富士子がいる部屋と同じ広さで、家具の配置が対象になっていた。宗弥は「こっちは俺の部屋。このドアは常に開けておくこと」渇いた声でそう言いながら歩き出し、富士子の前を素通りして富士子の部屋のカーテンを閉め始める。なんで・・俺はこんなに緊張してるんだ・・・富士子と同じ部屋で寝るのは12歳以来だからか・・・・同じ部屋⁈・・・・じゃないだろ!!!



 振り返った宗弥はプライベートルームを指差して「手前の扉がトイレ、奥の扉が風呂だ。アメニティはお前の好みを知っている俺がそろえといた。間違いはないはずだ」と言うと、疲れのにじむ表情でニィーと笑う。いつものようにする宗弥を見た富士子は俯きそうになるのをこらえ、涙を耐えて、いつものように笑い「ありがとう 」と言った。



 安心顔になった宗弥は「フットベンチに部屋着とパンツとスポーツブラが置いてある」と言い、富士子が「パンツって言うのはやめて!」と言うと、「じゃあ、なんて言うんだよ。パンツは、パンツだろう」と返した宗弥に、笑い声を上げた富士子は「だからもう、パンツて言わないで、やめてって」笑顔をこぼす。



 「明日の朝、富士子家ふじこんちに荷物を取りに行って、そのまま軽井沢に行こう」宗弥は気軽さを感じさせる声で言い、富士子は笑みを小さくして「うん 、わかった」とこたえて宗弥に歩み寄る。



 「色々、ありがとう、宗弥。明日もよろしく お願いします」富士子は頭を深く下げた。顔を上げずに「ありがとう」と言った。涙声になった。



 その声を聞いた宗弥は慌てて「あっ、それからさ、クローゼットに、着替えの服が掛かってる。似合うといいんだが・・・いや、絶対似合う」と言い、富士子が顔を上げるのを待った。



 だが、顔を上げた富士子の表情を見るなり、宗弥は歩き出し「まずは・・あっ、そうだな。こういう時は風呂と。それがいいと」独りブツブツと言いながら、プライベートルームに入って行く。やばい!!!今日の富士子は妖艶ようえんだ。俺の知らない俺の富士子はあやうくて、美しい!かなり…ヤバい…。



 流れ落ちる湯音を聞きながら富士子は何処に行き、どう流れて、何処にたどり着くのだろうと思う。




\(//∇//)\

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